連載
#28 小さく生まれた赤ちゃんたち
「ちょっと早く生まれた赤ちゃん」後期早産、母乳を飲めず感じた不安
母親のケアが注目されています
妊娠34~36週で〝ちょっと早く生まれた赤ちゃん〟を「後期早産児」といいます。大きく育って2500g以上で生まれる赤ちゃんもいますが、医師は「正期産(妊娠37~41週)の赤ちゃんに比べると成長発達に様々なリスクがあるため、医療関係者がきちんとフォローアップしなければならない」と指摘します。これまで認識が十分ではなかった赤ちゃんやお母さんへのケアを考えます。
「息子がNICU(新生児集中治療室)で点滴や口から胃へのチューブ(経管栄養)が入っていたのを見たとき、とても申し訳なくて、心の中で『ごめんね、ごめんね』と何度も謝っていました」
2019年に妊娠34週で2407gの長男(4)を出産した埼玉県の薬剤師の女性(41)は、そう振り返ります。
妊娠34~36週の「後期早産」にあたり、生まれた赤ちゃんは2500g未満で生まれる「低出生体重児」でした。
切迫早産で入院中に妊娠高血圧症候群になり、緊急帝王切開で出産。長男は3週間ほど入院したため、女性は搾乳をして母乳を病院へ届けました。
「生まれたら抱っこして、母乳をあげると思っていたのに、なんでひとりぼっちなんだろう……と寂しかったです」
出産直後は「小さく産んでしまった」とネガティブな思いでいっぱいだったといいます。
しかし今は、「当時の私の罪悪感をかき消してくれるほどたくましく成長しています。一緒にいられる幸せでいっぱいです」と話します。
後期早産でも正期産(妊娠37~41週)に近い週数であれば、大きく育って生まれることが多くあります。
東京都在住の女性(33)は、2017年に妊娠36週3050gで長男(6)を出産しました。
早産児だったのでGCU(新生児回復室)に連れて行かれ、「ずっと不安で夜もなかなか眠れなかった」と振り返ります。体重は十分あったものの哺乳力が弱くて母乳を飲めず、鼻からチューブで栄養を入れていたそうです。
退院後も、「『首座りが遅い』から始まり、全ての運動発達が目安通りにいきませんでした。育児本に書かれていることが月齢通りにできず不安を感じ、早く生まれた原因は私にあったのかも……と落ち込むこともありました」と振り返ります。
「でも、子どもはとてもかわいいですし、『ふつう』の子どもの発達ではなくていいという気持ちが芽生えてからは落ち込みませんでした」
成長はゆっくりでしたが、6歳になった今、長男は縄跳びや跳び箱を跳び、運動を楽しんでいるそうです。
「本当に生きていてくれるだけでありがたいです。思いやりのある心優しい人になってもらいたいなと思います」
多くの赤ちゃんは妊娠37~41週で生まれ、平均体重は約3000g、平均身長は約49cmです。
一方、妊娠22~36週の早産はおよそ20人に1人で、その8割ほどが妊娠34~36週の後期早産とされます。
後期早産児について、埼玉医科大学総合医療センターの新生児科医・加部一彦さんは次のように指摘します。
「元気に泣いて大きく生まれたとしても、正期産に比べると成長発達に様々なリスクがあります。産科医や小児科医、医療関係者はその認識を持たなければいけません」
後期早産児の場合、低血糖や黄疸、生まれた後の呼吸障害、哺乳や体温調節ができないといったリスクがあり、保護者の育児不安にもつながるそうです。
「母乳やミルクを十分飲むことができず、体重が増えない赤ちゃんもいます。病院では助産師さんのサポートで飲ませられたとしても、家に戻ってうまく飲ませることができず、病院に来ることもあります」
おなかの中で成長する期間が短い分、「脳の大きさは正期産児の7割ほど」で生まれてくるといい、場合によっては発達障害のリスクもあるそうです。
「もっと早い妊娠20週台で生まれる赤ちゃんは、小学校入学くらいまで経過観察をします。一方で後期早産の子は、数も多いため対象になっていませんでした。早く気づくことで療育につないでサポートを受けることができます」
一方で、加部さんは「お父さんやお母さんが過度に心配する必要はありません」と強調します。
「特にお母さんは自分の責任だと思い詰めてしまう方もいますが、お母さんのせいではありません」といいます。
早産の理由ははっきり分かっておらず、予防法も確立していません。
「リスクがある可能性を事実として受け止めて、定期的に検診を受けていただき、心配なことがあったら医師に相談していただくことが必要かと思います」
後期早産児の母親は、支援のはざまに落ちている存在ではないかーー。ベビー用品大手のピジョン(東京都中央区)はそんな課題感を持ち、2018年からNICU(新生児集中治療室)やGCU(新生児回復室)に入院した後期早産児の家族へ向けたサポートをしています。
2020年3月には、後期早産児の特性や家族の経験談、退院に向けた準備などをまとめた「ちょっと早く生まれた赤ちゃんのサポートBOOK」をつくりました。累計約4万5000部発行され、病院などで配布されているそうです。
サポートを始めたきっかけは2017年。授乳期の課題解決を目指し、専門家らと議論を重ねている同社の「にっこり授乳期研究会」で、医療従事者から「海外では後期早産児の母親のケアが注目されている」と聞いたことが出発点でした。
当時、アメリカでは正期産児の母親と比べて「後期早産児の母親は産後のストレスが高い」という研究があったものの、国内ではそこにフォーカスした研究がなかったといいます。ヒアリングを行った結果、医療従事者の間でも、後期早産児の母親の心境が十分理解されているとは言えない状況だったそうです。
7人の母親にインタビューした、同社PR推進部・シニアマネージャーの手塚麻耶さんは、「後期早産児の母親は、普通の経過とは違う妊娠・出産に『つまづき感』を抱いていて、それを『しょうがない』と話しつつも、わだかまりとなって残っていることがある」と指摘します。
予定よりも早く想定外の出産になり、赤ちゃんと離れ離れの生活。産後のカンガルーケアや授乳など、やりたかったことは赤ちゃんの安全のために諦め、「しょうがない」と気持ちを整理せざるを得ません。
NICUでは、より重篤な赤ちゃんと自分の子どもを比較してしまい、赤ちゃんを抱っこしたくても医療従事者に遠慮して要望を伝えられず、孤立感を抱いてしまう母親もいるそうです。
「これまでケアの必要性への認識が十分ではなかったのが後期早産児です。サポートBOOKでは、いろんな仲間がいてサポートしてくれると伝えられればと思いました。後期早産児はもちろん、早産で生まれた赤ちゃんたちがひとりひとり違うペースで成長していくことが尊ばれる社会は、子育てをしやすい社会につながります。ひとりひとりがありのままに生活できるようサポートしていきたいです」と話しています。
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