MENU CLOSE

話題

​​『ゲ謎』6回観て「予想外の体験」意識高めなセリフに宿る人間味

〝啓発ことば〟深掘りした筆者が考えた

「啓発ことば」と名付け、起源や用法を探ってきた筆者が、「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」を観て感じたことは…
「啓発ことば」と名付け、起源や用法を探ってきた筆者が、「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎」を観て感じたことは… 出典: Getty Images ※画像はイメージです

目次

「人材」を書き換えた「人財」。「仕事」に由来する「志事」——。筆者は、労働の現場に流通する造語を「啓発ことば」と名付け、起源や用法を探ってきました。いずれにも、働き手の心に作用し、奮起させようとする特徴があります。こうした性質を伴う言葉が、他者ではなく話者自身に向けられたとしたら、どういった結果が生じるのだろう……。最近、人気アニメ映画『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』を観て、そんな疑問を持つに至りました。創作の世界における、「意識高め」な語句の効用について考えます。(ライター・神戸郁人)

【PR】「あの時、学校でR-1飲んでたね」
#啓発ことばディクショナリー

不都合な事実を隠しかねない言葉

筆者が分析の対象としている「啓発ことば」は、主として経営者や人事関係者といった、企業幹部によって使われています。組織の中でも強い権限を持ち、労働者の業績を評価する立場にある人々です。

社員一人一人の、職務に対する責任感を強めつつ、より高度なパフォーマンスを発揮させたい。そのように考える幹部陣が、いわばスローガン的に持ち出すのが、上述の造語群であると言えるでしょう。

例えば、仕事を書き換えた「志事」は、メディアに頻出する類語の一つです。筆者が新聞紙面上での取り扱いについて調べたところ、激務の印象が強い、人材派遣業や林業などの有力者が用いている例が目立ちました。

それぞれの領域では、人材の定着率の低さや、長時間労働が深刻化してきました。そのため、仕事を「志事」と表現することでイメージアップを図り、問題への懸念を払拭しようとする狙いが背景にあると思われます。

ただし、具体的な改革が伴わなければ、取り組みは絵に描いた餅となりかねません。つまり字面の快さゆえに、不都合な事実を糊塗(こと)する方便と化す恐れを、常にはらんでいるのです。

【関連記事】仕事を「志事」と呼ぶ理由は?働く厳しさマヒさせる〝言葉の麻薬〟

言葉が持つ、そんな危うさに思いを馳(は)せる機会が、先日不意に訪れました。映画『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』(東映・2023年11月17日公開、以下は通称の『ゲ謎』)を、劇場で鑑賞したことがきっかけです。

※この先で作品の核心に関わる内容に触れています。読み進める際は、ご注意ください。

重要キャラが放った強烈なセリフ

世代を超えて親しまれている、妖怪漫画の金字塔『ゲゲゲの鬼太郎』。その派生作品である『ゲ謎』では、幽霊族のメインキャラクター・鬼太郎を陰に陽に支える父、「目玉おやじ」の過去が描かれます。

舞台は昭和31(1956)年の日本です。密命を帯び、東京から地方の山村・哭倉村(なぐらむら)へと赴く主人公・水木。現地で出会った若き日の目玉おやじ(通称「ゲゲ郎」)と、村で受け継がれてきた因習を巡る秘密に巻き込まれていきます。

等身が高い、白髪の青年の姿で登場するゲゲ郎に加え、原作のおどろおどろしい世界観を反映した衝撃的なシナリオが話題を呼び、興行収入は20億円を突破しました(2024年1月上旬時点)。筆者もすっかり魅了され、本稿執筆時点で6回観ています。

心惹かれる要素はいくつもあるのですが、妙味となっているのが複雑な人間模様でしょう。わけても、作中で重要な位置付けを与えられた一族・龍賀(りゅうが)家の人々の関係性は、各々の利害が蜘蛛の糸のごとく絡み合う点で特筆すべきものです。

筆者の目を引いた人物の一人に、同家の長女・乙米(おとめ)がいます。彼女は村に侵入したゲゲ郎を捕縛。そして一族興隆の立役者、実父・時貞(ときさだ)の夢のため、幽霊族の身を捧げる習俗を続けてきたと水木に語りかけます。その際の一言が強烈です。

「我が龍賀一族は、そのため(筆者註:時貞の理想を実現すること)の崇高な義務がある者なのです。大義のための犠牲となるなら、幽霊族も本望でしょう」

当該のシーンの直後、話を聞いていた、水木の回想がオーバーラップします。

「お前たちは大義のために死ぬるのだ」「本望だと思え」。戦時中、出征先の南方戦線で、自らを含む兵士たちに玉砕を強いてきた上官の言葉でした。原作者の故・水木しげるさんの従軍体験が重なる演出です。

怒りの感情を変えた鑑賞体験

「大義」を盾に、命を弄ぶ——。戦争の記憶と共に流れる、乙米のセリフを初めて耳にしたとき、言いようのない怒りが込み上げてきました。気高さをまとう語句によって、陰惨な習わしを正当化する姿勢が、到底受け入れがたかったからです。

同時に、一連の言動が、「啓発ことば」が持つ負の側面に通底するようにも思われました。彼女が共同体の権力者であることも相まって、言葉によって、より弱い立場に置かれた人々との非対称性を強めるという、共通項が見て取れたのです。

しかし2回、3回と鑑賞を重ねるうちに、こうした印象は徐々に変化していきました。

物語の筋を知り、細部の描写に目を向ける余裕が生まれると、意外な設定に気付けることがあります。今回、その瞬間を何度か体験できました。そして、乙米の物言いが、ある種の諦念に裏打ちされていると感じるようになったのです。

龍賀の家に生まれた以上、課せられた使命を全うするしかないという、深い哀しみ。その感情を飲み込むため、彼女はくだんのセリフを、自分自身に向けて発していたのではないか……。筆者の脳裏に、いつしかそんな考えが浮かんでいました。

「約束」が人間味を深めてくれた

乙米の言葉に触れて、思い起こしたことがあります。「啓発ことば」関連でお話を伺った、言語哲学者・三木那由他さんのコメントです。

三木さんは「私たちは会話をする際に、コミュニケーションの前提となる『約束』を、相手と交わしていると考えます」「会話の参加者は、『約束』の趣旨にふさわしい行動を取るよう要請される」と話していました。

【関連記事】「社員は宝と言うけど…」〝人財ブーム〟に三木那由他さんが抱く不安

これは「共同的コミットメント」という哲学的概念ですが、三木さんは著書『言葉の風景、哲学のレンズ』(講談社)の中で、「感謝」を例に説明しています。

「ありがとう」と言っておきながら相手を邪険に扱うひとは、それによって不誠実であるとされたり、非難されたり、冷たい目で見られたり、信頼を失ったりするはずだ。それは、「ありがとう」と言うことによって交わされたはずの約束に、そのひとが反しているからだと考えられる。(35ページ)

翻り、『ゲ謎』の話題に立ち返ってみましょう。本編で、乙米はゲゲ郎や水木と言葉を交わしていました。自分が「龍賀の女」だと信じているように振る舞い、対話相手の二人も「彼女は自らが龍賀の女だと信じている」と思って相対しているように見えます。

こうした条件の制約を受ける以上、乙米が仮に別の生き方を志向していたとしても、本音を対外的に表明するのは困難でしょう。「約束」を違えれば、それまでの発言との矛盾が生じ、ゲゲ郎たちとの会話を支える文脈が崩壊してしまうのですから。

のみならず、自らが依拠する立場を失い、一族の者として積み重ねてきた行為が、丸ごと否定される事態にも陥りかねません。だからこそ、あえて「大義」という大仰な言葉を使い、冷酷さを示さざるを得ないところがあったのだろうと考察しています。

目の前の人物と、自己の双方に適用される、コミュニケーション上の「約束」。

その内容を踏まえた上で、乙米の人物像を捉え直してみると、途端にキャラクターの人間味が増し、愛おしささえ感じられるようになったのです。予想外の、不思議な体験でした。

「意識高め」な語句が醸す味わい

ここまでつづってきた文章は、個人の見解に過ぎません。しかし「意識高め」な語彙(ごい)の向こう側にゆらめく、話者の心情を見通すことで、創作物を自分なりに咀嚼(そしゃく)し、一層深い滋味を楽しめるのは確かではないでしょうか。

普段、批判的に理解している「啓発ことば」的な語句が、物語の解釈を進めるためのよすがにもなる。そんな発見に満ちた経験でした。近いうち、7度目の『ゲ謎』を観るため、改めて映画館に足を運びたいと思っています。

   ◇

【連載・#啓発ことばディクショナリー】
「人材→人財」「頑張る→顔晴る」…。起源不明の言い換え語が、世の中にはあふれています。ポジティブな響きだけれど、何だかちょっと違和感も。一体、どうして生まれたのでしょう?これらの語句を「啓発ことば」と名付け、その使われ方を検証することで、現代社会の生きづらさの根っこを掘り起こします。記事一覧はこちら

関連記事

PR記事

新着記事

CLOSE

Q 取材リクエストする

取材にご協力頂ける場合はメールアドレスをご記入ください
編集部からご連絡させていただくことがございます