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仕事を「志事」と呼ぶ理由は?働く厳しさマヒさせる〝言葉の麻薬〟
負のラベルを隠す一時の現実逃避
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負のラベルを隠す一時の現実逃避
「仕事を『志事』にしよう」。様々な職業人の発言に触れる中で、そんなフレーズを見聞きする機会があります。勤労への意欲を保つには、高い志が必要だ――。当たり前の考え方を示しているようでいて、あえて一般的な語句の字面を改める点に、どことなく違和感も。その使われ方を調べてみると、自社や業界のイメージアップを図りたい、企業側の〝ある狙い〟が浮かび上がりました。(withnews編集部・神戸郁人)
仕事は「望む社会を実現できる。私にとっては”志事”と表現できる」と強調した。
――仕事のやりがいや出会いの大切さ語る 甘楽中で特別授業 NPOの森さん講演 甘楽/2018年2月7日付 上毛新聞
「今こそ地方には強い志を実現させる人財の育成と活躍の場をつくることが急務。夢を語り合え、積極的に行動を起こせる人財を育てたい」
――地域の課題解決へ人材育成 「夢・志事塾」設立総会 高い志 実現させる場を/2018年5月14日付 中日新聞朝刊 地方版(三重版)
「人材派遣業は他の業種に比べ離職率が高い。ただし採用側の責任として、それで良いのかという疑問があった。私の座右の銘は仕事ではなく『志事』。高い志を持って事を成すという意味合いで、その理念に共感できる方と一緒に長く働きたいという思いがあった」
――建築現場のプロを育成派遣 コプロHD、人材力で急成長-ナゴヤの名企業・コロナ危機に克つ 逆風でも成長(4)
以上の事例から見いだされるのは、「志事」が持つ、ある種の〝麻薬性〟です。
多くの場合、不況や人材の枯渇などにより、苦境に陥った職業人たちが、この語句を用いていました。林業・人材派遣業の関連エピソードが示すように、過酷な仕事内容が想起されやすい職場で、特に好まれる傾向があるとも言えそうです。
「志事」が醸す明るい雰囲気は、そうした現実を、いっとき忘れさせてくれるようです。志という〝漂白〟された言葉で、心の痛覚をマヒさせ、働く厳しさを和らげる。いわば現実を生きるための強壮剤として、機能しているように見えます。
これは自らを鼓舞し、健康的に職務と向き合う原動力となる限り、許容されるべき営みです。一方で、経営者側が労働問題を放置したり、問題のある状況を肯定したりするための方便となる危険も、常にはらんでいます。
誰が、何のために、仕事を「志事」と呼びたがるのか。その問いを深めることは、私たちが住まう社会の輪郭を、明らかにする手立てとなるのかもしれません。
・「仕事を―にしよう」
・「私の座右の銘は―だ」
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