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おせちに「わにの刺身」!? 「べろべろ」や「のっぺ」食べる地域も
今年のおせち、中身は何を入れましたか?数の子や黒豆といった多くの人が思い浮かべる定番がある一方で、地域によっては、全国的にはあまりなじみのない料理が入ることもあるようです。地域の文化や伝統に根ざした変わり種のおせちについて、専門家に取材しました。(朝日新聞デジタル企画報道部・武田啓亮)
食文化史研究家の永山久夫さんは、おせちの中身についてこう解説します。
「みんながおせちの『定番』だと思っているメニューの多くが、実は東京などの大都市圏で形作られたものです。地方では都市部の人が食べたことのないような郷土料理が、たくさんおせちに使われていますよ」
永山さんによると、黒豆、数の子、田作り、たたきごぼうなどの「祝い肴」と呼ばれる料理がおせちとして定着したのが江戸時代。
かまぼこや伊達巻きといった料理が定着するのは、明治時代以降だと言います。
「婦人雑誌の記事や、料理教室が中心的な役割を果たしたと言われています。そこで取り上げられた料理がおせちの定番として、都市部の主婦層の間で広まっていったのです。今、広く知られているおせち料理は、全体の中のごく一部でしかありません」
では実際に、各地域ではどんな料理がおせちとして食べられているのでしょうか?
農林水産省のホームページでは「うちの郷土料理」と題した特設ページを作り、各都道府県に伝わる料理を取り上げています。
広島県で食べられているのが「わにの刺し身」。
このわにというのは爬虫類のワニではなく、中国地方に伝わる古い呼び方でサメのことを指すそうです。
神話「因幡の白兎」で、ウサギが渡った「わにの背中」というのも、サメのことだと考えられています。
冷蔵技術が発達していない時代、身にアンモニアを多く含むサメは、傷みにくく日持ちする貴重な海の幸として重宝されていました。
主に正月やお祭りなどの祝い事の際に食べられ、時間が経つと出てくるアンモニアの臭みを消すためにショウガ醬油を使うことが多いそうです。
石川県では「べろべろ」という不思議な名前の料理が親しまれています。
卵を溶いて寒天で固めたもので、ルーツは江戸時代にまでさかのぼるそうです。
砂糖と醬油で甘じょっぱく味付けされていて、卵や砂糖が貴重品だった時代のごちそうでした。
今では、甘さを控えめにして総菜として食べられるようにしたものが、スーパーなどに並ぶこともあるようです。
新潟県では、里芋などの野菜の煮物「のっぺ」が多くの家庭で食べられています。
1年を通して食べられる家庭料理であると同時に、家族が集まる正月料理の定番でもあるそうです。
野菜やキノコ類の他、貝柱や鶏肉、サケなどを入れることもあり、家庭や地域によっても微妙に作り方が異なるとのこと。
冷蔵庫が無い時代には、のっぺが入った鍋ごと雪の中に入れることで保存をしていました。この頃の名残からか、冷やして食べる場合もあるそうです。
全国各地に伝わるご当地おせちですが、永山さんはこうした豊かな食文化が、次世代に継承されずに消えていくことを心配しているそうです。
「おせちの文化は、地域や家庭と結びつきながら後世に伝えられてきました。世代を越えて家族が集まるお正月は、『この料理にはこんな由来があるんだよ』という、ちょっとした食育の機会でもあったのです。ところが、一人暮らし世帯の増加などで、年々、家族そろっておせちを囲む機会は減っています」
さらに、コロナ禍による帰省控えなどが、この傾向に追い打ちをかけました。
巣ごもり需要を受け、コロナ禍の年末商戦ではスーパーや百貨店などでも1人用のおせちが人気を集めました。
今年のお正月はどうなるのでしょうか。
イトーヨーカドーなどを運営するセブン&アイ・ホールディングスの担当者は「今年はコロナ禍の反動で、帰省先などで大人数でおせちを食べる家庭が本格的に増えるのではないか」と分析しています。
3段重など、大勢で食べるおせちの数を昨年よりも2割ほど増やしたとのことです。
永山さんは「できればそれぞれの地元や家庭の味にも触れて欲しい。お店のおせちもいいですが、1~2品だけでも自分で作ってみると、それがやがて『我が家の味』になっていくはずです」と話します。
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