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IT・科学

「白い巨塔」は真っ黒だった… 医師が3回の教授選を小説にした理由

近畿大学医学部皮膚科・主任教授の大塚篤司さん

3回の教授選に挑戦する主人公が、根も葉もないウワサが広がったり、面接で悪意ある質問がぶつけられたりして人間関係に苦しむようすが描かれる小説『白い巨塔が真っ黒だった件』。なぜこれをテーマに筆を執ったのでしょうか?
3回の教授選に挑戦する主人公が、根も葉もないウワサが広がったり、面接で悪意ある質問がぶつけられたりして人間関係に苦しむようすが描かれる小説『白い巨塔が真っ黒だった件』。なぜこれをテーマに筆を執ったのでしょうか? 出典: Getty Images ※画像はイメージです

目次

SNSの発信が「悪目立ちしている」と言われ、「性格が悪い」という根も葉もないウワサを流され――。ドロドロとした大学病院の教授選のようすを「フィクション」として小説に書いた医師がいます。ドラマ「白い巨塔」の再放送や、朝ドラ「らんまん」など、大学の研究室の権力関係に注目が集まるなか、どんな思いで筆を執ったのか、近畿大学医学部皮膚科・主任教授の大塚篤司さんに話を聞きました。(withnews編集部・水野梓)

大塚篤司(おおつか・あつし):1976年生まれ、千葉県出身。近畿大学医学部皮膚科学教室主任教授。2003年信州大学医学部・2010年京都大学大学院卒業、2017年京都大学医学部特定准教授などを経て、2021年より現職。専門は皮膚がん、アトピー性皮膚炎、乾癬など。アレルギーの薬剤開発研究にも携わり、複数の特許を持つ。著書に『教えて!マジカルドクター 病気のこと、お医者さんのこと』(丸善出版)、『最新医学で一番正しい アトピーの治し方』(ダイヤモンド社)など。2023年7月に小説『白い巨塔が真っ黒だった件』(幻冬舎)を上梓

若手医師が敬遠、大学病院の「医局」

――大学病院の「教授選」をテーマにした小説『白い巨塔が真っ黒だった件』を書こうと思ったのはなぜですか?

いま、ちょうど関西ではドラマ『白い巨塔』(主演・唐沢寿明、初回放送2003年)が再放送されていますが、「医局」や「教授」って、悪いイメージがありませんか? 若手医師には敬遠されてしまっています。

だからこそ、自分が2年前に近畿大学の教授になったときには、「悪いイメージを払拭して、新しいクリエイティブなチームを作りたい」と思っていました。

そこで、医療従事者向けのサイト「エムスリー」で「新しい医局のカタチ」という連載を始めました。自身が教授になる過程を書いたところ、すごい反響だったんです。

これはしっかり「教授選」を深掘りしないといけないな、と感じました。連載を書き直して「フィクション」として小説にしたのが今回の本です。

大塚篤司『白い巨塔が真っ黒だった件』(幻冬舎)
――そもそも「医局」とは何なのでしょうか?

現在、医師免許を取得して医学部を卒業したら、2年間、主要な診療科をまわって研修しなければなりません。スーパーローテーションとも呼ばれ、患者さんを治療する臨床・研究をあわせて行う大学の医局で学ぶ人もいますが、民間病院で研修する人もいます。現在は希望とニーズを合致させる「マッチング制度」で研修先が決まります。

しかし私を含め、その研修制度が始まった2004年より前の世代は、ほぼ全員が大学の医局に入って「下積み」時代を送っていたんです。

その後も、独立してクリニックを開業したり、退職したりするまでは、大学の医局にいる――というのが大半の医師が進む道でした。
市民向けの講演会やイベントを開催したり、SNSで医療情報を発信したりしている大塚篤司さん
市民向けの講演会やイベントを開催したり、SNSで医療情報を発信したりしている大塚篤司さん 出典: 2022年、水野梓撮影
――自分の入る大学の医局はどうやって決まるんですか?

自分で調べて見学に行ったり、先輩の話を聞いて紹介してもらったり、部活の顧問をしている教授の医局に入ったり、いろいろです。

大学病院だけだと給与が安くて生活できないので、別の病院でバイトする必要があるんですが、そのバイト先を医局の教授のツテで紹介してもらっていました。

小説にも書きましたが、医局に入るときって、誓約書も手続きもないんです。「杯を交わす」ような状況で、その〝つながり〟が悪いようにも使われてきましたし、権力が集中する悪習にもなってきたと思います。

ただ、大学病院にはさまざまな病気や症例が集まるので、研究ができる、専門医をとるのに必要なことが学べる……というメリットもあります。

消化できない気持ちを書くことで…

――小説では、主人公の「大塚さん」が挑戦した教授選で、根も葉もないウワサを流されたり、面接で悪意のある質問ばかりが飛んだり……どろどろとした部分が描かれています。これはどこまでがリアルなのでしょうか?

「基本はフィクション」として書いています(笑)。でも、その時に感じた思いは忠実に表したいと思っていました。

出来事をフィクションに変えたこともありますが、「こんなことを感じながら教授選を戦っていた」という気持ちはリアルなものです。

――医療界の内情を明かすような内容でもあると思いますが、出すことにためらいはありませんでしたか。

「暗黙のルールをわざわざばらすな」と嫌がる人や、自分のことを「気に入らないな」と感じる人もいるでしょう。

賢いやり方ではないとも思っていますが、消化できない気持ちを、書くことで処理しないと前に進めない――と思っていました。

「楽しく仕事をするチームをつくりたい」

――教授選で最もつらかったことはどんなことでしたか。

追い詰められ、味方がいないと感じたことですね。誰かと話していても、「この人が教授選の誰かとつながっているんじゃないか」って疑ってしまって、人間不信になりました。

「こんなにうまくいかないのはなぜなんだ」と自分を責めてしまい、死ぬことが頭をよぎったこともありました。
出典: Getty Images ※画像はイメージです
――ずばり聞いてしまうと、そこまでして「教授」になりたいものなのでしょうか?

自分の中では、「教授になりたい」というよりも、「楽しく仕事をするチームをつくりたい」という気持ちの方が大きかったですね。

僕が医者になった頃は、キャリアに「教授」「部長」「開業」という3択しかありませんでした。今のように、ベンチャー企業を立ち上げて新しいチームをつくるとかフリーランスで生きていくといった選択肢がありませんでした。

ひとりでできることは限られているので、たくさんの人たちと、たどり着けないところにいきたい――。それに一番近づけるのは大学教授だと思ったんですね。

ただ、教授選にトライしている間に、「やさしい医療情報を届けたい」という気持ちを同じくする医師たちと「SNS医療のカタチ」という活動を始めました。
 
一般社団法人医療リテラシー研究所を立ち上げ、やさしく医療情報を届けようと活動している「SNS医療のカタチ」の医師たち。左から、堀向健太さん(ほむほむ先生)、大塚篤司さん、山本健人さん(外科医けいゆう)、市原真さん(ヤンデル先生)=2022年、筆者撮影
一般社団法人医療リテラシー研究所を立ち上げ、やさしく医療情報を届けようと活動している「SNS医療のカタチ」の医師たち。左から、堀向健太さん(ほむほむ先生)、大塚篤司さん、山本健人さん(外科医けいゆう)、市原真さん(ヤンデル先生)=2022年、筆者撮影

「教授以外にも、ほかにチームをつくるやり方があるな」と感じて、「3回目の教授選がダメだったら、別のチームで仕事をすればいいや」と思うようにはなっていました。

キラキラしながら仕事をしてほしい

――医局のイメージを変えたい、新しいチームをつくりたい……と考えると、たしかに教授にならなければ実現が難しそうですね。

教授というと「雲の上の存在」という印象がありましたが、僕はチームでは「教授」を「上下関係」ではとらえていません。

教授というリーダーは、チームのメンバーに「あっちに行ったら面白そうだから行こうぜ」って声をかけられる人だと思っています。

結果、ついてきてくれた人たちが「楽しかった!」と嬉しそうにしている顔が見たい。それが自分のモチベーションです。
――本来は、トップダウン型だけではない、さまざまなリーダーがいていいはずですよね。

200~300人の組織で、同じ方向を向いて走らなければならないとなったら、ルールを決めて指導力のあるリーダーがいることは大事だと思います。

でも、数十人の組織だったら、所属しているみんなの顔が分かりますよね。毎日、全員と顔をつきあわせるのは無理でも、週1~2回、仕事している様子は見えるし、「楽しそうにやっているか」は分かると思います。

僕はそこでキラキラしながら仕事をしてもらいたいと思っています。

時には、他の人から「こっちの方が楽しそうですよ」って声が上がり、みんなで方向転換することもあるかもしれません。そんな風に、一人では行けないところへ行ける、発展のあるチームにしたいと思っています。

「朝ドラ」でも見られる…?ほかの業界でも

――小説には、医療界の外からも反響があったそうですね。

いまNHK朝ドラ(連続テレビ小説)の「らんまん」では植物学の研究室が描かれていて、教授が自身の言うことを聞かない主人公を出入り禁止にするそうですね。

小説の読者からは「まるで『らんまん』ですね」という声をもらいました(笑)。

――小説『白い巨塔が真っ黒だった件』では、「後任は自分より優れていなくていい」と言う人や、SNSで発信している主人公を「目立っている」と非難する人が登場します。

これまで医者の世界では、助教、講師、准教授、教授というキャリアアップが当たり前で、注目度や知名度もそれに伴って上がるものでした。SNSの広がりによって「教授じゃないのに名前が知られている医者」というのが現れたんですよね。

僕がSNSで医療情報を発信したり、市民向けのアトピー解説の本を書いたりすることが、ある人にとっては「悪目立ちしている」「スタンドプレ-」と捉えられてしまいました。
出典: Getty Images ※画像はイメージです

自分自身もときどき、成功している人への嫉妬や妬みを抱くことがありましたが、そのエネルギーは自己成長につなげようと考えてきたタイプです。「人の邪魔をしよう、足を引っ張ってやろう」という思いを持つことはなかったので、教授選の時はとにかくびっくりしましたね。

「俺も苦労したんだからお前も苦労しろ」「お前も理不尽なことに耐えろ」というのは、古い組織の発展の仕方、過去の成功パターンですよね。

この構造は、もしかすると医療界だけでなく、さまざまな日本の組織で起こっていることなのかもしれません。ほかの業界の方と話してみたいですね(笑)。

どん底、手をさしのべてくれる人がいた

――小説の冒頭は、主人公が過ごした医局の教授のパワハラのエピソードが盛り込まれています。なぜ教授選だけにフォーカスしなかったのでしょうか?

教授という肩書きになってから、教授である自分には「順風満帆な人」「リーダーとしてとても強い人」というイメージを持たれていると感じたんです。

私自身は、自分のことを強い人間だと思ったことはありません。失敗もしていますし、パワハラに苦しんで休んだ時期もあるし、それも含めて今があると思っています。

小説で伝えたかったのは、「自分の力で前に進めた」というよりは、どん底で「もうダメだ」と感じているときに、たまたま誰か助けてくれる人が現れたということです。
出典: Getty Images ※画像はイメージです

連載を小説に書き直しているとき、イメージしていたのは「半沢直樹」でした(笑)。でも、半沢直樹は自分の力で、負けないように粘っていくじゃないですか。

自分はそういう感じじゃないなって。自分の力で逆境をひっくり返したんじゃなくて、手をさしのべてくれる人がいたから生き延びてこられました。

パワハラや教授選で苦しんだ時も、医師をやめたり、この世界からいなくなったりしていてもおかしくない精神状況だったんです。

もう道がなくなりそうだな、というときに、新しく一本の道を照らしてくれる人が現れる。本当に運がよかったと思います。

理不尽に苦しむ人たちへエールを

――小説の主人公も、パワハラに苦しんだ時、教授と真っ向から戦うのではなく、いったん医局を去る……という選択をしていますね。

「乗り越えなくてもいい」「逃げてもいい」ということを初めての挫折の時に学べたのは本当によかったと思います。

もちろん「負けられない戦い」に挑むというのは大事なことですが、「負けられない」「逃げられない」と思いすぎると、メンタルが崩壊してしまう。

だからこそ僕は「休憩もあり」と思うようになりました。決着をつけず、悪い環境や事態が変わるまで待つ。そんな選択肢を持てるようになりました。

何をやってもうまくいかない、あれをやってもこれをやってもダメ、どうしようもない……という時は、負けを認めて、とりあえず「待つ」。生きていればオッケーって考えるようになりました。

この本には、いま組織のなかで理不尽に苦しんでいる人や、若い世代へのエールも込めました。同じ境遇に陥った人が、「もうちょっと頑張ってみよう」とか、「事態が変わるまで待ってみよう」と思える希望につながればいいなと願っています。

大塚篤司『白い巨塔が真っ黒だった件』(幻冬舎)
ことしのSNS医療のカタチTVは、2023年8月26日(土)、27日(日)19:00から配信予定。

がん研究者でアラバマ大学バーミンハム校助教授の大須賀覚との「薬ができるまで」や、「情報で予防する」のトークセッションや、カトリック司祭(神父)・片柳弘史さんとの「医と生老病死 医者と宗教者と編集長の『死』を語る作法『死ってなんだろう?』」などのセッションが予定されています。

詳しくはSNS医療のカタチのホームページ(https://snsiryou.com/)へ。

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