話題
出産・育児「母の愛でなんとかしろ」…小野美由紀さんが感じた〝圧〟
核家族の子育ては「異常な事態」
夫と結婚し35歳で「子どもをつくろう」と考えたところから、妊娠中の体調不良や、出生前診断を受けるかどうか、過去の中絶経験まで、ありのままにつづった作家の小野美由紀さん。出産を経て、「妊婦に優しい社会は、高齢者や障害のある人だけじゃなく、たくさんの人にとって生きやすい社会」だと改めて感じたそうです。(withnews編集部・水野梓)
妊娠中、さまざまな体調不良に悩まされた小野さん。「ままならない体」に不安も覚えましたが、自身の半径150mの、名前も知らない人びとの好意にふれることが増えたといいます。
駅でスーツケースを持って右往左往していたら、見知らぬ男性がさっと持って階段を上がってくれたり。
暑い日に餃子のテイクアウトの列に並んでいたら、隣の店舗がイスを出してくれたり。
「匿名の、騒がしくない無数の厚意が、どれだけ人を生かすことか」と感じたそうです。
「これまでは『仕事で頑張って成果を出して生きていかないと、誰も助けてくれない』と気負っていました」という小野さん。
「ちょっとしたあたたかいやりとりがひとつあるだけで、気持ちが救われて『ひとりじゃない』って思えました。そういう積み重ねがあったからこそ、『子どもを産んでも、やっていけるかも』って感じました」
エッセイの中では、〝母の愛〟への社会からの過剰な期待におびえたこと、出生前診断を受けるかどうか悩んだこと、過去に中絶を経験したことも記しました。
小野さんは自身の経験を「『女性の人生の選択肢のひとつ』でしかないと思っています」と振り返ります。
女性の中絶をめぐっては世界的に厳しい現状があります。アメリカでは中絶が厳しく規制される州が半数にのぼり、中南米では中絶の自由がない国もあります。日本では今年、海外で使われている経口中絶薬が、ようやく承認されました。
「当たり前のようにあるべき、『産む・産まないを、他ならぬ女性自身が自分で決める』という感覚が、いま欠乏しているように思います」と指摘します。
また、社会に余裕がなくなって、さまざまな出来事への「自己責任論」が強まっているとも感じたそうです。
「妊娠・出産・子育ても、多くの母親たちが『母の愛でなんとかしろ』という社会からのプレッシャーを感じているのではないでしょうか。産み育てる女性本人の幸せなくして、子が幸せに生きることなどあり得ません」と話します。
小野さんは今、夫と娘の3人で、ほかに大人3人とともにシェアハウスに暮らしています。
「娘の面倒をみてもらわなくても、声をかけてくれる、同じ家のなかに大人がいてくれるだけでも助かっていて、ワンオペで子どもをみているつらさが消えていく面があります」と話します。
「きっと、気持ちが落ち込んでいるときや歳をとって体が動かないときにも、そんな風に『自分が誰かとつながっている』という感覚があるだけで、ホッとすることがあるのではないでしょうか」
妊娠・出産には行政のさまざまなサポートがあるものの、必要としている人に届きづらく、子どもの虐待死や出産直後の赤ちゃんの遺棄といった痛ましい事件も起きてしまっています。
「私は運良く、妊娠中に人とのつながりやサポートの存在を感じられましたが、それがないまま『自分はひとり』だと思って生きるのは、本当につらいと想像します」
小野さんは、「人類史をさかのぼって考えても、親ふたり、もしくはシングルで子どもをみるという〝核家族の子育て〟が異常ですよね」と訴えます。
「さらに今の夫婦は共働きが多く、しんどくて当たり前ではないでしょうか。これは異常な事態だという認識が広がっていかないと、少子化はますます進むだろうし、『子どもを持ちたい』と思っていてもなかなか産む決断ができないと思います」
一方で、満員電車、上がらない賃金、遅くまで働かないと生活が成り立たないなど、働く環境はなかなか改善しません。
「生理も妊娠・出産もない、健康な男性に合わせた『労働システム』自体が、そもそも生き物としての人間の限界を突破しちゃっていませんか? 社会全体で『もう無理するのをやめませんか』と伝えたいです」
いまの日本社会で子どもを産むにあたって、性別やジェンダーについても思いを巡らせたという小野さん。2023年の日本のジェンダーギャップ指数は、125位で過去最低でした。
一時は、「男として生まれてきてほしい」というエゴさえ抱え、「子の人生にいっさいの『女だから』『男だから』をかぶせずに生きることは、可能だろうか?」と自問自答したといいます。
エッセイでは、喫茶店で隣の席になった高齢の女性から「男の子はいいわよ! 財産になるもの!」と言われ、「モノ扱いをすっ飛ばしたカネ扱いに、内臓がえぐられるようだった」とつづっています。
しかし妊娠20週、先生から「まず間違いなく女の子でしょうね」と伝えられると、「絶対幸せになるよ。だって、女の子だもん」と、なんの根拠もなく、心からそう感じたといいます。
「なんでそう思ったのか、今考えても全く整合性がつかないんです。でも、『女の子が生きやすい世の中をつくろう』って、さらに強く思えたこと自体が、すごくよかったなって思います」と話します。
その高齢女性とは、今でも喫茶店で一緒になることがありますが、緑や青のベビー服を着せていると、「女の子なんだから赤やピンクを着せてあげないとかわいそう」と言われるそうです。
「こういう〝女らしさ〟〝男らしさ〟〝母親らしさ〟の押しつけは、いまだにあるんだなって痛感しました。でも、だからこそ『私はどう生きたいのか』が明確になったという気持ちもあります」
妊娠・出産前から「誰もが生きやすい社会になったらいいな」と感じていた小野さんですが、出産を経てますます「そんな社会をつくらなければならない」と感じているそうです。
妊婦健診や受診で、自分の生活時間が変わったことも影響しています。
「それまで働いていた日中にバスや電車に乗ると、お年寄りが多く、杖をついていたりヘルプマークをつけていたりする人もいます。これまで自分には見えていなかった社会の人びとが自然と目に入ってきました」と語ります。
「自分が見ていた世界って、本当に狭かった。〝弱者に優しい世界〟という言葉の実感が、これまでわいていなかったんだなって思いました」
妊婦、高齢者、障害のある人、体調が悪いと感じている人――。そんな人たちの数に比べて、公共交通機関の優先席の数は足りておらず、「いつも座れない」という人もいます。その上、今後は高齢化でますますサポートが必要な人は増えていきます。
とはいえ小野さん自身も、妊娠当初は「できない自分」になるのが怖く、自分が〝準弱者〟だと認めるにはハードルが高かったそうです。
しかし出産を経て、「助けて」「しんどい」と言いやすい社会の方が、多くの人にとって生きやすくなるのではないかと感じたといいます。
「女性にとって子どもを産みやすい社会は、ハンデのある人や高齢者にも優しい社会になります。それは健康な多くの人にとっても、過ごしやすい社会になるのではないでしょうか」
1/189枚