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妊娠出産の本音つづるエッセイ 全編に夫のコメントをつけた理由は…
作家の小野美由紀さん
「子どもを持ちたい」という思いが芽生えたとき、自身は35歳、夫は45歳。子どもはできるのか、無事に産めるのか、子育てを夫婦で乗り切れるのか……。出産までの経験を、作家の小野美由紀さんがエッセイにまとめました。妊活や夫婦げんか、妊娠中の体調の変化、想像を絶する陣痛の痛み――。経験して今思うことを聞きました。(withnews編集部・水野梓)
夫と結婚して「子どもを持ちたい」という欲望が芽生えたという小野さん。
7月に出版したエッセイ「わっしょい!妊婦」は、夫が自身の精子の数をチェックするところから始まります。夫は「俺、こんなに精子少ないの?」とつぶやきます。
エッセイでは、小野さんが感じた不安やつらかった思い、夫婦げんかのようすも赤裸々につづられます。
小野さんは「なんとなく、出産は痛みを乗り越えてこそ、母は耐えてなんぼ、というイメージがないでしょうか。つらさを美化するような風潮を感じていました」と振り返ります。
「もちろん個人差はあると思いますが、妊娠・出産って本当にハードモードです。そんな妊婦の本音を語ってもいいのではないかと書きました」
エッセイは、全編にわたって夫のコメントが盛り込まれている珍しい構成です。
検査で精子が少ないと分かった時のくだりでは、「結果がどう出てもそこまで気にならないかと思っていましたが、実際はかなりショッキングなできごとでした」という夫の本心が付記されています。
小野さんは「高齢出産なので何かあるだろうなとは思っていましたが、不妊治療については調べて初めて知ることばかりでした。男性不妊や、東京都が助成していることなど、情報にアクセスする機会はこれまでなかなかありませんでした」と言います。
いつも街中で困っている人を助ける優しい夫が、妊婦のつける「マタニティーマーク」の存在を知らなかったというエピソードも。高齢者や障害のある人が座れるよう、電車では優先席にも近づかないという夫は、マークを見かけるきっかけがなかったそうです。
「夫はちゃんと性教育を受けていない世代でもあります。改めて性教育は大事だと感じましたし、社会にも妊娠の現状を知ってもらいたいとも感じました」
小野さんの妊娠中は食べづわりで、異常な眠気と、空腹時の強烈な吐き気といった体調不良に苦しみました。その頃の夫と小野さんのすれ違いも、事細かに描写されています。
ある日、近くの助産院の先生が、エコーを見ながら繰り返し「かわいい」「かわいい」と言ってくれたとき、小野さんは思わず泣きそうになってしまい、自分の本心に気づきます。
「妊娠・出産では夫も自身も代替不可能なプレイヤーなはずなのに、なぜか同じフィールドでプレイしている気がしないという不信感があった」といいます。
しかし夫の方も「子どもが産まれるんだからますます仕事を頑張らなきゃ」と多忙で時間がなく、小野さんはつわりで動けず、夫に声をかける余裕もない――。
小野さんは「夫が妊娠・出産に向き合う時間が少なくなりがち…というのは、うちだけじゃなくて多くの夫婦で起きていることなのではないかと思いました」と話します。
結局、小野さん夫妻は「夫婦カウンセリング」を受けました。互いに身近な妊娠・出産に向き合うのは初めての経験で、それぞれの不安な思いの「シェアの仕方」も分かっていませんでした。
「過去の日本では、妹や弟の面倒をみることで赤ちゃんにふれたり、妊婦と過ごしたりする機会もあったでしょうが、今はほとんどの人がありません。そんな状況で、子どもができた・生まれた瞬間に『パパになる』というのは難しいと思います」と指摘します。
小野さんは、エッセイに夫のコメントを盛り込むことで、「これまで『蚊帳の外』になりがちだった『夫』も、『妊娠・出産に向かうクルーの一員で、当事者だ』というメッセージを伝えたかった」と語ります。
「夫のコメントが、男性の読むとっかかりになってくれたら嬉しいですし、読者の女性もパートナーに『これ読んでみて』って言いやすいといいなと思います」
一方で、社会にはまだまだ「子育ての主体は母親」という前提が多いとも感じているそうです。
パパママ学級に参加した時、申し込み用紙に書くのは「ママの名前」だけ。終了後のアンケートが配られたのも母親だけでした。
「アンケートには『子育てを手伝ってくれる人はいますか?』という質問があって、その答えの選択肢のひとつ目が『夫』だったんです。夫は『手伝い』ではなく、子育ての『主体』ですよね。社会もまだまだ追いついていないんだなって感じました」
さまざまな出来事を乗り越え、41週を超えて病院で出産することになった小野さん。しかしPCR検査で「コロナ陽性」となり、準備していた夫の立ち会いもできず、隔離部屋で出産の日を迎えます。
陣痛促進剤を入れてもなかなか赤ちゃんが出てくるようすがなく、最終的には帝王切開で娘を出産しました。
最後まで怒濤の展開で、小野さんは「書き切れなかった大変なことも実はたくさんありました」と苦笑します。それでも、「自分の中で体験を消化して、『笑って読んでほしい』『面白く読めるものにしよう』ということは心がけました」と話します。
タイトルにある「わっしょい!」は、妊娠中にふと下りてきた言葉で、そのイメージを保ったまま執筆したといいます。
「大変そうだから産みたくないな、とは思ってほしくありません。だから自分自身も、しんどいことがあっても『これをエッセイに書こう』と笑いを差し込んで物事を捉えられたと思います」
小野さんのエッセイでは、こんな女性へのメッセージで締めくくられています。
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