連載
#157 ○○の世論
岸田政権の「中間評価」5補選の結果は 維新の勢いには打つ手なし?
無党派層の投票先は0勝5敗
4月に行われた衆議院・参議院の五つの補欠選挙は、発足してから1年半の岸田文雄政権の「中間評価」とされました。結果は、自民党の4勝1敗。もともと自民が有していたのは3議席。それを上回ったのですから、堂々の「合格点」と言えます。しかし、3勝した選挙は、得票率でみれば5ポイント以内の接戦。さらに、朝日新聞が実施した出口調査を分析してみると、勝利に潜む脆弱な面がかいま見えてきました。(朝日新聞記者・君島浩)
5補選の内訳は参院1と衆院4。参院は、野党系無所属の参院議員が知事選に立候補したことで行われた大分選挙区で、衆院は、「政治とカネ」問題で自民議員が辞職したことに伴う千葉5区、国民民主党議員の知事転出に伴う和歌山1区、岸信夫前防衛相の議員辞職を受けた山口2区、安倍晋三元首相の死去に伴う山口4区――でした。
参院大分と和歌山1区は野党が持っていた議席で、自民が占めていた議席は千葉5区と山口2区、4区の三つ。
このため、自民は表向きはともかく、本音では現状維持の3勝2敗を勝敗ラインの目安としてきました。
その中で自民は4勝したわけですが、まず唯一の敗北を喫した和歌山1区の選挙戦をみてみましょう。
自民は、過去4回の総選挙で同区で敗れ、前回2021年を除いて3回比例近畿で復活当選した門博文氏を擁立しました。しかし、維新新顔の林佑美氏に6063票差で競り負けました。
出口調査の結果をみると、まず気づくのが、支持政党で維新を挙げた人が27%と、2021年衆院選時の15%から倍近くに増えたことです。
一方で、自民支持層は今回は33%で、2021年の40%に比べて目減りしています。維新支持層の92%が林氏に投票したと答えたのに対し、自民支持層で門氏に投票したのは77%でした。
維新の勢いは、「日本維新の会のこれまでの実績をどの程度評価しますか」という質問に対し、「評価する」と答えた人が「大いに」18%、「ある程度」63%を合わせて81%に達したことにも表れています。
「評価しない」は「あまり」11%、「全く」5%を合わせてわずか16%でした。林氏は「評価する」と答えた人の56%の支持を得ました。
「支持政党なし」「わからない」と答えた無党派層は20%を占めました。その投票先は、林氏が57%で、門氏の29%を引き離しました。
投開票日翌々日の朝日新聞の和歌山版には「維新の風は(大阪、和歌山府県境の)和泉山脈を越えた」との見出しが躍りました。
2週間前の大阪ダブル選、奈良県知事選を制した維新の風を自民は防ぐことができませんでした。
実は無党派層だけに限ると、和歌山1区以外でも、つまり自民が勝利を収めた4選挙でも、自民候補の支持は次点の野党候補の支持を下回りました。
選挙結果は4勝1敗なのですが、出口調査の無党派層の投票先をみると、0勝5敗だったのです。
参院大分選挙区は、自民新顔の白坂亜紀氏が、立憲前職の吉田忠智氏を大接戦の末、破りました。わずか341票差、まさしく紙一重の差でした。
吉田氏は社民党党首を務めたこともある上、参院比例区で当選2回。今回、任期途中の選挙区への鞍替え出馬だったので、知名度ではまさっていました。
しかも、2019年参院選で野党系候補が1万6千票以上の差で自民候補を破った与野党一騎打ちパターンに持ち込むことに成功しました。
追いかける立場だった白坂氏が僅差で競り勝ったのは、「銀座のママ」として地元を離れている時期があったにもかかわらず、投票者の44%を占めた自民支持層から80%の支持を得たことが大きかったと言えるでしょう。
一方で、21%を占めた無党派層のうち、白坂氏に投票したのは37%で、吉田氏の63%には及びませんでした。
大分の出口調査での岸田内閣支持率は54%と5割を超えていましたが、白坂氏はその66%の支持しか得られず、3分の1にあたる34%が吉田氏に流れました。
朝日新聞が毎月実施している全国世論調査(電話)では、岸田内閣の支持率は昨年12月に底を打った形で、年明け以降、回復気味ですが、自民候補への投票に結びつく力強さにはやや欠けるという印象です。
衆院千葉5区補選は、自民新顔の英利アルフィヤ氏が、立憲新顔の矢崎堅太郎氏らを破りました。次点とは4943票差で、こちらも薄氷の勝利でした。
「政治とカネ」の問題で自民議員が辞職した後だけに、英利氏には「逆風」も予想されましたが、立憲、国民、維新、共産など野党各党はそれぞれ候補者を擁立。英利氏の得票は、これらの4野党候補の合計得票の半分以下でしたが、票の分散に助けられ、混戦を抜け出しました。
とはいえ、投票者の35%を占めた自民支持層のうち、英利氏に投票したのは63%にとどまりました。
21%を占めた無党派層の動向をみると、英利氏が獲得したのは18%で、矢崎氏の32%に引き離されただけでなく、国民新顔の岡野純子氏の20%に次ぐ3番手に甘んじました。
投票した人に「投票する際、何を一番重視しましたか」と聞いたところ、「安全保障問題」「少子化対策」「政治とカネをめぐる問題」が21%で並び、「人柄や経歴」は17%、「支援する政党や団体」は16%でした。
防衛費増額が選挙戦の争点の一つになる中、「安全保障」を選んだ人の44%が英利氏に投票しました。「政治とカネ」と答えた人をみると、46%が矢崎氏を選びました。
一方、「少子化対策」を選んだ人の投票先は岡野氏26%、英利氏24%、矢崎氏23%と割れました。少子化対策は、岸田首相が年頭に打ち出した看板政策ですが、自民候補への追い風にはならなかったようです。
ちなみに、投票者の支持政党をみると、維新は11%で、立憲は15%。維新の風は近畿に比べると、いま一つと言えそうです。
山口県は「保守王国」です。2021年の衆院選では、全4小選挙区の当選者全員が自民党の世襲議員でした。
今回の山口2区補選は、世襲候補である自民新顔の岸信千世氏が無所属元職の平岡秀夫氏を5768票差で振り切りました。
民主党政権で法相を務めた平岡氏は2区で当選を重ねたことがあったとはいえ、2014年衆院選での敗退以降、政界から身を引いていました。岸氏にしてみれば、思わぬ苦戦を強いられた格好です。
出口調査をみると、岸氏は、投票した人の54%を占める自民支持層から77%の支持を得ました。しかし、24%を占める無党派層の支持は25%で、平岡氏の75%の3分の1にとどまりました。
岸氏は、曽祖父の岸信介元首相や安倍氏ら国会議員6人が並ぶ家系図をホームページに掲載するなど、「政治一家」をアピールしたこともあります。
出口調査では、政治家の子どもが親から地盤を引き継いで政治家になる「世襲」について尋ねたところ、「好ましい」と答えた人は43%で、「好ましくない」は51%でした。
「好ましい」と回答した人の78%が岸氏に投票しましたが、「好ましくない」と答えた人の70%が平岡氏を投票先に選びました。
朝日新聞は毎年春、憲法や政治をテーマとした全国世論調査(郵送)を実施しています。
今年の調査では、世襲が「好ましい」と答えた人は9%にとどまり、大多数の80%が「好ましくない」と答えました。
全国の有権者から対象者を無作為に選んだ世論調査と、山口2区で投票を終えた人に答えてもらった出口調査では、対象者の範囲も調査方法も異なるので、比較はできません。
ただし、2区で投票した人は、世襲にはそれほど厳しくないという印象を抱きます。一方で、「好ましくない」と答えた人が半数を超え、その大半が平岡氏に投票したということは、「世襲」がボディーブローのように効いたとも言えるでしょう。
今回の衆参5補選で、唯一、自民が野党に大勝したのは、山口4区でした。安倍氏後継の自民新顔の吉田真次氏は、次点となった立憲新顔の有田芳生氏の倍以上の票を得ました。
投票者の61%を占めた自民支持層のうち89%が吉田氏に投票したと答えました。一方で、16%を占めた無党派層の投票先をみると、有田氏が45%で、吉田氏の39%を少し上回りました。
安倍氏は旧統一教会(世界平和統一家庭連合)信者の家庭に育った男性に銃撃され、事件後、教団と政治の関係がクロースアップされました。
投票に際して、教団の問題を「考慮した」と答えた人は54%で、「考慮しなかった」の42%を上回りました。
「考慮した」という人の投票先は、有田氏が39%で、吉田氏の57%を下回りました。有田氏は「安倍政治の検証」を掲げ、教団と自民党政治家の関係を批判する選挙戦を展開しましたが、浸透できませんでした。
岸田政権に対する「中間評価」と言われた衆参補選を振り返りましたが、立ち入ってみると、手放しで喜べるような評価を得たとは言えません。
永田町では、首相の地元で開催されるG7広島サミット後の衆院解散・総選挙もささやかれています。
首相は「今、解散は考えていない」と繰り返していますが、「国民に信を問うことがあれば、躊躇(ちゅうちょ)なくする」(自民党の森山裕選挙対策委員長)という声も上がっています。
野党が弱体化しているこの10年ほどの現状をみると、首相にとって、与党で過半数獲得が見込める衆院選はいわば比較的楽な1次試験で、1年半前に辛勝した自民党総裁選の方が難関の2次試験と言えるでしょう。
1次試験に合格したとしても、さえない点数では、1年半後の2次試験の受験資格は得られず、もう一度1次試験をクリアしないといけないかもしれません。
今回の補選は、そういう意味では「模擬試験」でもあります。この結果をみて、首相は早期の衆院解散に踏み切るでしょうか。それともまだ先のことと考えるでしょうか。
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