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連載

#60 「見た目問題」どう向き合う?

顔の変形に悩む人々、「脱マスク社会」に抱く〝怖さ〟 安心感が一転

「裸を見られるより、マスクを外して顔を見られるほうが嫌だ」という人もいます

生まれつき動静脈奇形という疾患を抱える河除静香さん。コロナ禍の前から、日常ではどこに行くときも、職場でも、真夏でもマスク姿(右)でした=右の写真は本人提供
生まれつき動静脈奇形という疾患を抱える河除静香さん。コロナ禍の前から、日常ではどこに行くときも、職場でも、真夏でもマスク姿(右)でした=右の写真は本人提供

目次

顔の変形やマヒ、アザなど外見に症状がある人たちがいます。コロナ禍でマスクが必要な状況は、顔に症状がある人たちへ「心理的な安心感」をもたらしました。3月13日以降マスクの着用が「個人の判断」となり、マスクを外す人が増えている今、当事者はどう考えているのでしょうか。

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「裸より、顔を見られるほうが嫌」との声も

「裸を見られるより、マスクを外して顔を見られるほうが嫌だ。そんな人もいます」

こう語るのは、重度の口唇口蓋裂(こうしんこうがいれつ)で、くちびる、はぐきなどに割れ目がある状態で生まれた小林栄美香(えみか)さん(29)です。彼女が代表を務める口唇口蓋裂患者の支援団体「NPO法人笑みだち会」の交流会では、必ずマスクの話題になります。

「マスクをすると、当事者にとっては安心感があります。私もそうです」

小林さんは手術によって割れ目をふさいだため、ぱっと見ただけでは口唇口蓋裂であることはわかりません。「とはいえ、『ふつう』の顔とも少し違います」と小林さん。「鼻が曲がっている」「あごが出ている」「顔が変」と言われた経験もあり、他者の視線が、自分の口元に向かうと不安に感じます。

「特に人混みや初対面の人と会うときはドキドキするので、コロナ禍で堂々とマスクを付けていられたことはうれしかったです」

小林栄美香さん。右がマスク着用時の様子=右の写真は本人提供
小林栄美香さん。右がマスク着用時の様子=右の写真は本人提供

小林さんが指摘するように、外見に症状がある人たちの悩みの一つが「匿名性がない」ことです。

外見に重い症状がある人たちは、人混みの中でも目立ち、視線を向けられがち。集団の中でも、「その他大勢の一人」にはなれません。その点、本人も周りもマスクをしているコロナ禍では、ある種の「匿名性」を当事者にもたらし、それが安心感につながりました。

しかし、マスク着用が「個人の判断」となり、マスクを外す人が増える中で「自分だけ取り残されるのでは……」「外すことを求められたらどうしよう……」などと焦りにも似た感情を持つ当事者がいます。

特に10代、20代前半といった若い世代ほどマスクを外すことへの恐怖感があると、小林さんは感じています。

「外見への評価が気になる年頃なのかもしれません。たとえば、高校に入学して3年間マスク姿で過ごしたのに、今さら人に見られない気楽さを手放したくない。口唇口蓋裂に悩む自分に戻りたくないんだと思います。気持ちはわかります。私も高校生の時、マスク依存症になっていましたから」

一方で、小林さん自身は今後マスクを外していく考えです。

「口唇口蓋裂の人の多くは、構造的に口呼吸になりやすいんです。だから身体にとってはマスクがないほうが楽なんですよね」

小学校の学童保育の指導員をしていることも関係しています。

「運動するとき、子どもたちには『マスクを外してもいいよ』と声掛けをしています。それなのに指導員の私が外さないのも少し違うかなと思ったんです」

「マスク社会は楽だったけど、脱マスクによって元の生活に戻るというか、私にとっては振り出しに戻る感じですね。顔を出す抵抗感は自分で払拭していくしかないと考えています。私は口唇口蓋裂を発信している立場でもあるので、『見られても、構わない』と堂々していたきたいです。ただ、マスクは自分のお守りとして当面は、カバンの中に携帯してもいいかなとも思います。メンタル的にしんどいとき、すぐにつけられますので」

相手の反応は気にせず、「自分らしくいられればいい」と考えている
相手の反応は気にせず、「自分らしくいられればいい」と考えている

マスクを外すかどうか「自分の見た目へのとらえ方次第」

マスクによる「効用」を感じなかった当事者もいます。トリーチャー・コリンズ症候群という先天性の疾患で、ほおやあごの骨が十分に発達しないまま生まれた石田祐貴さん(30)です。

「僕の場合は口元よりも垂れ下がった目が特徴的なので、マスクをしたところで人から見られるという点は大きくは変わりませんでした。もちろん、ほかのトリーチャー・コリンズ症候群の方の中には、マスクのおかげで他人から見られることが少なくなったと言っている人はいます。個人差がありますし、症状によっても違うと思います」

石田さんは、これまでの人生の中で見知らぬ人に驚かれたり、指を差されたりした経験があります。中には、いかにも関わりたくないという態度をする人もいるそうです。

それでも、コロナ禍の前から、石田さんは自分の顔を隠すことなく生きてきました。

「トリーチャー・コリンズ症候群という疾患を知らない人の立場に立てば、普通の反応と受け止めています。だからこそ、僕は人混みの中を歩くことにも意義があると考えています。『世の中にはこんな人がいるんだ』と知ってもらえる機会になりますから」

石田祐貴さん。右がマスク着用時の様子=本人提供
石田祐貴さん。右がマスク着用時の様子=本人提供

今後、当事者がマスクを外すかどうかについては、「自身の見た目へのとらえ方、悩みの深さによっても変わってくるかなと思います。僕は見た目や人から視線を向けられることについても割り切っているので、マスクは抵抗感なく外せます」と言います。

一方で、コロナ禍によって、自分の顔を意識させられることが増えたと話します。

「オンライン会議だと、画面にアップで映った自分の顔を見ることがあるじゃないですか。嫌ではないんですが、『鼻が曲がっているな』『耳の形が左右が違うな』と細かいところに気がついてしまうんです。この前は、マスク姿の写真を見て『細かい部分がより強調されるな』とも感じました。だからといって、悩むわけではないのですが、コロナ禍の前はそういったことがなかったので、不思議ですね」

石田さんにとって、マスクは機能面でのマイナス要因も大きいそうです。

「マスクで声が通りにくくなりました。僕はもともと口唇口蓋裂もあって発音がこもり気味です。余計に声が聞きづらくなったみたいで、聞き返されることが増えました。聴覚障害もあるので、相手の発声も聞き取りづらくなりました」

「とはいえ、マスクをずっとつけていたい当事者の方もいるでしょう。その人自身の考え方なので、僕がどうこう言えるものではありませんが、結局は自身の見た目に対し、どうとらえ、価値観を持つかが大きいと思います。できるだけマイナスに考えないでほしいなとは思いますが、それも本人次第ですからね……」

石田さん
石田さん

マスクによって私は「モブ」でいられた。今後も手放せない

社会が脱マスクに進んでも、「マスクを外さない」ことを決めている当事者もいます。河除(かわよけ)静香さん(48)です。

「外せるものなら、私だって外したいんですけどね……」

河除さんは生まれつき動静脈奇形という疾患を抱え、これまで顔の血管の塊を切除する手術を40回以上、繰り返してきました。手術の影響もあって今では口元に膨らみがあり、鼻の凹凸がありません。

河除さんは、自身が子ども時代にいじめられた体験を一人芝居で演じたり、メディアの取材を受けたりと、積極的に自らの顔を出して「見た目問題」の啓発に努めています。

<見た目問題とは?>
顔の変形やマヒ、傷痕など外見に疾患がある人たちが、学校でいじめにあったり、就職差別を受けたりするなどの困難に直面する問題。東京のNPO法人「マイフェイス・マイスタイル」が名付けた。
河除静香さん。右がマスク着用時の様子=右の写真は本人提供
河除静香さん。右がマスク着用時の様子=右の写真は本人提供

一方で、コロナ禍の前から、日常ではどこに行くときも、職場でも、真夏でもマスク姿でした。取材にも「マスクをすると見られない安心感があります。でも、マスクを手にしたことで、外したら見られるんじゃないかという恐怖感が生まれました。その怖さは年々強くないっています。芝居のときはいいんですが、日常では人に顔は見せられません」と語っていました。

そんな河除さんにとっても、コロナ禍によるマスク社会は、安心をもたらしました。

「以前は夏でもマスクをしていたので、逆に目立つといえば目立っていました。症状を知らない人から『どうしてマスクしているの?』と聞かれて、『病気で……』などとはぐらかしていました。その点、コロナ禍によってみんながマスク姿になって、自分が風景に溶け込むことができている感覚がありました。その他大勢の『モブ』でいられることの安心感です。個人的な『黄金期』でした(笑)」

脱マスクになっても、河除さん自身はマスクを手放すつもりはありません。ただ、周りの人々がマスクを外すことは肯定的にとらえています。

「図書館司書として中学校で働いているのですが、今春の卒業式で、子どもたちがマスクを外したんです。そのとき『あー、みんな、こんな顔していたんだ』とうれしい気持ちになりました。自分は顔を見られるのが怖いけど、人の顔を見られて喜ぶ自分もいます。矛盾しているようですが、基本的には人々がマスクを外して、顔を出して生活できる社会に戻ることを歓迎しています」

ただ、懸念もあります。

「コロナ禍で、マスクをつけていない人を激しく批判する『マスク警察』が話題になっていましたが、今度は『脱マスク警察』が現れないといいなと思います。マスク着用という選択肢も尊重してほしいです」

「これからは夏にマスクをしていると『新型コロナに不安な人』と決めつけられるようになるかも、と感じています。コロナ禍前は、マスク姿の私を見た人は『何らかの事情があるんだろう』と推察してくれていた気がします。もちろん、新型コロナへの不安からマスクを外さない人もいると思いますが、私のようにそれ以外の事情でマスクを外さない選択をしている人がいることも想像して頂けるとありがたいです」

自身の体験に基づく一人芝居を演じる河除さん
自身の体験に基づく一人芝居を演じる河除さん

取材後記

私には、顔の右側に神経がなく、笑うと顔がゆがむ長男がいる。彼が13年前に生まれたことをきっかけに「当事者の方々がどんな人生を歩んできたのか。そこに、長男が生きる上でのヒントがあるのではないか」との思いで、インタビューを続けてきた。

コロナ禍による「マスク社会」となり、長男は「周りから『顔、どうしたの?』とか聞かれなくなって楽だわ」と語っていた。今春、中学に入学した長男は今後、脱マスクの流れに伴い、新しくできる友達に自分の顔を見せていくことになるだろう。本人は、それほど苦にしている様子はないが、他の当事者はどう考えているのかと思い、3人に話を伺った。

小林さん、河除さんの話からもわかるように、外見、特に顔に症状がある人たちにとって、コロナ禍によるマスク社会の到来は、症状を隠せるだけでなく、「周りと同じ見た目になれる」という意味で、心理的な安心感をもたらした。だが、河除さんが「個人的な黄金期」と呼ぶ、そのような状況は、脱マスクが進めば終わりとなる。

迷いなく「マスクを外します」と言える人はいるものの、「どうしよう……」と悩んでいる当事者も多い。マスクを外すかどうかは、石田さんが言うように「自分の見た目への悩みの深さ」が影響しており、本人の選択に委ねられる。

しかし、私たちが考えないといけないことは、「なぜ当事者はマスクを外すことに強い抵抗を感じ、葛藤せざるを得えないのか」だ。

子ども時代から特徴的な外見をネタにされ、街ではジロジロ見られる。そんな経験を繰り返すうちに、自己肯定感は下がり、人間関係でつまずいた時には「この見た目のせいで……」と本人も考えていく。そんな苦しみから解放してくれるからこそ、当事者にとってマスクは依存性が高いのだろう。

そもそも、私たちが差別的なまなざしを向けていなければ、当事者の見た目への悩みの深さも浅かったはずだ。そうであれば、マスクを外すことへの葛藤も和らいでいただろう。そのことを忘れてはならないと思う。

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