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「文字数多すぎ!」なのに大好評 三省堂「辞書スタンプ」絶賛の理由
言葉の定義を押しつけない心地よさ
その時々の感情を、直感的に表現できるLINEスタンプ。イラストや写真が主体であるケースが少なくありません。ところが最近、国語辞書の解説文をそのまま載せたものが、ツイッター上で好評を博しました。意表を突く、文字だらけのデザインなのに、「使いやすい」「良すぎる」と絶賛されたのはどうして? 制作元の出版社に、受け止めを聞きました。(withnews編集部・神戸郁人)
添付画像は、LINEのタイムライン上に浮かんだ、LINEスタンプのスクリーンショットです。「三省堂国語辞典」と表示されたアイコンの下側にあるのは、白い吹き出し。その中身を見ると、「了解」の辞書的な解説文が書かれています。
LINEスタンプはメッセージを絵文字的に伝える意匠です。一目見て意味内容が把握できる、シンプルな絵や写真であることが一般的と言えます。一方でツイートのスクショに写っているものは、文字数・情報量とも多く、好対照な外観です。
しかし意外にも、コメント欄には「使いやすすぎて秒で買った」「自分で購入し、息子にもプレゼントした」といった感想が殺到。[豆知識]欄の「了解」の俗用に関する一文に触れ、その内容を肯定的に受け止める人もいました。
ツイート主の萌える国語辞典。さんは、国語辞書や関連グッズを購入しているそうです。スタンプについて「辞書がしゃべっているような面白くて可愛い見た目と、言葉を辞書が補足してくれている感じが受け入れられたのでは」と話します。
やばい。このスタンプ控えめにいって良すぎ。 pic.twitter.com/l0GrrntFGQ
— 萌える国語辞典。 (@moe_koku) February 5, 2023
ツイートに5万近い「いいね」がつくほど支持を集めた、今回のLINEスタンプ。一体、どのような経緯で生まれたのでしょうか? 制作・販売元企業で、辞書出版大手三省堂(東京都千代田区)の担当者を取材しました。
同社は従来、様々な国語辞書を世に送り出してきました。ネットスラングを含む現代語を数多く収録した「三省堂国語辞典(三国)」と、味のある語釈(語句の解説)が評判の「新明解国語辞典(新明解)」は、特に安定的な人気を誇ります。
両辞書の源流となったのが、「簡明適切」を合言葉として、1943年に刊行された「明解国語辞典」です。それまで文語体だった語釈を口語体に改め、外来語を積極的に採り入れるなど、より使いやすい国語辞書を目指して作られました。
今年(2023年)、同辞書の誕生から80周年を迎えるのに合わせて、三省堂は記念企画を実施。その一環として制作されたのが、三国と新明解(共に第八版)から20語ずつ・計40語を厳選した、今回のLINEスタンプだったのです。
担当者によると、重視したのが「堅い印象を持たれがちな辞書の面白さを、SNSユーザーに伝える」ことです。たとえば三国掲載の「それな」といった若者言葉や、「わちゃわちゃ」などの言い回しを採用している点は、象徴的と言えます。
「あいさつしたり、相づちを打ったりするときに使えるよう、実用性を考えて言葉を選びました。細かい語釈の部分は読まない方もいるだろうと考え、見出し語だけでコミュニケーションが成り立つ構成としています」
もちろん、新明解の魅力も満載です。その辛辣(しんらつ)な語釈が、過去にネット上をざわつかせた「凡人」も、しっかりスタンプ入りを果たしています。なお解説の内容は、こんな具合です。
更に「糞(くそ)」など、挑戦的な語彙(ごい)も載っています。一見品がないようにも思えますが、実際にはSNS上や友人などとの会話で、多く使用される言葉です。担当者は、あくまで「ユーザー目線」を大切にした結果だと語ります。
「糞も活字にすることでニュアンスが変わります。当たり前に知っている意味を、改めて辞書の形で突きつけられるところに『私ではなく辞書が言っているんだ』という、ある種の責任逃れのような面白さも感じて頂けるのではないでしょうか」
ところで冒頭のツイートでは、「了解」の[豆知識]欄の記述に注目が集まりました。担当者によると、三国の語釈の一要素です。2021年12月発売の第八版から設けられました。言葉にまつわる疑問解決の糸口にしてもらう趣旨だといいます。
「SNSなどでは、言葉の正用・誤用をめぐってのやりとりが加熱しがちです。根拠のあやふやなところでの争いになっている場合もあるようです。そもそも言葉(の意味や使い方)には、使う人や場面、状況によって変化する面があります」
「辞書は言葉の定義を押しつけるものではありません。言葉についての実例をたどり、解決の糸口を探す書籍としての面を持ち合わせています。[豆知識]欄も、言葉に関して確認するきっかけを提供したい、との意図で掲載しています」
LINEスタンプはツイッター上で、辞書ファン以外の層にも広く訴求しました。発端となった投稿の主・萌える国語辞典。さんも「辞書好きとして、辞書がこんなにたくさんの人に好意的に受け入れられている感覚は持ったことがない」と驚きます。
こうした状況をめぐり、三省堂の担当者は「正直、ここまでの反響をいただけるとは想定していなかった」。その上で「スタンプを使ったユニークなやり取りがSNS上で披露されることになれば、更にうれしいです」と語りました。
ちなみに三省堂では、明解国語辞典刊行80周年記念企画として、三国・新明解購入者に抽選でプレゼントを進呈するキャンペーンを実施しています。前述のツイートの拡散後、「話題の辞書を一目見てみたい」と応募する人もいたそうです。
思考の礎を支える、辞書。今回の一件は、紙の本とSNSとを越境し、その価値を再確認するための機会を提供する、興味深い事例と言えるかもしれません。
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