連載
#21 凸凹夫婦のハッタツ日記
「自分を抑えて空気を読んでいた」 発達障害の僕に友達ができた理由
運命を変えてくれたのはASDのパートナーでした。
お互いの凸凹を補いながら生活している注意欠如・多動症(ADHD)の西出光(ひかる)さん(26)と自閉スペクトラム症(ASD)の弥加(さやか)さん(33)夫妻。中学生になって人間関係が変わったという夫・光さんの、友達との関係についてつづります。(聞き手:西出弥加)
もしあなたが、友達から「自分は発達障害なんだ」と言われたらどう思うでしょうか。社会全体で見たら発達障害に対する認知は広まったのかもしれないのですが、僕としては、まだまだ偏見や差別は存在すると思っています。
発達障害の僕の子ども時代は、振り返ると寂しいものだったかもしれません。
僕はADHDで、毎日自分の性質との戦いの連続でした。異常な頻度の不注意や忘れ物で、関わった周りの人から距離をおかれたことがあります。僕が小学生の頃、「あの子は多動だから仲良くしちゃダメ」と同級生の親御さんたちが話しているのを耳にしたこともあります。
しかし、僕も同級生たちも「タドウ…?」とよく分からない感じで、とりあえず仲良く遊んでいたと思います。ときにけんかしたりもしますが、笑い合える“普通”の関係だったと感じています。
ところが、中学に上がると空気を読み合って発言をする場が急に増え、話すことが難しく感じてきました。特に5人くらい集まっている場での会話はすごく苦手で、何も言えませんでした。
昔と同じようなことを言っても周りはヒソヒソと笑うだけで、それがなんとも言えない微妙な感じでした。しかし笑われる原因が分からないので、僕は「自分の意見を言わずに同調する」という方法をとることにしました。聞き役に徹するのです。そうすれば孤立することはないものの、ただ純粋に友達と呼べる人も減ってしまいました。
友達が減ったとしても、自分の意見を言えば笑われてしまうのでこうするしかなかったのです。浮かないようにしたら、今度は沈んでしまいました。
楽しいと思えない学生生活を過ごしてしまった僕なので、地元からかなり離れた大学に進学しました。大学に進学してからはひとりにならずに済みました。それは、ある講義での出来事のおかげでした。
ある英語の授業で少人数クラスに分けられたのですが、そこで僕は教室を間違えて出席していました。
初回の講義で自己紹介をしたのですが、僕は「サッカーのロナウドが好きです。ブラジルの方です。怪物くん(ロナウド選手のあだ名)です」とチグハグなカタカナ英語で話しました。
ほとんどの人は趣味とか、出身地とか高校の部活とかを話しているのに突然サッカー選手のあだ名について語り出したのでかなり浮いていたみたいです。
話したいことをそのまま話してしまうのも、ADHDの僕のクセです。ちなみにサッカーはそこまで詳しくありません。
しかし、それが逆に面白かったのか、講義が終わった後、ある男の子と仲良くなり、一緒に行動するようになりました。僕が教室を間違えていなければ多分出会ってなかったと思います。
ちなみにその次から正しい配属クラスの教室で講義を受けたのですが、そちらではずっとひとりでした。何か話しかけられても聞き役に徹することでなんとか乗り越えてきました。
学生時代はこんな感じでしたが、最も困ったのは、社会人になってからです。複数人と会話することを極端に避けてきたので、仕事でそうした場面に遭遇したときに全く動けませんでした。
学生時代は大きな問題にならなかった「聞き役になる対策」ですが、社会人になるとそうはいきません。意見を言う場面が増え、環境に適応しようとしてもつぶれてしまいました。
そしてそのせいで仕事が全く続きませんでした。このとき友達と呼べる人もひとりもいないので孤独な日々を過ごしました。
そんな僕ですが、発達障害を持つ人と結婚しました。奥さんのサヤカさんはASDで、やはり複数人での会話などが苦手でした。この人との出会いが、僕の運命を変えました。
サヤカさんから学んだことは「無理に空気を読まないこと」でした。
素を出してなんでも話してくれるので話を聞いていたのですが、僕は「同じ悩みを持つ人は僕だけではない」とうれしくなりました。
サヤカさんは友達が少ないと話していましたが、関わったらその密度は濃いと思います。サヤカさんの友達は皆とても長い年数、仲がいいです。そしてどこか信頼のようなものを感じました。
みんなが互いに無理をしておらず、ストレスのない関係なので長く続いているのだと思います。
相手に合わせて空気を読み、勝手に自滅していた僕とは大違いだったので、うらやましく思いました。
そんなある日、僕の元に1本の電話がかかってきました。地元の親友でした。学生時代に何度も言い争いをした相手ですが、地元では唯一自分を出せた人で、僕が空気を読まない相手だと気づきました。大学時代に一緒に行動していた男の子も、僕が素を出せていた相手です。
気づいたことは、素を出していいということです。今は不器用でいいから、互いに無理しないでいられる相手といようと思えています。そう思った瞬間、自分を抑えて空気を読んでいたときのような生きづらさは消えていました。
そうしたら、友達と呼べる人が少しずつ増えてきたようにも感じます。
西出 光(にしで・ひかる)
1995年生まれ。発達障害の一つ「注意欠如・多動症(ADHD)」の不注意優勢型と診断される。2019年に「自閉スペクトラム症(ASD)」のグラフィックデザイナー・弥加(さやか)と結婚。当初は家事が極端にできず、仕事も立て続けに辞めていたが、妻の協力の末、現在はホームヘルパーとして勤務。当事者の視点から、結婚生活においての苦悩や工夫、成功について伝えていきたい。
Twitter:https://twitter.com/Thera_kun
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