連載
#128 #父親のモヤモヤ
育児で「時短」の男性記者、4時退社で感じた「男は仕事」の〝呪縛〟
午後4時、私はできるだけ静かに、オフィスの卓上をかたづけ始めます。周りでは、同僚の記者たちが忙しそうに電話をかけたり、原稿を書いたりしています。
こんな時間に帰るのか――。自分の内なる声が聞こえ、同僚へのえも言えない後ろめたさが頭をもたげます。
それでも5時までに、息子を保育園へ迎えにいかなければなりません。ぐっと足に力を入れ、「お先」と小声で発し、そそくさと会社を出ます。
歩きながら頭に浮かべるのは、冷蔵庫の中身と夕食の献立。家事育児の人格へと、なかば強引にスイッチを切り替えます。
私は大阪本社の社会部で記者をしています。長男が一昨年末に生まれ、昨年4~8月に育児休業をとりました。新聞記者として、当たり前のように仕事中心で生きてきたので、5カ月も職場を離れることにはためらいがありました。周りに長期の育休を取った男性も見当たりません。
それでも、もともと保育士だった妻(38)が小学校教諭をめざし、教育実習を抱えていたことが決め手になりました。
育休を始めたころは、平日の昼間に男性が子連れで公園や商店街を歩いていることへの、周りの目が気になりました。予防接種や図書館の催しに行っても、周りは母親ばかり。係の人が「お母さん方」と呼びかけた後、私を見て「お父さんも」と付け加えることもあって、どうにも居心地の悪さを感じました。
「ワンオペ育児」に苦しんだ時期もあり、1人で育児を担うしんどさを思い知りました。その分、昨年9月にフルタイムで復職した後は出勤時間を早め、息子の夕食、風呂、寝かしつけが続く午後6時台の繁忙期には帰宅するよう努めました。
私の復職後、家事育児をメインで担っていた妻は、今年4月から公立小学校で教員として働き始めることになりました。「多忙」が社会問題になっている学校教員です。家事育児の主力は、勤続十数年で仕事の勝手もわかっている私が交代することに決め、1年間の時短勤務を会社に申請しました。
保育園の送り迎えと通勤時間を考え、勤務は午前10時~午後4時としました。長時間勤務がざらな記者職、とりわけ男性記者としては異例。同僚に言うたび、驚かれました。
春、まず驚いたのは「慣らし保育」の存在です。恥ずかしながら、知りませんでした。
息子の保育園では、最初の7日間は半日ほどしか預かってもらえません。妻も新任校で働き始めるタイミングなので、私が半日休をとりました。時短生活の出ばなをくじかれた気分でした。
しかし、実際に保育園に通わせ始め、思い直しました。毎朝離れる時、息子が号泣するのです。「ああ、この子も新生活なんや」。慣らし保育の大切さを実感しました。
時短が始まると夕方以降に取材を入れられなくなり、出張も簡単には行けません。自然と仕事の選択肢が狭まりました。同僚たちがこなしている夜勤にも入れなくなり、申し訳なさが募ります。
さらに、息子が2週間に1度は熱を出し、入院もしました。保育園で新型コロナ感染が多発し、1週間、臨時休園になったこともありました。
そのたびに保育園へ行けず、近くに親族もいないため、妻と交代で仕事を休みます。短い勤務時間で何とか処理しようとしていた業務が、イレギュラーなかたちで滞っていきます。
こんな仕事量で、自分の評価はどうなるのか。同期や後輩の活躍がまぶしく、不安が募ります。
悩むなかで温かく感じたのは、子育て経験のある先輩や育休明けの後輩ら、同僚女性の言葉でした。
「1歳のころって、目が離せなくて大変でしょ」
「うちも週1回は晩ご飯、冷凍ギョーザにしてますよ」
「この締め切りは無理しないで、お子さん優先で」
仕事も家事育児もうまくいかないとき、「私もそうだよ」と言い合えるだけで救われます。そして、子育てをする女性の働き手の多くが経験してきた苦労なのだと、気付かされます。
もちろん、男性の同僚たちの気遣いも大いに感じます。ただ、周りに時短をとっている男性は見当たらず、家事や育児の悩みを忌憚なく話すことはできません。
育休中は、家事育児だけが目の前にありました。それが逃げ場のない閉塞感にもつながっていました。
一方、時短勤務には別種のしんどさを感じます。「仕事の人格」と「家事育児の人格」がうまく切り替えられない苦しみです。
保育園へ急ぎながらスマホでオンライン会議に参加したり、夕飯の支度中に仕事の電話に応対したり。進まない原稿の締め切り圧力は、家事育児の間も心をさいなみます。
逆に仕事をしていても、息子が病み上がりの日は、保育園で熱を出して電話がかかってこないか、不安で落ち着きません。
しっかり分離しておきたい「仕事」と「家事育児」の領域が侵食し合うとき、心にぐっと負荷がかかります。
そのイライラは、妻にも向かいます。
妻は午後6時半までに帰るよう努めてくれていますが、帰宅が遅れた夜は、「こっちの方が大変やのに」と腹が立ちます。妻も夜遅くまで持ち帰りの仕事をし、週末には家事のしだめをして、疲弊していることは十分わかっています。それでも、夜泣きで寝不足の頭にわき上がるイライラが、抑えられません。
それは妻が以前感じていた「仕事優先で生きる夫=私に抱くイライラ」とも重なるはずです。ただ、それ以上に、私の頭に「男は仕事」という価値観が残っていて、仕事に集中できない不満がイライラを増幅させるのでしょう。
時短のしんどさばかりを連ねてきましたが、もちろん、子どもと毎日ふれあえる時間は、何物にも代えがたい喜びです。
保育園に預ける際に、泣かなくなったこと。
帰り道の公園で、すべり台を上手にすべれるようになったこと。
保育士さんから「給食の野菜残さなかったんですよ!」と喜んでもらえたこと。
行きつけの商店街の店主に「バイバイ」ができたこと。
仕事の時間を家庭の時間に割り振ったからこそ、子どもの小さな成長を見つけることができています。それは母親にも父親にも、ともに必要な時間でしょう。日々の暮らしを大切にする視点は、きっと仕事にも生きてくるはずだと、信じたいところです。
厚生労働省の雇用均等基本調査(2019年度)によると、育児のための短時間勤務制度がある事業所のうち、女性の利用者がいた事業所は17%なのに対し、男性の利用者がいた事業所は1%にとどまります。
育児休業の取得率(20年度)も女性82%、男性13%と大きく偏っていますが、時短勤務でも構図は同じです。
時短勤務がはらむ問題について、育休後コンサルタントとして、復職した社員のキャリア形成を支援する山口理栄さんに話を聞きました。
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育児のための時短勤務は便利な制度ですが、使う人が損をしたと感じているケースがあります。時短というだけで、評価を下げられた、経験や能力に合った役割を任せてもらえない、という相談をよく受けるのです。働く時間は少し減るだけなのに、給料がそれに見合わないと感じられるほど減ったり、職場での評価が下がってしまったり。同僚より早く帰る申し訳なさも、ぬぐい去ることはなかなかできません。
しかし、共働き子育て夫婦の多くは、こういったマイナス面を知らずに、女性の側が当たり前のように時短を選択しています。女性自身、「夫と育児家事の分担を話し合ってケンカになるくらいなら、自分がとった方が楽だ」と考えてしまいがちです。ただそれでは、「男が仕事、女は家庭」という旧態依然とした性別役割分業の再現になってしまい、一度定着すると変えるのが難しくなります。
そこで、育休中の夫婦には、復職後の育児家事の分担について、よく話し合うように勧めています。例えば、保育園への送りを夫が担うだけで、妻が早く仕事を始めてフルタイムで働けるケースもあります。妻が時短を選択した男性には「なぜあなたではなく、パートナーが時短をとるのか、考えたことがありますか」と問いかけています。
そもそも時短が使いづらい背景には、長時間労働の常態化があります。「いつでも残業できる」など、とにかく長い時間働くことに評価を与える考え方は根強い。だから、短時間しか働けない人が申し訳なさを感じたり、不当に評価を下げられたりするのです。
長時間労働や性別役割分業といった社会の抱える問題のしわよせは、育児をしながら働いている人のところに噴出しています。育休や時短の悩みは、社会全体で解決すべき問題にもつながっているのではないでしょうか。
※この記事は、朝日新聞「withnews」とYahoo!ニュースとの共同連携企画です。
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