連載
#129 #父親のモヤモヤ
男性部下の育休申請に「あっちで話そうか…」〝神〟上司の対応に称賛
一連のエピソードは、30代で個人事業主の妻が、アカウント名「かなか」(@KanakaTsubaki)でツイッターを使って発信。「いいね」は30万件を超えました。上司の対応は「神か」「泣きそうになった」と絶賛されました。
仕事と家庭の両立に葛藤する男性を描く「#父親のモヤモヤ」取材班では、夫妻や上司に取材。事例を通じて見えてきたのは、育休を取りやすい職場、働きやすい環境でした。
息子が生まれる時、夫が育休を2週間取りたいと伝えたら上司から別室に呼び出された。当時転職したばかりで入社から1年1ヶ月で育休を取ることになる。恐る恐る会議室に入ると眉間に皺を寄せた上司が待っていてひと言「そんなに少なくていいの?たかが2週間の育休で君は何をするつもりなの?」と。
— かなか*2y (@KanakaTsubaki) May 18, 2022
男性は、妻の妊娠5カ月を過ぎた頃、育休取得の意向を告げました。長男(2)の生まれる数カ月前のことです。
夫妻にとって男性の育休取得は自然なことでした。妻は「2人で子育てのスタートダッシュを切りたかった」。夫の男性も「父親として、しっかり子育てに携わりたかった」と話しました。
2週間としたのは、収入減を気にかけたからです。育休中は国から給付金が支給されますが、それでも手取りは減ります。
男性は、育休明けも積極的に関わることを公言していました。いざとなれば、妻の実家の助けも得られそうでした。家計のやりくりも考えた上で、必要最小限の期間を2週間と見定めました。
懸念は、転職後1年ほどしか経っていないことでした。
男性は、接客業から物流業の会社に転職しています。当時はまだ20代。おまけに転職後も部署異動がありました。年齢も社歴も職場歴も浅い状況に、多少の気後れがありました。
社内には育休取得を呼びかける掲示物が貼られていました。それでも「当時、周囲には赤ちゃんのいる男性社員がおらず、職場が本当に受け入れてくれるのか『こわさ』がありました」と男性は言います。
そうした状況の中、男性の上司に2週間の育休を申し出ると、「あっちで話そうか」と別部屋に案内されました。
「本当に2週間でいいの?」「遠慮しているんじゃないのか?」
男性の上司は意外にも、そうかえしてきました。
聞けば、男性にも子どもがいて、過去に半年間の育休を取ったそう。自身の子育てを振り返りながら、男性の育休取得が2週間でよいのか、何度も念押ししてきたそうです。
「ありがたい話ですが、妻とも相談してきておりまして…」。そう応じる男性に、上司は言いました。「奥さんと、もう一度相談したら?」
夫妻は2週間の結論を変えませんでした。家計のやりくりを考えた上での判断とあらためて伝えました。
男性は当時の男性上司の言葉について「家庭も大切にしてよいのだと、安心感を得ました」と振り返ります。妻も「夫を通じて、妻である私も、家庭も気に掛けてくれる。従業員を単なる歯車ではなくて、大事にしている会社なんだと受け止めました」と話します。
男性上司に取材を申し込むと、今回育休を取得した男性を通じて回答がありました。
具体的な時期や理由は明らかにされませんでしたが、過去に半年間の育休を取得した時、子育てについて「非常に大変で、母親1人では到底不可能」だと感じたそうです。
男性の「2週間」という申し出に対し、「育児のサポートとしては不十分で、また大変さを理解しきれないだろう」と思ったそう。そこで2週間でよいのかと念押ししたとのことです。
この男性上司は言います。「誰が抜けても良いように十分な人数の人材を確保。その上で、育児などの長期を含め、休みを取りやすい雰囲気作りを普段から意識しています」
上司の存在はもちろん、職場の働き方も、育休取得にプラスに働きました。
男性の職場では、物流トラブルがあれば深夜でも対応します。
緊急時のカバー態勢を確保するため、担当は決めつつも業務メールは常に関係者で共有。仕事が個人で「属人化」しないような仕組みを、意図的に取り入れていたそうです。
そうした試みは男性の育休取得時にも生かされ、仕事の引き継ぎがスムーズに進みました。
無事に子どもが生まれたと報告した時のことです。
別の上司は「安産とは幸い死ぬような状況ではないというだけ。奥さんをねぎらってください」と告げ、このようなことを言いました。「今後の連絡は不要ですよ」。トラブルがあれば休日の連絡も珍しくない会社。それが、育休期間中はぴたりとやみました。この上司は、男性の担当分をあらかじめ別の担当に割り振っていたそうです。
「育休は2週間でしたが、『妻1人では立ち行かない、倒れてしまう』ことは実感しました」と男性は話します。命を預かることの重み、子育てのままならなさ――。2週間で多くのことを感じました。
育休が明けた後も、主体的に家庭に関わっています。週の半分程度は在宅勤務で、そうした時は夕食作りから関わります。妻は、「夫は子どもが生まれてから、自分自身のことは差し置いて家庭を最優先にしてくれています」と話します。
10年前に1%台だった男性の育休取得率は、2020年度に10%を超えました。取得が進みつつありますが、8割程度の女性と比べると大きな差があります。夫妻は「私たちの体験が伝わることで、よりよい環境づくりにつながれば」と話します。
夫妻のエピソードからは、育休取得の「壁」がうまく取り払われていった様子がうかがえます。
厚生労働省が、三菱UFJリサーチ&コンサルティングに委託した調査では、育休を希望しながら取得しなかった男性の理由(複数回答)、すなわち育休取得の「壁」が明らかにされています。トップは「業務が繁忙で職場の人手が不足していた」で、「職場が育児休業を取得しづらい雰囲気だった」が続きます。「壁」は、「人手不足」や「職場の雰囲気」です。
男性の職場では、上司からの働きかけや、「属人化」を防ぐ働き方が、スムーズな取得に結びついたと言えそうです。
今年4月には、改正育児・介護休業法が施行され、企業に対し、社員に育休を取る意思があるかを確認するよう義務づけられました。夫妻のケースのような上司の対応を制度化する試みです。
先進事例を作っていくことで、ポジティブな連鎖も期待されます。
「『家族の幸せ』の経済学」(光文社新書)で紹介されたノルウェーの研究では、育休を取った同僚や兄弟がいる男性は、いない場合と比べて10ポイント以上増えています。さらに、会社の上司が育休を取った時に部下に与える影響は、同僚同士よりも2.5倍も強いそうです。
著者で東京大学教授の山口慎太郎さんは「勇気あるお父さんの行動は周囲に影響を及ぼす」と言います。
育休を取得しやすい職場づくりは、中小企業でも可能です。
従業員約150人の建築金具メーカー「サカタ製作所」(新潟県)では、2018年度から「男性育休100%」を続けています。
上司の働きかけや脱「属人化」はもちろんですが、前段階として「業務の棚卸し」も行いました。部署間で重なっていたり、不要になったりした業務を洗い出し、仕事量を減らすことから始めたのです。大企業に比べ、より「人手不足」が指摘されがちな中小企業だからこそ、必要な業務の見極めが鍵を握ります。
今年10月には、子どもの生後8週間以内に最大4週間まで父親が育休を取れる「男性産休」の仕組みもスタートします。母体にダメージの残る出産直後に父親が関わりやすくするねらいで、出産時と退院後を想定し2回に分けて取得できるようになります。
子育てしやすい職場は、結婚や介護、療養など、それぞれの事情にあわせて働きやすい職場でもあると思います。
今後いっそう取り組みが前進することを期待しています。
※この記事は、朝日新聞「withnews」とYahoo!ニュースとの共同連携企画です。
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