連載
#14 凸凹夫婦のハッタツ日記
LINEの未読を300件ためてしまう ADHDの夫から連絡が来るまで
お互いの凸凹を補いながら生活している自閉スペクトラム症(ASD)の西出弥加(さやか)さん(33)と注意欠如・多動症(ADHD)の光(ひかる)さん(26)夫妻。コミュニケーションに大切な「報告・連絡・相談(ホウレンソウ)」も、2人で連携しながらハードルを越えてきました。妻・弥加さんの視点でつづります。(文・イラスト:西出弥加)
ヒカルくんは人の心を読み取ることがとても上手な人です。
私は普段、人の言動を常に気にしていて極端に疲れやすいのですが、ヒカルくんといたときは不思議なほど疲れませんでした。
コミュニケーションを取るのがうまいのはなぜなのか聞いてみたところ、「その人がどこで何をしていて、どんなことを考えているのか大体分かるし、当たる。どう言葉をかけたらうれしいのかも分かる」とのことでした。
周囲の人も一緒にいて疲れないらしく「ヒカルくんは、なんでも分かってくれる人だ」と話していました。
待ち合わせして会うとき、必ずと言っていいほど私は遅刻をしてしまうのですが、ヒカルくんが怒ったことは一度もありません。そのときも「どこで何してるのか大体わかるし、何時ごろ来るのかも分かるから全く気にしてない」とのことでした。
「超能力レベルでわかるんだね」と話していましたが、その後、この性質がアダとなる出来事が頻発してしまいます……。
ヒカルくんは人の心情に関して、かなり勘が良く、目の前で人が悲しんでいるときにどう声をかけて良いのかが分かっています。その人に合わせて寄り添うこともできます。
つまり精神的なことはすごくよくわかっているのに……物理的なことには、かなり鈍感でした。
例えば、返信をどのくらいの速度ですれば相手が不安にならないのかなど、速度や頻度という物理的な部分です。
相手に返信をせず怒らせる度に「僕には人の気持ちが分からないのだろうか」と悲しんでいましたが、人の気持ちがわからないのではなく、どのように行動したら人が悲しまないのかが分からないように見えました。
私からみると、分かるところと分からないところが極端すぎる感じがしていました。
精神的なことに関しては超能力レベルで分かることが多く、物理的なことに関しては全くわからないような感じがしました。
ヒカルくんは人から連絡が来なくても気にしないし、相手が遅刻してもストレスがたまらないのです。そしてずっと連絡がなくてもイライラしないとのこと。その感覚が度を超えていて、逆に相手にもずっと返事をしません。自分も人に報告・連絡・相談をしなくても大丈夫だろうという感覚でした。
連絡が来なくてもストレスがない性質ゆえ、緊急連絡の電話を取らず、1週間以上も後に返事することが多々あったそうです。
そこにADHDの特性「先延ばし癖」「忘れ」「抜け」が大きく影響し、とんでもなく音信不通な状態が続くことになっていました。
LINEの未読が300件たまっている状態は日常茶飯事でした。これは単純に放っておいているわけではなく、既読をつけてしまったら未読マークが消えてしまうので、もう気づかなくなり、見ることができないからという理由でした。
しかし見るために未読マークをつけて保留しているのに、その未読件数が膨らんで、もうトップにあがっているトークのみしか目につかないという事態に。
家族も友人も連絡を待ちわびているのに、全く来ないので「無視されている」と感じてしまい、「ヒカルくんに嫌われているようだ」と私に連絡がくることもありました。
ヒカルくんの対応は、大半の人が、好きではない相手にする対応になっているのです。嫌いというわけではない、だけど行動にうつせないという状況で、誤解されていました。
私と一緒に暮らしてからも連絡が全く来ないことが多く、夜帰ってこないときには不安でした。楽しく遊んでいるなら良いですが、事件に巻き込まれていないか心配で、夜な夜なモヤモヤとしていました。
そして私の場合のASD気質の特徴は、心配性で不安が強いことでした。心配性なので、少し多いかなというくらい連絡を取ることがあります。そして相手から催促されることも大きなストレスにつながるので、事前に全てを伝えておくことが多かったです。
私が不安症なため、相手に対してもそうしているように、ヒカルくんにそれを求めてしまっていました。
極度に返信がないヒカルくんと、極度に心配な自分とで、大きな溝が生まれていました。
私は当時、一度引っかかることがあると極端に心配になり何も手につかない日があったのですが、ヒカルくんの音信不通も不安の種でした。
そして周囲も困って私に連絡が来てしまい、それがあまりに多いので憤りを感じ、ヒカルくんに伝えました。しかし「こういうことがあり、怒っている」と心情だけ伝えても意味がないと感じました。
それはなぜかというと、ヒカルくんは人の心情に関しては良くわかっているからです。人が悲しんでいる状態はわかっていても、悲しまないようにする返信速度と回数のバランスがわからないだけでした。
人が困っている顔をしていたらすぐに気がつきますし、そういうことはよく察知しています。やる気がないわけではないし、他者を想っていないわけではないのに……と、ずっと感じていました。むしろヒカルくんはものすごく強い気持ちで他者を想っています。
そこで「私が悲しくなるからやめてほしい」というような言い方ではなく、「君が返信を返せる方法を一緒に考えたい」と伝えました。
最終課題は返信を今よりも速く頻繁にしてもらうことであって、私の気持ちを理解してもらうことではありません。私の気持ちはもう分かってくれています。分かっていないのであれば伝えたと思いますが、精神的なことは充分に分かっていて、その上でできないことがあるので、私たちは物理的なルールを決めてみました。
以前、「一晩帰ってこないときは一言くらい連絡がほしい」とヒカルくんにお願いをしてみました。
すると、「僕はサヤカさんがどこで何をしているか大体わかるので、僕も連絡はしなくて良いと思っていた、ごめん!」と返ってきました。
すぐに謝ってくれますし悪気はないのですが、何度言ってもあまり変わらなかったので、数字でルールを決めることにしました。
まず、「3時間以内に返事をして」と数字で伝えました。それに続き、大体のルールを決めました。
・一晩帰らないときは、どこにいるのかだけ1通LINEをする(生存確認)
・仕事の報告に関しては最低2日に1回、1件LINEをする(抜けや漏れをなくすため)
・友人や仕事関係の人から急ぎの返事を求められる連絡が来たら24時間以内に返事をする
一旦少しルールを決めたら、以前よりもずっと連絡が来るようになりました。
ヒカルくんは返信時間のバランスや平均値が分からなかったようです。連絡がきたら即座に返さないといけないと思っていて、即座に返せない場合は罪悪感からか、逆にずっと返さなくなってしまうという状態でした。あとは単純にADHDの不注意の特徴により見忘れている状態になっていました。
数字で表記したり「このくらいの返信時間なら人は不安にならない」という大体のラインを決めてからは、次第に感覚がつかめてきたようです。
私はこのような束縛とも思える伝え方があまり好きではなく、言われた相手は窮屈になるだろうと思っていたのですがヒカルくんの場合は助かったそうです。
確かに私も曖昧な言葉より数値で表現してくれた方が心地いいことがあるので、ヒカルくんにも応用しようと思い、この方法に至りました。
結婚してから3年、分かったことは「今週中に」というのも難しいということです。猶予が7日もあったら忘れるからです。なので、私は30分以内、3時間以内、と短い期間を締め切りにして伝えています。
伝えても携帯を見てくれなかった3年前と比べて、本人が率先して変わってくれたことは、携帯を見るという動作です。
ヒカルくんはずっと変わろうと努力をしてくれました。互いに寄り添えた結果、穏やかな今があると感じています。
西出弥加(にしで・さやか)
1988年生まれ。「自閉スペクトラム症(ASD)」の当事者。2019年に「注意欠如・多動症(ADHD)」不注意優勢型の光と結婚。会社組織に所属するのは苦手で、フリーランスのグラフィックデザイナー・画家として文具などを作成している。描く絵は動物が多い。寝る時間が定まらないのが悩み。
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