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ネットの話題

ゼレンスキー演説が共感呼ぶ理由 スマホから届く「物語」との距離感

シェイクスピア引用、日本では震災復興

編集者・たらればさんとwithnews編集部で、SNS時代の「物語」の距離感を考えました
編集者・たらればさんとwithnews編集部で、SNS時代の「物語」の距離感を考えました

目次

ウクライナのゼレンスキー大統領は、オンラインでの演説やSNSを駆使した発信によって評価が高まっています。イギリスではシェイクスピアを引用し、日本では震災からの復興を盛り込みました。それらに共通するのが「物語」の存在です。スマホという身近な距離で語られる「物語」に対して、どう受け止めればいいのか。ツイッター上でウェブの状況について積極的に発信し、古典への造詣も深い編集者のたらればさんとともに考えました。

「カッコいい年のとり方」を考えたら、見えにくいモノが見えてきた(PR)

<Twitter Spacesの開催>情報がSNSなどで瞬時に伝わる今。ウクライナのゼレンスキー大統領がシェイクスピアを引用した演説なども話題になり、編集者・たらればさん(@tarareba722)もツイッターで発信しています。
文化や古典に親しむとニュースの捉え方は変わってくるのでしょうか? 「SNS時代のニュース」を古典・文化の側面から考えるスペースを3月24日夜に開催しました。スペースをもとに記事を再構成しています。

たらればさん:情報サイトの編集者。だいたいニコニコしている。ウクライナ情報では、ゼレンスキー大統領の演説や、ニュース番組などを独自の視点で解説してSNSでツイートしている

情報の流通が大きく変わった

withnews・水野:きょうは幅広くSNS時代のニュースとの向き合い方を考えたく、たらればさんをお招きしました。

たらればさん(以下たられば)こんばんは、よろしくお願いします。今はニュースを巡る環境が明らかに変わりましたよね。私は普段、情報サイトの編集長をしているので、その面からもお話ししたいと思います。

ネットが広がる前はテレビや新聞・雑誌が「マス情報」を独占していましたが、今は情報の流通構造も受け取られ方も、大きく変わりました。まずなにより世の中の7~8割の人がスマホを持っていて、そこから情報を得て、SNSやブログを通じて誰でも思っていることを発信できるようになりました。
出典: Getty Images
たられば:そうした情報環境のなかで、新型コロナという疫病が広がり、震度6強の地震が襲ったり、戦争が起きたりしている。こういう状況で「正しい(と、とりあえず思える)情報を得ること」は、ちょっとえらく難しいぞ……ということが、まだあまり共有されていないんじゃないか……と思っています。

人類が初めて直面した状況であり、そのことにまだ誰も慣れていなくて、その「慣れていないこと」にもまだあまり気づかれていないんじゃないか、と。

withnews・奥山晶二郎:新聞社の中で16年間ほどウェブメディアの編集をやってきました。インターネットやSNSの登場によって、様々な可能性が広がった一方で、数字から見える記事の読まれ方を考えると、「このままでいいのかな」という思いがよぎります。

今回たらればさんをお招きしたのは、古典と最新のニュースを併せて発信されていたのを深掘りしたいと思ったのがきっかけです。そこにとどまらず、物語とニュースの距離感も伺っていけたらなと。

スマホで情報を得る心理的距離感

たらればさん:「情報流通の構造が大きく変わった」というのは多くの人が認識していると思うのですが、たとえば「それが心にどう届くのか」という、受け取り方の違いまで認識している人って、まだ少ないような気がしています。

まず、スマホは顔の近くで見ますし、音声をイヤホンで聞く人も多いですよね。それって、テレビやデスクトップPC、雑誌・新聞で情報を受け取るのとでは、心理的距離感が全く違うと思うんです。

発信源との物理的な距離が近いと、心への距離も近くなる。そうすると「届き方」が変わる。

布団の中でスマホでSNSの音声を聞いていたら、それってもはや「睦言(むつごと=むつましくかわす言葉)」ですよね。心への入り方が大きく変わっています。
ロシアの侵攻から1カ月を迎えた3月24日に投稿したビデオメッセージで演説するゼレンスキー・ウクライナ大統領
ロシアの侵攻から1カ月を迎えた3月24日に投稿したビデオメッセージで演説するゼレンスキー・ウクライナ大統領 出典: ゼレンスキー氏のSNSより
水野:スマホってパーソナルスペースにありますもんね。そこに疫病や戦争や災害といったニュースや情報も入っていく……。

たられば:ゼレンスキー大統領は、そういう「違い」が分かっていると思うんです。

すくなくとも「視聴者は、これはスマホで見るだろうな」と思うようなメッセージは短く刻んで親しげに話すし、「これはTVモニターやPCで見るだろうな」というメッセージはきちんとカメラを固定して距離をおいて格式を守って話しています。

スマホの撮り方も、尺が短いのも計算に入れ、「ささやく」を演出として利用しているんだと思います。

共感を呼び起こす演説の背景

水野:演説には各国の文化を採り入れていましたね。たとえばシェイクスピアの引用なども聴衆の共感を呼び起こすものだったと思います。

たられば:(ゼレンスキー大統領のイギリス下院議会でのスピーチの)『ハムレット』のセリフ、「To be, or not to be, that is the question」って、世界中の人が知っているフレーズですよね。
たられば:これ、日本ではよく「生きるべきか死ぬべきか」と訳されますが、「存在するべきなのか、存在しない方が良いのか」というニュアンスを含みます。

そのうえこのセリフには、「不法な運命の矢弾に耐え忍ぶ道か、武器をとり困難の海に向け抗う道か、どちらが雄々しい態度だろうか」というフレーズが続きます。いまのウクライナの状況に、いっそう当てはまっていますよね。

SNSでは「そこから(「我々は海で、山で、最後まで戦う」という第二次世界大戦時の)チャーチルの演説につながるのか!」と反応している人がいました。そういう「物語の共有」があるからこそ、英国人が興奮している、と理由をつぶやくと、大変多くの人に読まれました。

イギリス下院議員はもちろんみんなこのフレーズを知っているはずで、だからよりいっそう感動したし、スタンディングオベーションになったわけですよね。
シェイクスピアのハムレットの有名なせりふ。それを引用した背景には…
シェイクスピアのハムレットの有名なせりふ。それを引用した背景には… 出典: Getty Images
たられば:これは単に「知っていれば一緒に感動できる」という話ではなくて、そうした演説の意図や下敷きになっている物語を分かっていれば、理解した上で一歩距離を置くこともできるということです。

アメリカ人にはアメリカ人の物語があって、たとえばそれは(これまたゼレンスキー大統領がアメリカ連邦議会でのスピーチで引用した)「I have a dream」だったし、ドイツではベルリンの壁だった。

「日本はどうなるだろう」と思っていたら、「復興への祈り」と「ありがとう」でした。それぞれ「心の刺さり方」を計算に入れている。
リモートで国会演説をするウクライナのゼレンスキー大統領=2022年3月23日
リモートで国会演説をするウクライナのゼレンスキー大統領=2022年3月23日 出典: 朝日新聞・上田幸一撮影
水野:こういった古典や文化の背景を共有していないと、理解に差が出てしまうわけですね。

たられば:はい。さらにいうと、「何が相手の心に刺さるのか」ということを知らないと、相手の「心」を尊重できないと思うんですよね。

この物語や文化にはどういう価値があるのか、どういう体系に位置付けられるものなのかが分かっていれば、同じようにそれを好きになれなくても、尊重はできますよね。

ロシアのプーチン大統領が「ウクライナの人々は何を大切にしているのか」を見誤ったのも、これに近いことなんだろうなと思います。
 

全てを信じない・全てを信じるも危うい

水野:ゼレンスキー大統領の感情的な訴えや、街が破壊されている様子をニュースで見ると、「何かしてあげたい」と心が揺さぶられます。でも全てに共感してしまう怖さも感じています。ウクライナは片方の当事者でもあるわけで、全ての情報を一方的に同意してしまっていいのか、と立ち止まることがあります。

たられば:確かに、全力で同調していいのかと戸惑う気持ちはわかります。ただ「全力で」でなくていいと思うんです。ブレーキを踏むのは悪いことではない。
Tシャツ姿で演説するウクライナのゼレンスキー大統領=2022年3月15日
Tシャツ姿で演説するウクライナのゼレンスキー大統領=2022年3月15日 出典: ゼレンスキー氏が15日にテレグラムに投稿したビデオメッセージ
たられば:そのいっぽうで、私は「あらゆるものを疑う」という人は、「全てを信じる」という人と同じぐらい危ういと思っています。

「両方の話を聞くまで何も信じません」という態度は、「何もかも先延ばしにして今は何もしない」という行動を選択しているわけです。もちろんそれもひとつの選択ではあるのですが、それって自覚的、意識的に選んだ結果なのでしょうか。決意して立ち止まっているのでしょうか。そのあとで何もしなかった責任をとる覚悟はあるんでしょうか。

私たちは、今ある情報の中で、いくらかまともなものを選んでいかないといけない。できるだけやれることをやるしかないと思っています。

自分の目にしたい情報があふれるSNS

たられば:ただ、その一方で、SNSは自分の気に入った情報しか入ってこなくなります。そうなると、ますます選択の余地は見えづらくなっていきます。

水野:自分で情報を選んでいるつもりでも、SNSの情報も、ニュースサイトに出てくる情報にもアルゴリズムがかかっていて、自分の目にしたい情報がどんどん出てくる状況があるんですよね。

たられば:そのとおりですね。ただ、そもそもどんな物語にも、音楽にも、政治的なテーマは入り込んでいるものです。

最初から最後まで完全に無色透明な、政治的主張が皆無の作品というものは存在しません。私たちに出来るのは、「よりマシなもの」を選ぶことくらいです。
リモートで国会演説をするウクライナのゼレンスキー大統領=2022年3月23日
リモートで国会演説をするウクライナのゼレンスキー大統領=2022年3月23日 出典: 朝日新聞・上田幸一撮影
たられば:例えば日本古典文学の『枕草子』は、ごく一部の宮廷貴族、藤原家の人々、中関白家(なかのかんぱくけ)という特定の一族のために書かれた作品です。

なぜ最初に「春はあけぼの」と書かれているかといえば、もともと当時、天皇と皇室を言祝ぐためのツールである『勅撰和歌集』があって、それが「春夏秋冬」という部立てだったからです。

「この時空間を祝福することを通して、暦(こよみ)を支配する天皇家を称揚します」という意図が込められている。

それにならって、『枕草子』も同様に「四季それぞれのいいところを褒めることで、それらを支配しているうちの姫君が最高なんだよ」というところから始まっている。とても政治的な文脈が刻印されているわけですね。

水野:当時の人びとは「中関白家にまつわるもの」と理解して読んでいたのでしょうか?

たられば:読んでいる人は分かって受け取っていました。もちろん、それだけでは後世には残りません。娯楽的な面白さもあるし、風俗資料的な価値も高く、千年たっても読んでいて「あるある」と共感できます。

それでも政治的な作品であることに変わりないし、その戦略は大成功していますよね。
出典: Getty Images ※写真はイメージです
たられば:『枕草子』が広がって、宮中の人々に愛され、中関白家の政敵であった藤原道長はそれに対抗して文才のある人を見つけたのが紫式部でした。そういう歴史的な流れのなかで『源氏物語』が生まれます。

つまり『源氏物語』だってこのうえなく政治的な、「御堂流(藤原道長の一族)」を支えて盛り上げるために生まれた作品でした。

いまは国語の教科書に載っている古典作品でも、政治権力を強めるためのメッセージは繰り返し現れます。そうした文脈の存在を知らないと、たとえば無意識に「道長っていいやつかも」と思ってしまうわけです。

気がついたら情報の海の中で、ある「敷かれた線路」の上に乗っている。それは仕方ないと思うんです。前に進むためにはなんらかの線路の上に乗るしかない。ただその中で、よりマシなものを選ぶことはできるはずだ、とは思います。

「物語」を使うウクライナの情報戦略

水野:たらればさんは、ウクライナの情報戦略は「物語」を上手に使っていると感じますか。

たられば:感じます。ロシアの強大な軍事力に対抗するに「これしかない」と舵を切ったように見えます。

歴史学者・哲学者のユヴァル・ノア・ハラリ氏が「国家とは物語だ」というレポートを2月に出しました。
たられば:そのなかでハラリ氏は、物語のうえでは、ウクライナはロシアに完全に勝利している。ロシアの敗北が決定しているとも言っています。

水野:ウクライナ側は自国を応援してもらうために、他国にどうやったらいい印象をもってもらえるかを考えて、「物語」や言葉・表現を選んでいるということですよね。

たられば:よりその国の人びとの琴線に響くような表現を選んでいます。

これは舞台での「目配せ」にも似ていますね。舞台上の人が「目配せ」すると、観客はみんな「私を見てくれた」と誤解します。それがさりげなければさりげないほど効果的です。

そう感じさせる物語のテイストがあって、「この物語は私のために用意されている」と感じられれば、それが刺さるんですね。

ナチズムへの警鐘が刺さる今の状況

水野:たらればさんは、ロシアのウクライナ侵攻が始まった時に、マルティン・ニーメラーの言葉にふれています。

これについても知っている人は、「まさにあのことだ」と共感できるわけですね。
マルティン・ニーメラーのことば:
ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった 私は共産主義者ではなかったから
社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった 私は社会民主主義者ではなかったから
彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった 私は労働組合員ではなかったから
そして、彼らが私を攻撃したとき 私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった
たられば:この言葉は、本当に今とつながりすぎていて怖いですよね。

ニーメラーはナチズムへの警鐘をしたのですが、それを実感しちゃったなと思うんです。実感したくはなかったんですけど……。過去のとらえ方が変わったなぁというのが今回の体験でした。

水野:過去の言葉や物語から、本来なら学べることがたくさんあったんだとも感じます。

たられば:ロシアは以前からシリアやチェチェンでひどいことをしていたのに、私には届いていなかった。申し訳なさとともに、謝りながら学んでいくことと、関心を持ち続けることしかないですよね。「よりマシなもの」を選ぶしかない。

【後編はこちら】パーカー姿のウクライナ解説に好感 情報の信頼決める発信者のキャラ
 
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