連載
#126 #父親のモヤモヤ
「このゴミ!」とののしられ離婚を迫られても揺れる心…〝親権〟の壁
「本当に望んでいることは、家族3人で仲良く暮らすことです。でも…」
男性は取材に対し、苦しい表情を浮かべながら話し始めました。
男性と妻は、いずれも30代で共働き。保育園に通う子どもと3人で暮らしています。保育園の送り迎え、料理や洗濯といった家事のうち、ほとんどを男性が担っていると話します。
男性は夕食の下準備や家事などのため午前5時ごろに起床。一方、妻は午前8時過ぎに起きるそうです。帰宅後も、男性が家事や育児の中心を担っています。
「コロナ禍以降、在宅勤務が増えたことで時間の融通がきくようになりました。そこから私の担当が増え、結果として今の分担になりました。正直に言えば、体がしんどいです。妻には、世の『お母さん』なら普通にやっていること、と言われています」
妻から「離婚」の言葉が出たのは、子どもが生後半年を過ぎた頃でした。
妻は育休を取得しましたが、男性は取っていません。「忙しい時期だったので取得をためらってしまいました。今は取るべきだったと思っています」
妻の育休中、男性は帰宅後、おむつ替え、ミルクの授乳、寝かしつけなどをなるべく1人で担当するようにしたそうです。
生後半年ごろは、妻が子どもを連れて「ママ友」宅での〝飲み会〟に参加するようになった時期でした。「息抜きになればと、好意的にとらえていました」。男性自身、ほかの夫と協力して、〝飲み会〟の最中に子どもにミルクをあげたり、お風呂に入れたりしました。
ただ、仕事に響くこともあり、男性の足が遠のきました
それでも、〝飲み会〟は続き、次第に週3回ほど開催されるように。妻の帰宅が午前0時をまたぐことも珍しくなくなりました。
そこで、子どものお世話を申し出た上で「子どもは連れていかないでほしい」と訴えました。ただ、かえってきたのが、「育休を取ってないやつに言われたくない! 私の楽しみを奪うのか」でした。男性は「『子守』という理由がないと、〝飲み会〟に参加しづらいのだと思います」と話します。そうして妻は「もう一緒にやっていけない」「離婚だ」と迫ったそうです。
子どもが1歳になると妻も職場に復帰しました。
「私の家事の〝ミス〟で、けんかになってしまいます」と男性は話します。「ホームパーティーの料理が気に入らない」「子どものご飯にラップするのを忘れてしまった」――。妻が〝ミス〟をなじり、男性がたまらず反論することでけんかに発展するそうです。男性は「役立たず」「ゴミ」「ポンコツ」とののしられることもあり、時には「離婚」を迫られるようになりました。
お互い弁護士に相談し、いったんは離婚がまとまりかけたこともあります。ただ、ネックになったのが親権でした。
日本では、離婚後、父母のどちらかが親権を持ちます。男性の場合、双方が親権を主張しました。
「妻は、産んだ自分が親権を持つべきだという意識があります。その気持ちは分かります。ただ、妻は、料理を含めほとんど家事をしません。子どもに『私の人生をかえせ』と怒ることもあって、養育に不安があります」
日本では大半のケースで母親が親権者になります。男性の妻も、その点を踏まえ「争ったら私が親権者になる」と言っていて、男性は踏み切れないでいます。
一方、子どもは、両親の険悪な状況を察したのか「パパとママと暮らしたい」と男性に訴えるようになりました。
妻は、機嫌がよいと今でも「結婚してよかった」「こんなにやっているパパはいない」と男性に話すそうです。
親権の問題で解決策が見いだせず、家族3人での生活が続いています。
人口動態調査(2020年)によると、離婚の約9割は離婚届を出すだけの協議離婚。話し合いではうまくいかないケースに家庭裁判所がかかわっています。親権者は、離婚全体の8割以上のケースで母親になっています。
最高裁判所によると、2021年に終局した面会交流の審判と調停の申立人は、7割超で父親でした。
父親は親権者になっていない一方で、面会交流を求めている――。そんな実態について、家族法が専門で早稲田大学教授の棚村政行さんは「夫婦のあり方が多様になってきたことが背景にあります」と説きます。
「共働き世帯が主流になり、『男は仕事』『女は家庭』のような価値観も薄まってきました。父親が深く家庭に関わるケースも珍しくありません。一方で、離婚した場合、大半は母親が親権者です。『子どもと会えない』『会いたい』という父親の存在が顕在化してきました」
ただ、棚村さんはこうも指摘します。「大半の親権者が母親というのは、子どもの養育の『実績』を反映してきたものでもあります」
日本加除出版の「未成年期に父母の離婚を経験した子どもの養育に関する全国実態調査とその分析」によると、昨年1月、、未成年期に父母が離婚、別居した20代、30代の計2千人にインターネット調査を実施。「父母の争いや対立時に一番頼りになった存在」を聞いたところ、「誰もいなかった」が32.6%でもっとも多かったものの、「母親」は17.4%で、頼る人がいた中では最多でした。父親は2.6%。きょうだい(16.3%)や祖父母(13.8%)に大きく水をあけられています。
この調査に協力した棚村さんは「多くのケースで、父親が頼りになっていなかった現実がうかがえます」と話します。
こうした現実にどう対応すればよいのでしょうか。
棚村さんは、「夫と妻という大人同士の争いではなく、子ども主体で考えることが大切です」と話します。
そうした場合、仮に共同での養育を進めていく時にも、夫婦間に大きなあつれきの残る「高葛藤」のケースの場合、かえって問題が生じるおそれがある、と指摘します。
棚村さんは、法制審議会(法相の諮問機関)の部会委員で、国に政策提言していく立場でもあります。
そんな棚村さんは、「共同での養育、面会交流を促進していく関連法の整備だけしても悪影響がでるおそれがあります」と強調。その上で「高葛藤のケースでは、個別的にアプローチしていくなどケアや支援の視点も含めた両輪で考えていくべきです。その場合、家族だけに問題を背負わせてはならず、公的機関の関わりもいっそう求められます」と話します。
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