お金と仕事
「地産地消だけでいいの?」南池袋のイタリアンが選んだ逆転の発想
「食材情報」で決めるお店のメニュー
レストランでは、普通、あらかじめ設定しているメニューに合わせて食材を発注します。でも、南池袋にあるイタリアンの「GRIP」は、その日に入る食材によってメニューが決まります。コスト削減だけでなくフードロス対策にもつながる逆転の発想。ひいては、地方の生産者を守ることにもつながるそう。「地産地消」以外の解決策に取り組む〝女将〟に話を聞きました。
「一次産業が加工や販売を両立するのは、あまり現実的ではありません」
現在、11店舗ある「GRIP」系列店の立ち上げからスタッフのトレーニングまで全般に携わってきた北奥京子さん(51)さんは、そう言い切ります。
生産地にあるレストランなどで、その土地の食べものを提供する「地産地消」。食材の活用や地域おこしなどに効果があるとされているが、北奥さんの見方はちょっと違います。
「仮に生産者が、その土地で消費できる分だけの農産物を作って農業を継続できるのなら、問題はないでしょう。しかし現実は、生産地の農家は消費地である都会などへ出荷するために農産物を育てています。つまり、その土地だけで消費できないくらいの量を生産しているのです」
「加工や販売同様、一次産業が食材のよさなどの情報発信を行うことも難しいのが現実です。でも、普段から消費者と向き合っているレストランなら、食材を調理して、実際に食べてもらえますし、調理した品を見せることで、食材のよさや価値が伝えられます」
そのため「GRIP」では、その日に入る食材によってメニューを決めています。
「すべてはおいしい野菜が、いつ、どのくらい送ってもらえるのかということから始まります。そのため、生産者さんは、発注数に対応できるかどうかを気にしなくてよくなります」
生産者には、社内で使うコミュニケーションアプリに登録してもらっており、そこでスタッフたちと発注や相談などのやりとりをしているそう。
「たまに、『あと2日待ってもらえれば、おいしい〇〇がお届けできます』というメッセージが届くこともありますよ」
通常とは逆のやり方によって、様々な効果が生まれているという。
「生産者さんとダイレクトにやりとりすることで、スタッフには食材を大事にする気持ちが自然と生まれ、仕事への意識も変わります。さらに、グループで食材をシェアすることで、コスト削減や食品ロス削減にもつながっています」
一般的にはポジティブな文脈で使われることが多い「地産地消」。あえて、きっぱりと問題提起をする北奥さんは、社内で〝女将〟と呼ばれているという。
「名刺を作る時にマネジャーは普通だから〝女将〟がいいんじゃないと言われて……。私にとって女将のイメージは気遣いの人。時には仕切り、裏方にも回る。いざというときに頼りになる、そんな存在です。『統括マネージャー』という堅苦しい肩書きより、『女将』の方が自分と仕事の距離が近い気がして、意外とすんなり受け止められました」
そんな北奥さんは5人兄弟の末っ子として生まれました。兄弟たちの結婚が早かったこともあり、幼い頃から自立心が強かったといいます。
19歳で結婚して、20歳で長女を出産。22歳で長男を産み、その子が幼稚園に入るタイミグに合わせて、24歳から飲食店でアルバイトをはじめました。そして27歳の時に離婚。慰謝料も受けとらず、実家に帰ることもせず、2Kで親子3人での暮らしは、決して楽ではありませんでした。
「実際に、きちんと日々の食事が用意できたわけではありません。母がパート先の八百屋から、売れ残った野菜や見た目で捨ててしまうような野菜を度々もらって帰って料理していて、私も同じようなことをさせてもらっていました。おかげさまで、我が家では野菜を使った料理が多く、子どもたちが野菜嫌いにはなりませんでした。こんな経験も農家さんへの想いに繋がっているのかもしれません」
北奥さんが客として通っていたのが、「GRIP」のオーナーが立ち上げた居酒屋でした。将来の夢を話すくらい親しくなり、「新しいお店を立ち上げるから」と誘われ入社したのは34歳の時でした。
「初めての正社員ですし、最初の頃はわからないことばかりで、とまどうこともありました。とりあえず、できることをやろうと思って、料理に使っている食材や調理法を勉強したり、お客さんの顔と名前を覚えたりしました」
「そして、実際に調理した料理を提供する側になり、お客様が口にするものに対しての責任感がつきました。お客様が安心して食事が出来るよう本気で向き合わなければと思う中で、生産者の想いを知り、仕入れた食材をあまらせることなく、丁寧に使い切る意識がつきました」
産地から届くオーガニック野菜や自然派ワインが人気の「GRIP」。産地の食材を扱うようになったきっかけは、生産者との巡り合いでした。
「オーガニック野菜がはやりだした2008年頃、野菜の卸業者から生産者さんを紹介してもらったんです。その生産者がオーガニック野菜作りへの想いや熱量が高い人で、本気で野菜を作っているんだと思いました。この出会いによって、野菜のよさを知るようになり、素材の大切さがわかってきました」
食材が徐々にオーガニックなものに切り替わっていくと同時に、自分たちでも生産者を探すようになりました。
「新しく契約するときは、直接お会いすることが前提です。今はなかなか会いに行けませんが、きちんと話をして、その方の考え方や信念に共感できるかを見ています。また、お互いを信頼でき、対等に付き合えるのかも大事だと思っています」
「見えない食品ロス」と言われる規格外野菜。現在、生産されたうちの2~3割が規格外野菜のために廃棄されています。農林水産省の調査では、2019年の野菜(41品目)の収穫量約1,340万トンに対して、出荷量は約1,157万トンだったと報告されました。
「うちでは、市場に出回らない規格外果物を積極的に仕入れています。形やサイズが規格に合わないだけで、味や栄養は何も変わりません。レストランの加工技術は規格外果物の価値を高めることができると思っています」
グループには、パンやスイーツ、コールドプレスジュースを扱う販売店もあり、店頭に並ぶジェラートアイスクリーム、ドーナツアイシング、自家製のジャムなどは、仕入れた規格外果物などの食材を加工して使っています。
「地産地消」ではなく、あえて生産地から離れたところで食材のよさを提供することにこだわる北奥さん。
「地元の食材は身近にあるため、ありがたみや貴重性を感じにくいのですが、遠方の名産品となったら食べてみたいと思いませんか? 地元で消費しきれない食材は、その食材を珍しいと思う地域に住んでいる方たちへ提供すれば、余って廃棄することもありません。それができるのも、私たちレストランだと思うんです」
新型コロナウイルスが登場してから、野菜のネット販売が大きな話題となり、一次産業を支える力となりました。しかし、ネット販売サイトに載っているのはほんの一部だけ。今後の成長に期待しつつも、自分たちは生産者さんとチームを組んで、ダイレクトにオーガニック野菜の価値を伝えていきたいと考えているそうです。
「この前、83歳で飲食店の現役看板娘をされている女性のインタビュー記事を読んだんです。私は今年で51歳。その方の年齢に届くまで30年以上あります。昨年生まれた孫が立派な社会人になるまで、街や生産者さんに貢献できるパートナーとして、この仕事をやり続けたいです」
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