連載
#2 #令和の専業主婦
専業主婦が大学院に行ったらダメですか? 批判された当事者の思い
「批判されたことに、正直驚いています」
主婦として4人の子どもを育てながら大学院で研究する女性に、ツイッター上で「夫の金で大学院に行くのはおかしい」などの批判が寄せられました。女性に連絡を取り話を聞くと「『主婦』という叩きやすい偶像がつくられたのではないか」と話してくれました。主婦を選んだ女性が家族のケアだけを求められ、自己投資を批判される背景には何があるのでしょうか。女性の言葉から考えました。
主婦として家族のケアを担いながら大学院で研究をするさおりさん。ある日、ツイッターで普段通り家族との日常風景をつぶやくと、主婦であり大学院生でもあるアイデンティティーが批判を受けました。
きっかけになったのは、中学1年生の長男の「ママは大学院に行っているけど、学費はどうしているの?」という問いから、学業優秀者を奨励するための給付型奨学金についての話題になったという、何げない家族の会話をつぶやいた投稿でした。
そのつぶやきを機に、さおりさんの生き方を応援する声が寄せられる一方で、「夫が稼いだ金で主婦が大学院に行くのはおかしい」「大学院は主婦のカルチャーセンターではない」「主婦が若者のパイを奪っている」などの批判的な声が寄せられるようになりました。
批判の矛先はさおりさんだけでなく、さおりさんの家族にまで及び始めたため、さおりさんは元となるツイートを消しました。
さおりさん自身は、大学院で学ぶことが高校生の頃からの夢でした。
高校生の頃は臨床心理士になることが目標で、そのために大学院に進学したいという思いは常にあったそうです。
大学卒業後はいったん就職はしたものの、出社前や夜間に勉強する時間をつくり、「いつか」に備えていました。
さおりさんは会社員生活を数年続け、結婚。結婚後も仕事を続けたい気持ちはありましたが、夫は国内外に転勤があり、転勤の辞令は直前に出るような仕事だったため、働き続けることを断念しました。
「それに、私が退職した十数年前は、周りの結婚した女性の先輩たちも辞めていました。(結婚後も仕事を続けている)ロールモデルが身近になかったし、そういうものなのかなという気持ちもありました」
35歳で大学院に進学するまでは、育児をしつつ、産後の母親をサポートするための仕事を自分で立ち上げ、少しずつ外で働く場を確保したそうです。
「『とにかく働きたい』という気持ちと、『進学のためのお金はできれば自分の収入から出したい』という気持ちで働いていました」
2019年に念願の大学院に入学し、子育てに関する研究をしています。
さおりさんは4兄弟の母親でもあります。
末っ子はまだ幼稚園児のため、さおりさんは、末っ子が幼稚園に行っている4時間の間に講義を履修したり研究を進めたりしています。
「修士課程なので、2年で修了するのが一般的ですが、私は子育てをしながらだったので長期履修制度を使い3年かけました」
1日の大半は主婦業に充てる生活のため、「自分のアイデンティティは主婦の方が強い」と話すさおりさん。ツイッターでの発信も、元々は、「研究をしながら子育てをしている」というものではなく、「子育てをしながら研究をしている」という趣旨でツイートをしていました。
今回のツイッターでの一件に関しては、「大学院で主婦が研究することについて批判されたことに、正直驚いています」と話します。
その上で、「『子どもが4人いること』『主婦であること』『大学院に行っている』という点を総合して、私は地方の普通の主婦なのに『裕福そうな主婦』と認定されてしまったようです。『都会の裕福な主婦』という偶像が作られ、その偶像がたたかれていたように感じます」
ですが、そもそも、都会の裕福な主婦だったとしても、大学院で研究することは、人から批判されるようなことではありません。
「主婦への視線はどんどん厳しくなっていると感じます。『バリキャリじゃないといけない』という雰囲気を感じ、苦しいです」
「バリキャリを選ぶ人も、家庭に入ることを選ぶ人も、家庭に重きをおきつつ働くという選択の人もいていい。これは男性にもあるべき選択肢だと思いますし、周囲の人も、自分と違う道を歩んでいる人がいてもそれを許せる社会だといいなと思います」
『VERY』など、女性誌を通して主婦の変化を研究している、跡見学園女子大学の石崎裕子准教授(社会学)は、時代とともに専業主婦自身の意識も変わってきていると指摘します。
「サラリーマンと専業主婦からなる核家族が増えていった高度成長期、専業主婦になることは『女の幸せ』の実現でした。大黒柱の夫を妻として支え、家庭で家事や子育てに専念することが、専業主婦としてのアイデンティティーを支えていました」
「現代では、専業主婦として家事や子育てなど家庭優先の生活を軸にしつつも、起業やNPO活動にチャレンジしたり、キャリア形成や自己研鑽のために語学や資格取得の勉強に励んだり、専業主婦といってもそのライフスタイルは様々です」。
主婦の意識変化だけでなく、求められるものも多様になっていると石崎さん。
「例えて言えば『幸せな私』というジグソーパズルを完成させるためには、『主婦』や『ママ』、『妻』といったピースだけではなく、専業主婦であっても、一人の女性として色々なピースが求められるようになってきている」と話します。
一方、周囲が抱く専業主婦のイメージは『結婚をしている』『子どもがいる』『経済的に恵まれている』など、一般的にメリットと受け止められるものが多いのが実態です。
石崎准教授は「夫の経済的基盤が揺らいだり、離婚のように夫との関係に溝が生じたりすれば、専業主婦としての生活も成り立たなくなるなど専業主婦には『リスク』もあります」とした上で、「経済状況や雇用環境の変化を背景に、専業主婦はなりたくてもなかなかなれないものとなってきている現実がある中で『恵まれた存在』としての眼差しが向けられやすい」と指摘します。
そのため、今回のさおりさんの件のように「妻であり、母であり、主婦であるだけでなく、家庭以外の場で大学院生としての顔も持つ『恵まれた専業主婦』に対する批判的な声があがったのではないか」といいます。
現代の女性の生き方について、石崎さんは「未婚化や晩婚化も進み、女性のライフコースは多様化してきている」と総括した上で、専業主婦については「若い世代にとっては『専業主婦』のイメージ自体が抱きにくくなってきているのではないでしょうか」と指摘します。
それでは、現代日本に生きる私たちは専業主婦をどのように受け止めたらいいのでしょうか?
石崎准教授は、それを「助走期間」という言葉で説明します。
「専業主婦の間にこれからのキャリアを模索し、いずれは家庭以外の場所にもフィールドを広げていきたい。長い人生の中で、専業主婦という経験を次のステップへの助走期間として意識することに、(主婦である)本人たちも自覚的だと思います」
ライフステージに応じた働き方や、自分の居場所をみつけることは非常に重要ですし、どの選択も尊重されるべきだと私は考えます。
近年では転職サイトの紹介がテレビCMで流れるなど、終身雇用されるのが当たり前だという意識は、少しずつですが変わってきていると思います。それも、ライフステージに応じた働き方の一つでしょう。
一方で、まだまだ終身雇用されることや、与えられた立ち場をまっとうすべしといった価値観は根強く、多様な働き方・生き方を社会が「自然に」受け入れるのには時間がかかりそうです。
今回、さおりさんに矛先が向いたのも、多様な生き方への理解が追いついていないことのあらわれのように思います。
また、さおりさんが「『都会の裕福な主婦』という偶像が作られ、その偶像がたたかれていたように感じる」と話していたり、石崎さんが「経済状況や雇用環境の変化を背景に、専業主婦はなりたくてもなかなかなれないものとなってきている現実がある中で『恵まれた存在』としての眼差しが向けられやすい」と指摘するように、そもそも自分自身の人生に納得ができていなかったり不満がある人が、それを表出したようにも思えます。
専業主婦を批判する背景には、「専業主婦」という存在への認識のずれとともに、批判する人の背景にも目をこらす必要があるように感じます。
生きにくさ、働きにくさを感じる背景がどこにあるのか、そこにも向き合っていく必要性を感じました。
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