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お金と仕事

ブラックベンチャーの見分け方 “終身雇用”を貫く起業家の思い

やりがい搾取・不安定・低賃金は〝悪〟

自転車で通勤する人々=2021年11月8日午前8時7分、名古屋市中区の桜通大津交差点、山崎輝史撮影
自転車で通勤する人々=2021年11月8日午前8時7分、名古屋市中区の桜通大津交差点、山崎輝史撮影 出典: 朝日新聞

目次

経済が低迷する中で、就職する会社においても安定を求める人が増えています。日本を代表するような会社が経営破綻するケースも相次ぐ一方、若者のやりがいを搾取するような「ブラックベンチャー」のような問題のある会社も生まれています。新卒で大企業に入り起業した加藤公一レオさんは、ベンチャーだからといって給与を安くするべきではないと訴えます。あえて終身雇用を前提にした正社員にこだわる加藤さんに、これからベンチャーに就職しようとする人へ、四つの見極めポイントを解説してもらいました。

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そのベンチャーは四つの約束をしてくれるか?

近年、「年収よりも自分が好きなことをやりたい」と、経済的報酬よりも“やりがい”を重視する若者が増えている。それ自体は悪いことではないが、収入よりも“やりがい”を求める傾向には危険な落とし穴がある。ときに“やりがい”を求める気持ちを悪用されて “やりがい搾取”に遭ってしまうことだ。

私は新卒で三菱商事に入社し、大手広告代理店のADKを経て、2010年に通販(D2C)のネット広告を支援するベンチャー企業『売れるネット広告社』を起業した。1 人の経営者として “やりがい”を求める若者の気持ちにつけこんで、低賃金労働を強いるのは“悪”でしかないと考えている。

特に「ブラックベンチャー」と呼ばれるような、ビジョンだけは一見立派だが中身が伴わず、低賃金で長時間労働を強いる企業には強い危機感を覚える。

私自身が同じベンチャー企業の経営者だからこそ、環境や制度が整いきっていないベンチャーの社長は社員に対し、次のような“約束”をするべきだと思う。

加藤公一レオ(かとう・こういちれお) 1975年、ブラジル・サンパウロ生まれ。アメリカで育ち、西南学院大学を卒業後、三菱商事入社。大手広告会社のアサツーディ・ケイ(ADK)などを経て、2010年に売れるネット広告社を設立
加藤公一レオ(かとう・こういちれお) 1975年、ブラジル・サンパウロ生まれ。アメリカで育ち、西南学院大学を卒業後、三菱商事入社。大手広告会社のアサツーディ・ケイ(ADK)などを経て、2010年に売れるネット広告社を設立

(1)個人のブランドを持たせてくれる

私は、ベンチャー社長の仕事とは、会社を大きくして、50年先、100年先まで続く企業にすることだと考えている。加えて、組織や制度が成熟しきっていないベンチャーだからこそ、大手企業ではできないスピードでの成長を“約束”し、全社員を日本最高峰の『売れる人材』に育てることが重要だ。

真の“安定”とは、公務員になることでも大手企業に勤めることでもなく、ズバリ個人として『ブランド』を持つことである。転職や起業のハードルがますます下がっていくこれからの時代はなおさらだ。そして、個人として『ブランド』を持つために必要なのが圧倒的な“実力”である。

クライアントから指名で仕事がくるくらいの『ブランド』を身につけることができれば、明日会社が倒産したとしてもまったく困ることはない。

事実、私はサラリーマン時代から個人として『ブランド』を持つことを意識し、誰よりも働き、徹底的に“実力”と“実績”を磨いてきたので、社長になる前から本を執筆したり講演をしたりしてきた。だから起業した初月から黒字化を達成できた。

たとえ明日会社が倒産しても、コロナ禍で経済破壊が深刻化する中でも、余裕で次の就職が決まるほどの“実力”や、起業できるほどの圧倒的な“実力”があれば何も怖くない。

会社が発展途上だからこそ、ベンチャー企業の経営者には、社員がどこに行っても活躍できる『売れる人材』に育てる義務がある。

もしあなたが会社員なら、会社という“看板”を利用して世の中にどんどん自分を売り込んでいってほしい。会社にしがみつくのではなく、会社を“舞台”として自分が主役になるのだ。

普通、新しいことを勉強しようとするとお金がかかるが、新しいことを学んだり経験したりしながらお金(給料)がもらえるのが会社員の“特権”である。会社員ならその“特権”を最大限利用して、自分の“実力”を徹底的に磨き、真の“安定”を手に入れることを目指してほしい。会社なんてどんどん“利用”してしまえばいいのだ。

大阪メトロ御堂筋線の梅田駅で、電車に乗り込む通勤客ら=2020年5月18日午前8時6分、大阪市北区、金居達朗撮影
大阪メトロ御堂筋線の梅田駅で、電車に乗り込む通勤客ら=2020年5月18日午前8時6分、大阪市北区、金居達朗撮影 出典: 朝日新聞

(2)給与は低くていいと思っていない

経営者としての私の一番の恐怖は、会社が倒産することではなく、社員たちの“年収”を下げてしまうことである。

「ベンチャーは発展途上だから給与が低くてもしょうがない」みたいな風潮があるが、むしろ大手企業ほど社内体制が整っていない発展途上のベンチャーだからこそ、飛び込んできてくれた社員に対し、高い“年収”を約束するべきではないだろうか。

現実問題として、売上や利益が少ない初期段階で業界トップレベルの“年収”を実現することはできないだろうが、将来的に業界トップの“年収”を目指し、年々“年収”が上がっていく道筋を示すことが大事なのである。反対に、「“やりがい”があるんだから給与は低くてもいいでしょ」とばかりに、“やりがい”を餌に社員を搾取するようなベンチャー経営者は論外だ。

『売れるネット広告社』のような小さなベンチャーに入ってくれる社員たちには、ネット業界トップレベルの“年収”をあげ続けたいと思っている。だから私は「人の2倍行動し、人の2倍売上を稼ぎ、人の2倍年収を稼ぐ」“価値観”を社員に押し付ける。ガンガン売上を上げて、将来は電通や三菱商事などの大企業の“年収”を大きく超えさせて、若くして高い“ポスト”につかせる。

同じ経営者として、社員にそう約束しないベンチャー企業は詐欺だと思う。そういう“夢”がなければベンチャーなんてただの零細企業にすぎないからだ。“やりがい”だけを語っても、「年収が上がる」「ポストが上がる」具体的な道筋を示せなければただのキレイゴトである。

入社年次に関係なく、「これでもか」と情熱を傾けられる環境があること。そして、その行動や結果に見合った適正な給与がついてくること。ベンチャーの良さはその部分にあると思っている。

会社を急成長させるには多少無理をすることも必要だと思うが、社員の情熱ややる気につけこんで安い給与でこき使うベンチャーはこの世の“悪”でしかない。ベンチャーだから給与が低いというのは経営者の怠慢だと考える。

東京タワーと周辺の高層ビル=2019年6月25日、東京都港区、朝日新聞社ヘリから、福留庸友撮影
東京タワーと周辺の高層ビル=2019年6月25日、東京都港区、朝日新聞社ヘリから、福留庸友撮影 出典: 朝日新聞

(3)終身雇用のような安心できる環境を用意

2019年、トヨタ自動車の豊田章男社長が「雇用を続ける企業などへのインセンティブがもう少し出てこないと、なかなか終身雇用を守っていくのは難しい局面に入ってきた」と発言して話題になった。大手企業でも日本独自の“終身雇用”は崩壊しつつある。

それでも、私は日本的な“終身雇用”を守り続けるべきだと思っている。経営者には、社員(とその先にいる家族)を守る義務があるからだ。

私はブラジル生まれ、アメリカ育ちの半分外国人のような人間だが、業績が落ちたからと社員を簡単にクビにするドライな文化を見てきたからこそ、伝統的な日本的経営の良さをわかっているつもりだ。

ドライな外資系企業のように「いつクビになるかわからない」「なんだかんだと理由をつけて退職を迫られるかもしれない」という環境では、社員は安心して会社を大きくすることにコミットできない。

雇用が不安定なイメージのあるベンチャーだからこそ、経営者は社員に安心して働ける環境を“約束”すべきである。「安心して働ける環境」は一朝一夕ではできないが、その前提となるのが“終身雇用を前提とした正社員”だと思う。

2010年代以降、非正規雇用が急激に増え、今では労働人口の約40%をパート・アルバイト・派遣社員などの非正規労働者が占めるようになった。もちろん自らの意思で非正規を選んでいる人もいるし、非正規労働のすべてが“悪”というわけではない。

しかし、非正規労働者の中には「クリエイティブな仕事をしている」「自分のやりたいことができるから」といった“やりがい”と引き換えに、低賃金で給料が上がる見込みもなく、先の見えない不安を抱えながら働いている人もいる。1人の経営者として、このような自己実現欲求を悪用した“やりがい”搾取は許せない。

『売れるネット広告社』の社員は全員正社員だし、終身雇用が前提だ。今いる社員が定年を迎えるとき、東京タワーが見える高層ビルの最上階で、1000人単位の同僚に見送られながら「最高の会社員人生だったな」と思ってくれたら心から幸せだ。

昼の休憩時間に公園で弁当を食べる会社員ら=2020年5月25日、大阪市西区の靱公園
昼の休憩時間に公園で弁当を食べる会社員ら=2020年5月25日、大阪市西区の靱公園 出典: 朝日新聞

(4)会社と社員が“大成長”するドラマが見られる

ベンチャー経営者の一番の責任は、ズバリ社員に「会社とともに“大成長”する“ドラマ”を見せる」ことである。会社とともに自分が“大成長”する“ドラマ”が見られることが、ベンチャーで働く一番の醍醐味だからだ。

私は三菱商事やADKなどの大手企業にいたが、20代の頃は成長しきった会社にいる自分に嫌気が差していた。逆にベンチャーで働く同世代の友人の多くが若くして、しかも数年で役員までのぼり詰めるのを見て、さらにそれらの会社がどんどん成長していくのを見て、強いコンプレックスを抱いていた。

反対に、『売れるネット広告社』を起業してからは、「自分が歴史を創っている」という実感がある。小さなマンションの1室でたった2人から始まった当社はこの11年間で売上が27億円を超え、社員も増えオフィスも増床を重ねてきた。

このように、小さなベンチャーで働くと見える風景がどんどん変わっていく。人生において、“成長感”ほど幸せなものはないと思う。成長しきった大手企業とは違って、ベンチャーにはクライアントが増え、売上が増え、同僚や部下が増え、オフィスが大きくなり、自分の“ポスト”も“年収”も上がっていくという大きな“夢”があるのだから、ベンチャー経営者は社員に会社とともに“大成長”する“ドラマ”を“約束”すべきだ。

反対に、もしあなたがベンチャーへの就職や転職を考えているのなら、果たしてその会社に入って“大成長”する“ドラマ”が見られるか、自分自身に問いかけてみてほしい。

就職活動で各企業のブース前に並ぶ学生ら=2019年3月1日、大阪市住之江区、細川卓撮影
就職活動で各企業のブース前に並ぶ学生ら=2019年3月1日、大阪市住之江区、細川卓撮影 出典: 朝日新聞

安心できる環境、経営にも不可欠

あなたが学生や会社員なら、今後どんな会社員人生を歩みたいだろうか? 組織の歯車として年功序列で30年働き、50歳でやっと部長になることだろうか? それとも会社とともに“大成長”する“ドラマ”を見たいだろうか?

もし叶えたい“夢”があるのなら、ベンチャーを起業することが一番手っ取り早い。そうすれば、最短距離で“夢”に到達することができるだろう。ただし、そのためには並大抵ではない努力が求められる。もしそこまで踏み出す勇気がないのであれば、自分が「ここは成長する」と確信した、設立間もないベンチャー企業に入るのが良い。設立間もなければ、会社の成長に応じて自分のポジションも自然と高くなっていくからだ!

新卒でベンチャーに入ってもいいが、新卒で大手企業に入り、後から設立間もないベンチャーに転職するのもひとつの選択肢だ。大手企業から小さなベンチャーに転職すれば、あなたが今まで見てきた一般的な会社の風景や、やり方というのは大きな武器になる。

勇気を持って「ここは成長する」と確信した設立間もないベンチャーに飛び込み、そこで自分のポジションを確固たるものにすれば、大手企業にいるよりも自分の“夢”を実現できる可能性は格段に高くなる。

できあがった企業に入り、安定した人生を送るのもいい。だが、会社の成長に応じて自分の“年収”と“ポスト”が上がる“ドラマ”を見たい人は、完成された大企業ではなく、設立間もないベンチャーに入ることをおすすめする。これはベンチャー企業の社長としてではなく、1人のビジネスマンとしての意見だ。

社員に安心して挑戦できる環境を用意することは、けっしてボランティアで言っているわけではない。経営者として、優秀な人財を仲間に加え、長く働いてもらうためにも、社員に会社の成長につながるようなクリエイティビティを発揮してもらうためにも、不可欠なものだと考えている。

私は、会社選びとは、人生において結婚相手選びの次に重要な決断だと思っている。設立間もないベンチャーに入るときは、経営者が今回お伝えしたような“約束”を社員にしてくれる会社かどうか、見極めてほしい。

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