話題
『千と千尋』の「油屋」 藤森照信さんが見抜いた関東大震災の歴史
床の音までわかる「建物」の魅力、イラストレーターのウルバノヴィチさんと語り尽くす
話題
床の音までわかる「建物」の魅力、イラストレーターのウルバノヴィチさんと語り尽くす
年明けの1月7日にテレビ放送された宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』をはじめ、ジブリ作品に出てくる「建物」には、物語や登場人物を引き立たせる役割があります。その「建物」にこめられたこだわりや魅力とはどこにあるのでしょうか? 展覧会「ジブリの立体建造物展」を監修した建築史家の藤森照信さんと、『東京店構え マテウシュ・ウルバノヴィチ作品集』著者のイラストレーター、マテウシュ・ウルバノヴィチさんが、「ここがすごい」ポイントを解説します。
藤森照信さん(以下、藤森): 『千と千尋の神隠し』の「油屋」の場合ですが、これは、ヨーロッパ風の様式と日本の伝統が混ざっている「擬洋風建築」。文明開花の時代に日本の大工さんたちが、それまでの日本の技術をもってつくった洋風の建築様式です。
その中でも特徴なのは、圧倒的にこの「唐破風(からはふ)」です。唐破風というのは、中国を表す「唐」に、屋根の造形の一種の「破風」と書く。でも実は、唐破風は中国にはない建築技法で、鎌倉時代に日本で成立したもの。このように二重に反転した屋根の形は、他の国では基本的には存在しません。二重に反転した曲線は、木造だからできたんですけど、とても珍しく、とても面白い。実は、東京の代表的な銭湯には唐破風が付く。
その背景にあるのは、1923年の関東大震災後の復興なんです。震災以前の湯屋を調べてみると、唐破風は付いていない。なぜなら、日本の銭湯は元々地域のものだったから。京都にある古い銭湯は、普通の民家のいでたちをしています。風呂に入りに来る地元の人たちは、みんなここが銭湯だと知っているから、看板を出さなくてもよかった。
ところが震災後、復興に際して地方からいっぱい労働者が東京に来るわけです。彼らは、お風呂のある家に住んでいないので、銭湯に行く。そこで、銭湯同士が競争を始める。隣町に来ている職人たちも含めて、できるだけ多くの客を入れたい。それで、目立つようにどんどん派手になっていく。その結果が唐破風です。
この震災復興時の銭湯は「宮造り」と呼ばれています。その起源は、震災以前に建築家の岡田信一郎が造った歌舞伎座です。歌舞伎は、安土・桃山時代に出雲阿国が作ったもので、岡田が歌舞伎座のことを桃山風と称するようになりました。
桃山の代表として、歌舞伎座に唐破風が付けられようとしていた中、完成前にその案が世間に出回っていました。そして、完成前に震災が来てしまった。歌舞伎座の建設は大掛かりだから、完成までに時間がかかるんです。その間に、唐破風を取り入れた銭湯がどんどん出来ちゃった。だから、唐破風の歌舞伎座ができると皆「銭湯みたい」って。本当は歌舞伎座が初めだったはずなのに。だから、かわいそうなんだよ(笑)。
擬洋風の特徴は、この唐破風に加えて「なまこ壁」もそう。油屋の塀もこれです。白と黒の斜めの模様が建築の表面を覆っている様式なんだけど、日本の伝統的な美学からズレてる。だって、京都にはない。なまこ壁があるのは倉敷などの地方です。
唐破風もなまこ壁も、江戸時代に栄えました。そして、日本とヨーロッパが折衷したのが明治時代です。その折衷も、教養のある建築家ではなく町の大工さんがやったというのが、私にとっては面白いことなんです。
マテウシュ・ウルバノヴィチさん(以下、ウルバノヴィチ): 私にとっても油屋はすごく印象的でした。油屋はジブリ作品の中でも有名な建物で、且つ、アニメの全体設定、舞台でもあるんです。物語の80%はその中で起きるので、面白くないといけないんです。
たとえば、外から窓を見た時、「この窓の意味って何だろう」と“謎”が始まる。中の部屋はどうなっていて、誰が住んでいるのか。チムニー(煙突)からボーッと煙が出ていると、何をやっているんだろうと思う。
見る側がそう思えるのは、制作者が建築物の「構造」を理解して、作品を描いているから。例えば、エレベーター一つにしても、ただ箱が動いているだけだと面白くない。それが油屋では、箱の後ろにちゃんと歯車が動いたりとか、ウエイトが上がったり下がったりして箱が上下に動くところまで描かれているわけですね。逆に、油屋のスタッフだけが乗るエレベーターは、材質は木材など、質素に描かれている。舞台造りはすごく大事ですよね。そこにリアリズムが出てくる。
ウルバノヴィチ: 1回観ただけで、「おっ、これ、Aクラス級だね」というのはわかる。イラストレーターなので、自分でそういうものを描きたいと思うから、そういう視点になるのかもしれませんけど。
もう一つ面白いところが、油屋の場合、特別だとは思うんだけど、宮崎さんが水彩でスケッチを描いたりする。そして、水彩の段階で既にだいたいのディテールが全部入っているのが素晴らしい。普通は、その段階でそこまで作り込むことはないです。
そして、仕上げしたものを見ると、スケッチの段階から完成度がさらに上がって、よりリアルになっている。
私は背景美術を描く仕事をしていましたが、何も付いていない壁を描くのが実は一番難しい。何も付いていないから、「描いたら終わり」となるのはそうなんだけど、それだと全然リアルっぽくならない。窓があったり、換気扇が付いていたり、ちょっとした汚れがあったり。あと、以前取り付けられていた看板の跡のシミみたいなのを入れると、急に現実世界っぽくなる。
それがジブリ作品では素晴らしくできているし、実際に中に入ってみた時を想像すると「床はこういう音がするんだろうな」と思わせるところまで、丁寧に描かれているなと思うんです。
藤森: あの家は、和館の横に洋館が付いているでしょ。これは、和と洋を混ぜずに「併置」したということ。その「併置」の観点から草壁家を見るにあたり、まずはヨーロッパやアジアの建築の動きと日本を対比してみると面白い。
イギリスを例に挙げると、ゴシック建築が主流だった15世紀に突然、イタリアからルネサンス建築が伝わるわけ。自分たちの知らないものが入ってきた時、どうしたかというと「折衷」しちゃう。
ルネサンス発祥のイタリアの人からしたら、その「折衷」建設を笑ってしまうかもだけど、これがなかなか良いんですよ。プロの建築家が手がけるから、良いものができるんですが。
教会や宮殿など記念碑的な建造物はこれで良いんですが、一般的な住宅の方は、そう簡単に混ぜられるものではない。ルネサンス建築が入ってきたからといって、すぐにすべての建物の建築様式が変わるわけじゃないんです。だから、街には異なる様式が混在する。
でも、ヨーロッパではキリスト教がベースにあるので、ゆくゆくは統一していくことが可能という特徴があります。
藤森: はい。日本の場合はなかなかそれができませんでした。結局どういうことを日本人はやったかというと、二つは混ぜずに日本館の横に洋館を併置する。
草壁家の「お父さん」は学者で、インテリ。なので、洋館に住むという設定。子どもたち(サツキとメイ)の方はというと、和館に住んでいるわけです。
そして、和館には、「まっくろくろすけ」という「ススワタリ」がいる。黒いシミみたいなものが、壁の上の方を走り回ったり、出たり入ったり。
宮崎さんに、ススワタリについて、「あのお化けはどの地方の話ですか」って聞いた。「あれは俺が考えた」って(笑)。ススワタリは子どもにしか見えない点がポイントです。大人の感覚では見えない。古いものが持っている独特の、人の心に働きかける力というのを宮崎さんはちゃんと知っている。ススワタリは素晴らしいと思いました。
ウルバノヴィチ: ススワタリのことで、僕もこんな話があります。僕たち夫婦は引っ越すことが多くて、だいたい2年ごとに新しい場所に移ります。引っ越しの前にいつもしている慣習があります。それは、一番奥の部屋に箱を置いて、その箱の中にちょっと金平糖を入れるんです。そして、金平糖のところに集まったススワタリのようなものがいれば、「ちょっと入ってくださいね」って。私たちは中を見ないままで箱を閉めて、新しいところにその箱を持っていきます。そうすると、“集まった良いものたち”が一緒に引っ越ししてくれるかもしれないという気持ちを持っています。
この慣習はかなり長く続けているんだけど、きっかけはジブリ作品を見てから。私たちだけじゃなくて、きっとジブリ作品を通して、そういった「新しい伝統」が広がっているのではと思っています。夢の世界だけど、めちゃめちゃリアリズムがありそうな作品ばかりですからね。
ポーランドでは、古いポスターなど美術は日常にあるけど、日本ではアニメや漫画が日常にある。それがすごいなと思ったし、面白いと感じています。
藤森照信(ふじもり・てるのぶ)
マテウシュ・ウルバノヴィチ
1/4枚