地元
「生臭そう…」思い込み覆す手作りレザー 捨てられるあの素材が変身
富山県の港町に、手作業でなめした革製品を手がける職人がいます。訪ねてみると、なんとも高級感漂う財布や名刺入れが出てきました。落ち着いた色合い、独特な模様、柔らかな肌触り……。よく使われる牛革やワニ革でつくったものではありません。男性は「一目で素材が分かる人はほとんどいないと思います」。その正体とは?
富山県西部の港町、氷見市。「氷見の寒ブリ」で有名です。漫画界のレジェンド・藤子不二雄Ⓐさんの生まれ故郷でもあり、晴れた日に日本海の向こうに立山連峰がそびえる光景も魅力の一つです。
そんな海からほど近い場所に、レザー職人、野口朋寿さん(28)の作業場はあります。2018年から市の地域おこし協力隊員として、自ら加工した革を使った商品づくりなどに取り組んできました。昨年、独自ブランドを立ち上げ、この春に隊員を卒業して事業に専念しています。
財布や名刺入れといった商品はすべて、野口さんが魚の皮を加工した「フィッシュレザー(魚の革)」でできています。
「生臭くてもろいのでは」
これまで、何度もそう質問されてきた野口さん。実際に触って、においを嗅いでみると、そんなイメージはすぐに変わります。
「牛革などと同じレザー特有の香りです。魚の皮は元々丈夫なので、なめし加工をすることでさらにしっかりします」
野口さんは生まれ育った高松市の工芸高校で出会った「漆」を学ぼうと、富山大学芸術文化学部に進みました。大学4年生だった2015年、漆と趣味のレザークラフトを組み合わせた卒業制作を考えるなか、「革自体も自分で作りたい」と思うようになりました。
「牛や爬虫類の革は難しい。身近に手に入る鶏皮はどうか」とスーパーに向かいました。ふと「魚でも作れるのでは」と思いつき、ついでにスズキ1匹を買ったのがすべての始まりでした。
調べてみると、かつてアイヌの人たちが、サケやマスで靴や服を作っていたことを知り、「これはいけるかも」と感じましたが、加工のイロハも分かりません。
皮をなめす際に使う「タンニン」という成分が入っているお茶に、魚の身のついた皮を浸してみましたが、「生臭いだけの干物。食べることすらできませんでした」と振り返ります。
そんな時、近所で魚の皮でサンダルを作ろうとしている靴職人と出会います。一緒に革工場を見学し、ネットで情報を探し、知恵を出し合いながら一つ一つの工程を探っていきました。試行錯誤の後、腐らない、臭くないフィッシュレザーを仕上げ、卒業制作では漆と組み合わせたベストを披露しました。
もっと使いやすい革を作りたい――。卒業後にいったん富山を離れてからも試作を続けていた野口さんに、「何か商品が作れないか」という思いが芽生えてきました。
そんな時にたまたま見つけたのが、富山・氷見の地域おこし協力隊の募集でした。
材料となる皮は、近くの魚屋にもらいにいきます。受け取ったバケツには、ブリやクロダイなどの皮がびっしり。
本来は捨てられるものですが、野口さんが丁寧に脱色、なめし、染色を施すことで立派なフィッシュレザーに生まれ変わります。
身と脂の残った皮が、フィッシュレザーに生まれ変わるまで約1カ月。すべて、野口さんが手作業で仕上げます。
まずは、身と脂を一枚一枚、包丁でこそぎ取っていきます。腐らないように3日ほど塩漬けにした後、大きめのミキサーを使って漂白、脱色。うろこ模様はあるものの、一目では何の皮かわからなくなります。
次は、なめしの工程。野口さんは環境へのダメージが少ないタンニンなめしにこだわります。
タンニンの粉を溶かした水に皮を何度も浸し、約1週間かけて皮に強度と伸縮性をもたせます。
その後、肌触りを良くするためにオイルを染みこませ、染色を施してようやくフィッシュレザーができあがります。
野口さんが心がけるのは「生命の恵みを無駄にしない持続可能なものづくり」。ブランド名は「魚々(とと)と私たちが共存する未来を創っていく」との意味を込めて「tototo(ととと)」と名付けました。
注文は、名刺入れを中心に少しずつ増え、最近では在庫が足りなくなることもあるといいます。
さらには、県外の複数の水産加工会社から「捨てる皮をどうにかできないか」と相談されたり、革を扱う会社などからフィッシュレザーの提供を求められたり、時計会社からコラボのオファーが来たりと、思わぬ仕事も舞い込むように。
「手いっぱいの状態。でも、こだわってやってきたので、興味を持たれるようになってうれしい。エコな素材という認識がさらに広まってほしいです」
最初は「もの作りが好き」というシンプルな動機と、「うろこ模様の面白さ」への興味から始まったフィッシュレザーづくり。自分が納得できるものを目指すうちに、社会とのつながりや活動の意義に考えを巡らすようになったそうです。
「より良い品を安く提供すること自体は間違っていないと思います。でも、ものにあふれている今、これまでと同じものづくりを続けるべきではないと思うようになりました」
フィッシュレザーは一つ一つ模様が違い、その美しさは「自分たちにはどうしようない、自然が生んだ一点物です」。
そんな海の恵みをムダにしたくない、少しでも環境に優しいやり方に徹したい、と野口さんは言います。そのぶん手間がかかり、値段も高めになってしまうけれど、「そこを大切にすることで、心が豊かでいられる気がするんです」。
野口さんは、そんな思いの輪が広がることを願っています。
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