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連載

#11 #啓発ことばディクショナリー

「優言実幸」ペップトークって何? パワハラ対策で企業が続々導入

働き手を励まそうとする「前向き思考」

前向きな言葉で、労働者相互の信頼感を高め、働きやすい環境をつくる――。そんな効果があるとされる「ペップトーク」を、企業が採り入れています(画像はイメージ)
前向きな言葉で、労働者相互の信頼感を高め、働きやすい環境をつくる――。そんな効果があるとされる「ペップトーク」を、企業が採り入れています(画像はイメージ) 出典: Getty Images

目次

「人材」を「人財」と書き換えるなど、労働の価値を演出する造語は少なくありません。こうした表現に通ずる、米国発祥のコミュニケーション技法があります。短いフレーズで相手を励ます「ペップトーク」です。新たな挑戦に臨む人に対し、その力を最大限発揮できるよう、前向きな言葉を投げかける会話を指します。人間関係の改善に役立つとして、国内企業も採り入れ始めています。しかし、ポジティブに働くことの強要につながり、働き手を追い込む恐れはないのでしょうか? ペップトーク普及に取り組む第一人者とのやり取りから考えます。(withnews編集部・神戸郁人)

プレモルと絶品プリン。withnewsチームが見つけた共通点とは(PR)

米国のスポーツ界発祥

日本ペップトーク普及協会によると、ペップトークは米国のスポーツ界発祥です。試合前に指導者が選手を激励する、簡潔なスピーチを指します。1992年のバルセロナ五輪で、バレーボール日本代表に同行したトレーナー・岩﨑由純さんが国内で導入しました。

現在、同協会代表理事を務める岩﨑さんに、その本質について尋ねました。

「ポジティ語変換」という技術

――ペップトークとの出会いと、魅力を感じた点について教えて下さい。

日本体育大を卒業後、けがした選手を支えるアスレチックトレーナーになりたいと考えました。そのため、1982年に米国・シラキューズ大学院に留学し、体育学を専攻します。様々なスポーツチームに帯同しつつ、選手をケアする術も学びました。

ペップトークを知ったのは、同大学院のアメリカンフットボールチームでの活動中です。試合前、監督が選手たちに短い声掛けをしたのですが、驚くほどシンプルな内容だった。まだ英語がおぼつかない私でも、内容を十分理解できました。

米国には、多種多様な市民がいます。人種、出自、経験、育ち、人によって全く違う。どのような立場の人でも分かり、やる気が出るよう構成された訓話がペップトークです。その点に感動し、手練れとされる指導者たちの話し方を研究しました。

――具体的に、どういったことを話すのでしょうか。

ペップトークの「ペップ(pep)」とは、「元気」「活力」といった意味の英単語です。個人を活気づけるためのステップが四つあります。事実を受容し、捉え方を変え、相手にして欲しいことを言語化し、背中を一押しする、ということです。

ある団体競技の、決勝大会での一幕を想定してみましょう。対戦先である強豪チームと、圧倒的な力量差があったとします。その現実は受け入れるしかありません。その上で監督は、メンバーにこう伝えられるのではないでしょうか。

“みんなわかっている通り、相手の方が強いだろう。いま我々にできるのは、今日までに培ってきた体力・技術でベストを尽くすこと。それだけだ。全力が出せれば、スコアボード上の結果は関係ない。君たちは自分への勝利者だ”

「ミスしたら許さん」「最高の仕事をしてこい」。どちらの声かけをされるかで選手の士気は大きく変化します。失敗をイメージさせない言葉で、事実を前向きに捉え直す。この過程を「ポジティ語(ポジティブ+語句)変換」と呼んでいます。

日本ペップトーク普及協会代表理事の岩﨑由純さん
日本ペップトーク普及協会代表理事の岩﨑由純さん 出典: 本人提供

働き方を巡る変化にマッチした

――ペップトークについて、企業関係者向けに講演していると聞きました。どのような点で受け入れられているのでしょうか。

近年、暴力を含むパワハラの規制が厳しくなっています。まだまだ上意下達の企業も少なくない中、言葉選びを変えるだけで、状況に風穴を開けるきっかけになり得ます。大企業から消防学校まで、業界の枠を越え、様々な職場からお声がけをいただいてきました。

中央労働災害防止協会に招かれ、職場に活気をもたらすペップトーク活用法を伝えたこともあります。働き手の安全を守る手立てと解釈されているのかもしれません。

――著書などで、バブル崩壊以降に経済成長が鈍化したことも、需要増の遠因と指摘していますね。

企業に体力があった頃には、何百人もの新卒者を受け入れる組織もありました。しかし今は、才能や能力を見極めた上で労働者を採用する時代です。心を病むほどつらい働き方をしてまで一つの会社にしがみつく人も、従来より減りつつあります。

こうした中、減点方式の人事評価を、加点方式に切り替える企業は少なくありません。社員が好きなこと、得意なことを見つけ出し、力を引き出していく。そんなやり方が好まれる状況に、ペップトークの性質がマッチしたということでしょう。

――実際のところ、企業側はペップトークをどのように捉えているのでしょうか。

ある運送事業者向けの講演会で、ワークショップを行ったことがあります。出席した支店長たちに、部下への声かけの内容について話し合ってもらう、というものです。当初は「事故を起こすな」などの文言が目立っていました。

それが「お客様からお預かりした貴重なものを、無事お届けするのが責務です」など、肯定的な表現にしようとの意見が出てきたんです。企業風土を変え、上司と部下の関係性を見直す。具体的なソリューションとして求められていると思います。

講演する岩﨑さん
講演する岩﨑さん 出典: 本人提供

言葉で幸せを引き寄せる営み

――前向きな言葉は、社員同士の交流を円滑化します。一方で企業幹部にとっては、部下の管理がしやすくなる面もあります。長時間労働などの慣行が残っていても「うまくいっている」との雰囲気を生み、問題の放置につながるのでは?

ペップトークで事実の解釈を変換し、相手の行動を変えるためには、納得感が重要です。「なるほど、そういう考え方もあるね」「それならできそうな気がする」。そのように思ってもらって初めて、やる気を引き出すことができます。

そしてやる気とは、賞罰を与え、無理やり起こすべきものではありません。「もっと売り上げを伸ばしたい」「いい仕事がしたい」などの感情がなければ生まれない。

つまり内発的な動機付けができるかが勝負であり、相互の信頼感と敬意が不可欠なのです。

――とはいえ働き手に前向きであることを求め過ぎれば、プレッシャーになり得ます。岩﨑さんは、仕事上のミスの原因を自分に求める「自己責任型人材」の重要性も説いていますね。こうした考え方は、労働者を追い込む方向に働きませんか?

例えば、ある社員の仕事に不手際があったとします。その時、上司が「何でこんなことをした」と問うと、部下を潰すことになる。「君がミスについて一番わかっている。他の皆が同じ轍を踏まない方法を、全員で考えよう」と伝えるべきです。

過去の不注意に着目するのではなく、「今後どうするか」と未来に照準を合わせる。それもまた、ペップトークの大切な考え方です。

失敗を誰かのせいにしない人は、他者の失敗も容認できるもの。自己責任型の思考は、問題解決型の思考でもあります。

――むしろ、相互扶助的な職場をつくるきっかけになる、と。

そうですね。以前、ペップトークのシンボル的な標語として、「優言実幸」という四字熟語を考えました。「有言実行」を「優しい、または優れた言葉で実る幸せ」との意味合いで書き換えた語句です。

これは、言葉で相手の幸せを引き寄せる営みとも表現できます。

現実を見据え、自分の能力や立ち位置を確認する。そこから、どちらの方向に踏み出すか考える。その起点となる「ゼロポジション」へと個人を導き、送り出す助けとなるのが、ペップトークだと考えています。

ペップトークは、相互扶助的な職場の雰囲気づくりに役立つ――。岩﨑さんは、そう語った(画像はイメージ)
ペップトークは、相互扶助的な職場の雰囲気づくりに役立つ――。岩﨑さんは、そう語った(画像はイメージ) 出典: Getty Images

「報われなさ」への対応も忘れないで――取材を終えて

働き手一人ひとりの情熱を信じれば、やる気を引き出すことはできる――。

熱弁する岩﨑さんの言葉からは、明確な信念を感じました。講演の依頼主として、有名企業の名を数多く上げていた点も印象に残っています。ぶれないリーダーの姿勢から、組織を活気づける術を学びたい。そう考える経営者が多いのでしょう。

前向きに仕事をするための環境は、社員の企業への定着率などに直結する要素です。ペップトークが職場に与える影響は大きいと思います。一方、労働のポジティブさが強調されすぎると、かえって働き手を苦しませる恐れもありそうです。

今年10月初旬、「今日の仕事は楽しみですか」と書かれた企業広告が、JR品川駅に登場しました。「働く人々の感覚とかけ離れている」。記載の文言について、ネット上では批判が相次ぎ「炎上」。広告は公開翌日に撤回されています。

【関連記事】品川駅〝ディストピア〟広告「内輪感」の罪 常見陽平さんと考えた

経済の低迷ぶりは、市民の生活を直撃しています。諸外国と比べ実質賃金が伸び悩むなど、労働の強度と対価が釣り合わない状況が、なかなか改善されません。いわば仕事を巡る「報われなさ」が、広告への反発を招いた一因だと考えられます。

自らの仕事で暮らしが上向く実感を、多くの人々が共有できる。ペップトークがもたらす「問題解決型」思考は、そんな社会の実現に役立つかもしれません。働きにくさの原因を、根本的に改善するための助けとなるよう、期待したいと思います。

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