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品川駅〝ディストピア〟広告「内輪感」の罪 常見陽平さんと考えた

「個人の努力を吸い上げる」企業の現実

JR品川駅に突如出現した、「今日の仕事は楽しみですか」と書かれた広告。労働者から不評を買ったのは、なぜか。常見陽平さんと考えてみました。
JR品川駅に突如出現した、「今日の仕事は楽しみですか」と書かれた広告。労働者から不評を買ったのは、なぜか。常見陽平さんと考えてみました。 出典: アルファドライブのプレスリリース

目次

「今日の仕事は楽しみですか」。そんな煽り文句があしらわれ、JR品川駅構内に掲示された広告が、ネット上で「炎上」しました。日本人の働き方に詳しい、千葉商科大准教授の常見陽平さんは、いわゆる「意識高い系」ビジネスが醸し出す「内輪感」が、象徴的に表れた事案と分析します。労働者たちの反発を招いたメッセージから、どんな教訓がくみ取れるのか? 常見さんに尋ねてみると、幸せな仕事のあり方について考えるヒントが見えてきました。(withnews編集部・神戸郁人)

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一日で撤回に追い込まれた広告

品川駅の広告が、構内のコンコースに登場したのは、10月4日のことです。通路沿いに設置された数十台のディスプレーに、「今日の仕事は楽しみですか」と書かれたデジタルサイネージコンテンツが、一斉に表示されました。

同日中に、関連写真がツイッター上で拡散。「〝ディストピア〟感が満載」「働き過ぎて追い込まれた人々の〝最後の一押し〟になる」などの批判が巻き起こります。広告を揶揄する目的で文面を差し替えたコラージュ画像も出回り、一時騒然となりました。

広告を制作したのは、経済系メディア「NewsPicks」の法人事業を担う企業アルファドライブです。「ビジネスの『楽しみ』をデザインする」として打ち出した施策でしたが、「当駅利用者の方々への配慮に欠く表現だった」と謝罪。翌5日に広告を取り下げます。

急転直下の事態に、ネットでは「言葉が軽すぎる」といった声も上がりました。

10月4日付け日経産業新聞に掲載された、アルファドライブの新聞広告。品川駅構内に登場した広告と同じデザインだ。
10月4日付け日経産業新聞に掲載された、アルファドライブの新聞広告。品川駅構内に登場した広告と同じデザインだ。 出典:アルファドライブのプレスリリース

従来の労働礼賛型メッセージとの違い

「広告を通して伝えたいことと、世間の価値観のズレが顕在化した事例だと思いました」。常見さんは、一連の騒動について、受け止めを語ります。

一企業の広告が、否定的な評価を集中的に受けたのはなぜだったのでしょう? 常見さんによると、労働を礼賛する従来型メッセージとの、根本的な違いが影響しているといいます。

「働くことを肯定する標語自体は、世の中にあふれています。例えば人材紹介業大手のパーソルキャリアは、『はたらくを楽しもう』というスローガンを掲げている。様々な意見はあっても、一種のかけ声として解釈できる内容です」

「ただ、いくら仕事が好きでも、つらい場面はあります。お医者さんが患者にガン宣告をしないといけない例とか、勤め先の経営悪化で他業種の企業に出向し、意に沿わない業務に従事する必要性が生じたとか」

「そうした人々に対し、『今日の仕事は楽しいですか』と問いかけるのは配慮不足です。その意味で、他の標語と意味合いが異なります」

千葉商科大准教授の常見陽平さん
千葉商科大准教授の常見陽平さん 出典: 朝日新聞

「生きがいのため働く」は減少

そもそも、仕事を特別視する人々の割合は漸減傾向です。

内閣府の「国民生活に関する世論調査(令和元年度版)」中、働く目的について聞く項目で、「お金を得るために働く」と答えたのは全体の56.4%。前回(平成30年度)の53.9%から増加しました。一方、「生きがいを見つけるため働く」との回答は、同期間に18.6%から17.0%にまで下がっています。

こうした状況に、新型コロナウイルスの流行が拍車をかけたと、常見さんは指摘します。医療や介護、生活必需品を扱う小売業といった現場で働く「エッセンシャルワーカー」らが、低賃金で重労働に動員されている現状などが、改めて可視化されたからです。

「世の中には、職務の重さと対価が釣り合わない仕事もあります。厳しい現実が浮き彫りになり、堅実にお金を稼ぎたいと考える層が厚くなっているのです。『仕事が楽しくてしょうがない』という態度は、ややもすると、こうした人々を見下すものとなりかねません」

「『今日の仕事は楽しみですか』と労働者に尋ねる感覚は、広告を打った側にとって自明なのでしょう。しかし、その『内輪感』を表に出す判断は、時代の変化を捉え損なったものです。率直に『ダサい』と言わざるを得ない、と感じます」

4度目の緊急事態宣言が出た朝の品川駅構内コンコース。足早に通勤する人たちであふれている=2021年7月
4度目の緊急事態宣言が出た朝の品川駅構内コンコース。足早に通勤する人たちであふれている=2021年7月 出典: 朝日新聞

社員総会並みに内向きな内容

更に、PRの方向性にも課題があったと考えられるかもしれません。

常見さんいわく、PRとは社会と顧客の役に立ってしかるべきです。しかしアルファドライブのプレスリリースによると、同社の広告は、自社事業の刷新に伴うブランドメッセージ発信が主眼となっています。いわば「決意表明」の趣が強いのです。

このため、非常に内向きな内容に留まってしまったと、常見さんは喝破しました。

「今回に限らず、企業側のエゴが透けて見える情報は、広告に掲載されています。今年3月、Yahoo!JAPANを運営するZホールディングスとLINEが経営統合しました。その際、『やるんだ。AIの力で』などと書かれた新聞広告を発表しています」

「うがった見方ですが、言葉を広く届ける気持ちがないのでは、と感じました。新サービスのローンチ(開始)や、ビジネス統合といった事柄は、社員総会で語るべき話です。世間から幅広い共感を得るための媒体である広告にはなじみません」

【関連リンク】電通・博報堂がワンチームで制作、ヤフーとLINE経営統合の新聞広告(AdverTimes./宣伝会議)

なお、アルファドライブの広告が公開された品川駅は、一日に平均20万人超が利用する主要ターミナルです(2020年度実績・JR東日本調べ)。同社の価値観に共鳴する人物へと、効率的に主張を伝えられる場ではありません。

その点で、情報の受け手を念頭に置いたコミュニケーション戦略が、果たして適切に構築されていたのかも、問い直されるべきだと言えそうです。

記者会見で写真撮影に応じるZホールディングスの川辺健太郎社長(左)とLINEの出沢剛社長=2019年11月
記者会見で写真撮影に応じるZホールディングスの川辺健太郎社長(左)とLINEの出沢剛社長=2019年11月 出典: 朝日新聞

社会の虚飾がはがれた2010年代

論点が多岐にわたる、「今日の仕事は楽しみですか」広告のあり方。読み手の反応の背景を掘り下げれば、労働を巡る「努力」と「成功」に対する、社会的認識の変容ぶりが浮かび上がると、常見さんは付け加えます。

「先述したように、ウイルス禍で多くの人々が日常の厳しさ・尊さを実感しています。例の広告に対する反発の強さは、そうした状況を示すものです。見方を変えると『頑張れば報われる』という考えが成り立たなくなっているとも言えます」

常見さんによると、2000年代の社会は、今と様相が異なっていました。立身出世の方法論を説くビジネス書が流行り、会社の枷を外す「自由な生き方」を標榜した起業家ブームも到来。キャリアアップを志向する「自分磨き」が盛んになりました。

時代の空気に触発され、勉学や人生経験の蓄積よりもセルフブランディングなどに勤しみ、前のめりに生きる若者を、常見さんは「意識高い系」と批判しました。

しかし一連の文化は、東日本大震災が起きた2010年代を境に、段々と影を潜めていったといいます。

「それまでは『企業の一部上場を果たす』『億単位の仕事をする』など、いかにも大きな成功をよしとする風潮が残っていました。しかし震災や不況を通して社会情勢が変わり、『頑張ってもダメかもしれない』という雰囲気が広がっていきます」

「例えば、大企業に会社を売ってエグジットする(企業の創業者やファンドが、自社株式を売却するなどして利益を得ること)という行為に、『虚業では?』との疑問が差し挟まれる余地が拡大した。内実を伴わない『茶番劇』と距離を置く動きが強まったのです」

紀伊国屋書店新宿本店のビジネス本の書棚 =2009年4月
紀伊国屋書店新宿本店のビジネス本の書棚 =2009年4月 出典: 朝日新聞

個人の努力を吸い取る企業

地道な努力を重んじるスタンスは、これまで以上に社会に浸透しつつあると言えます。反面で、働き手個人を守るシステムの整備が、道半ばであることも事実です。

国は労働法制の改善を図り、残業規制や副業解禁、社員のフリーランス化などに乗り出し始めています。一見すると働き方の多様化につながりそうです。しかし常見さんは「労働者側に十分な裁量が認められているとは言いがたい」と語りました。

「いわゆる働き方改革では『ワークライフバランスの実現』などがうたわれています。ただ副業を例に挙げれば、むしろ労働時間を増やすのです。しかもフルタイムで雇うより安い額で働き手を使い倒せてしまう。結局、企業が得する仕組みです」

「ウイルス禍が明らかにしたように、そもそも副業どころではないという人も少なくありません。働き方・休み方の格差は、ますます開いているとさえ思われます。『労働とは何か』『努力のリターンはどこにいくのか』を問題にすべきでしょう」

オフィスの電気が消えた電通本社ビル(中央)。若手社員の過労自殺事案を受けて、同社では午後10時以降の残業が禁止された=2016年10月
オフィスの電気が消えた電通本社ビル(中央)。若手社員の過労自殺事案を受けて、同社では午後10時以降の残業が禁止された=2016年10月 出典: 朝日新聞

「働く理由」を自分で見つける

労働と努力を、個人の手に取り戻すためには、何が必要なのでしょうか? 常見さんに尋ねてみると、「小さな革命」という言葉が返ってきました。

「『仕事で自己実現せよ』とは1980~90年代に広がった考え方です。しかしウイルス禍を始めとする様々な要因で、もはや安全・安心な暮らしという大前提が崩れてしまった。だからこそ、お金のために働くことを否定してはいけません」

「誰にも言わない、自分だけの働く理由を見つけることは、状況を変える第一歩になるでしょう。借金の返済、子どもの塾代や養育費の調達。何でも構いません。他人や企業に吸い取られない努力を、粛々と続ける。それが『小さな革命』です」

経済が低成長の時代においては、とかく労働のやりがいが強調され、賃上げなど実利を求める人々に冷ややかな視線が注がれがちです。そんな環境にあって、常見さんの提案は、仕事に臨む気構えを整えるための、大切な視座を与えてくれます。

そして「今日の仕事は楽しいですか」という広告のメッセージを、私たちの溜飲を下げる「口撃」の標的とするのではなく、幸せな働き方を考えるためにこそ、かみしめるべきことであるように思われました。

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