連載
#13 地デジ最前線
「片道切符で佐賀に」元IT社員が県庁で取り組んだ泥臭いデジタル化
2021年9月に発足したデジタル庁が掲げる政策の目玉は、地方自治体のDX(デジタルトランスフォーメーション)推進と、基幹系システムなどの統一・標準化です。後者については、2025年度末までに実現を目指しています。
「これは生半可な気持ちでできるものではありません。デジタル庁には相当な覚悟が必要」
こう語るのは、かつて佐賀県でCIO(最高情報統括監)を務め、現在は全国の自治体のIT戦略などを支援する、キャリアシフト代表の森本登志男氏です。自身が佐賀県で取り組んだデジタル化と、それに伴う多大な苦労の経験から、そのハードルの高さを指摘します。(ライター・伏見学)
「デジタル庁が青写真を描いて、これまで国がやってきたように、47都道府県に下ろして市町村を巻き取るという方法では機能しないでしょう。主戦場は、基礎自治体(市区町村)であり、しかも、デジタル推進課といった管理部署ではなく、住民、福祉、医療、産業などの原課(現場の担当課)でのデジタル化なのですから」
過去に森本氏も同様の経験をしました。佐賀県内の市町村が基幹情報システムを共同利用する、いわゆる「自治体クラウド」の構築を進めたときのこと。各市町村の情報担当部門を集めて取り組みへの参加を呼びかけたものの、各市町村サイドで現場の担当課の賛同が得られず、市町村間の調整にさえ至れない状況だったといいます。
「最終的には隣接する4つ、5つの市町村が自発的にまとまったグループでの共同利用を進めていきました。その結果、自治体クラウドに参加する自治体の比率では全国トップになったほか、例えば、唐津市および玄海町では基幹系システムのコストを50%以上も削減しました。ただ、それでも20市町村を完全に1つに束ねることはできませんでしたから」
各市町村の管理部門、さらには首長含む幹部職員に対して、共同利用のメリットを解き、県庁と市町村の情報担当部門が一緒になって、多くのメーカーを呼んできては各市町村の原課職員に対して、展示・説明会を開くなど、現場に対する啓蒙や普及を徹底しました。そういう苦労を伴っても、何とか4~5市町村ごとに共同化するのが精いっぱいだったといいます。
このたびデジタル庁が挑むのは、全国1700を超える自治体のシステム標準化です。それを成し遂げるためには、予算や法整備、技術論でも理想論でもなく、組織風土の変革に向けた「覚悟」が何よりも不可欠だと森本氏は強調します。
森本氏は日本マイクロソフトを経て2011年から5年間、佐賀県のCIOとして数々の改革を進めました。先述した市町村システムの共通化もその一つ。中でも最大の功績は、県庁でのテレワーク導入です。
4000人の全職員を対象としたもので、出先やサテライトオフィスなどでのモバイルワークの利用は年間で約16万回に上り、コロナ前でも1カ月に16%の職員が在宅勤務を実施しています。当時は、民間企業でもまだテレワークの実践は少なく、大きな話題を呼びました。
実は佐賀県では2008年に在宅勤務制度を作ったものの、利用する職員はほとんどいませんでした。理由は、制度を作ったのみで本気で普及させる工夫をしていなかったから。上述の全庁へのテレワーク導入を企画した際には、抵抗勢力が多数湧いて出てきました。
森本氏はそれをどう打ち砕いていったのでしょうか。とったアプローチは大きく2つです。
一つは、「粘り強いコミュニケーション」。鍵を握る各部署の管理職を相手に、部下と一緒に情報を集め対策を練り、しつこいくらい何度も対話をし、納得まで導きました。対話というよりも、カウンセリングだったと森本氏は振り返ります。
「テレワークなんて絶対にできるわけがないという人たちに対して、とにかく会って話をしました。当然、1回で終わることはないです。多い人で7回も説明に行きましたよ。禅問答になったり、時には怒鳴り合ったりもしました」
現場の担当者に対しては、3~4人でチームを組み、県庁の全ての部署を巡回したそうです。毎日3カ所ほど回っては、「業務でのお困りごとはないですか」「テレワークを導入したらこういうことができますよ」などと、現場の声を拾い集めるとともにカウンセリングを行いました。
実際、同じようなことを、冒頭で触れた自治体クラウド構築の際にも行いました。「関係者とともに、今日は○○町の日、今日は△△市の日と、一つ一つ市町へ説明して回りました」と森本氏は振り返ります。
もう一つのアプローチは、「ロジカルに攻めること」。感情だけでなく、人が動くには、納得感や説得力が必要です。とにかく現場の業務実態などを調査して数値化したり、ヒアリングしたりして、具体的な課題をリストアップしました。それに対して、一つ一つ解決策を練り、提示したそうです。
「新しいことを覚えたくない、変えたくない、今のままでも業務が回っている、デジタルにしたらセキュリティが心配、サービスが止まったらどうする、高齢者が使えないなどと、やりたくない理由が山のように出てくるわけです(笑)。私はそれと対峙しました。想定し得るすべての課題とその解決策を並べて、『さあ、これ以上の課題を出してみろ』と。ホワイトボードなどを使い、納得してもらうまでロジカルに説明しました」
森本氏がそこまでできた理由は何だったのでしょうか。それは覚悟にほかならないと言います。
「会社を辞め、片道切符で佐賀県に来たわけです。ここで成果を出さなければ次の仕事はありません。人生がかかっているんです。やるしかないですよ」
悪戦苦闘の末、2014年10月、佐賀県の職員4000人がテレワークを実施できる体制が整いました。在宅勤務だけでなく、県内13カ所に設けたサテライトオフィスの活用なども進みました。結果もついてきました。例えば、職員が出先から県庁へ仕事を持ち帰って対応する回数は月に49%減、移動中など隙間時間の活用は約3倍も増えたそうです。
それから10年、今や佐賀県庁では当たり前のようにテレワークが根付いています。コロナ禍で森本氏はそれを実感したといいます。
2020年4月、全国を対象に緊急事態宣言が発令となり、民間企業も公共機関も「出勤7割減」というお達しが出ました。ただし、大半の自治体はテレワークの環境が整っておらず、実態は在宅勤務ではなく「自宅待機」になっていたといいます。
総務省の調査によると、2020年10月1日時点で、テレワークを正式に導入している都道府県は51.1%、市区町村だと、101人以上の自治体で3.6%、100人以下で0.8%という数字が出ています。
そうした中で佐賀県は、突然の緊急事態宣言にも慌てることはなかったといいます。森本氏が佐賀県の職員に尋ねたところ、「出勤のシフトを組んで終わりでした」と一言。
「私が佐賀県を去り、今ではCIOというポジションもありません。行政では通常、人が異動したり、予算が切れたりしたら、そこで終わってしまうものです。しかし、佐賀県はそうなりませんでした。なぜならすでにテレワークの文化や、それを実行する仕組みができあがっていたからです」
ただ、こうした背景には、10年以上の改革があったからこそ。デジタル庁は、全国の自治体システムの標準化を3年くらいでやろうとするのです。森本氏は、努力目標とせず、大臣が強権を発動するくらいのレベルで挑んだとしても、はたして実現できるのだろうかと語気を強めます。
「どうせうまくいかないし、うちは対応しなくてもいいと達観している市町村の情報担当部門はたくさんいると思います。国のリーダーである首相やデジタル庁の大臣が覚悟を見せなければ、地方は動きません。その覚悟とは何か。例えば、従わない自治体には地方交付税交付金などを出さないなど、それくらい腹をくくらないと。小手先のテクニックではどうにもならないです。それをせずにのらりくらりとやっていても、また同じ過ちを繰り返します」
もちろん、自治体側も変わらなければいけません。「できない」理由を延々と述べるのではなく、民間から本気で学ぶ、課題を修正する意識を持たねばならないと森本氏は解きます。
「デジタル庁で、民間から来ている職員の業務に関する指摘に対して、行政だとできないんだよねという一言で終わらせていませんか。おかしいと指摘された点をきちんと検証していくべきです。デジタル庁でそれをやらないで、地方自治体がやるわけがないです。そうでなければ、デジタル庁に200人の民間出身者を集めた意味がありません」
日本がデジタル化を進めるには、コロナが千載一遇のチャンスだと森本氏は強調します。逆に、今を逃せば、もうチャンスはないと言い切ります。
逆に、この機会を生かして、実行すれば成果は必ずついてくるといいます。佐賀県がそうだったからです。
「公務員は頭がいいから、仕組みを作ってあげれば、自走できるようになります。都道府県の規模であれば、毎年数百人単位がデジタルスキルを身に付けていき、それがミルフィーユの層のように積み重なっていくのです」
もっぱら本業以外の話題が先行し、出鼻をくじかれているデジタル庁ですが、行政サービスのデジタル化が進めば人々の生活の質が高まることは間違いありません。期待する国民も決して少なくないはずです。デジタル庁のここからの挽回を信じたいです。
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