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連載

#14 地デジ最前線

スマートシティ進める会津若松、東日本大震災後「アナログ」な道のり

ICT関連産業の集積地となった「スマートシティAiCT(アイクト)」=福島県会津若松市
ICT関連産業の集積地となった「スマートシティAiCT(アイクト)」=福島県会津若松市

目次

地デジ最前線
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2011年の東日本大震災後、産官学が連携してスマートシティへの取り組みを進める福島県会津若松市。ICT(情報通信技術)という武器を使いながら市民のニーズをすくい、改善に動いていく試みは大きな注目を集めています。なぜ会津若松市が、スマートシティを目指したのか? ライターの我妻弘崇さんが現地を取材すると、スマートとは対照的なアナログかつ地道な足跡の先に、いまがあることが見えてきました。

半導体の街に会津大学、そして震災

会津若松市の象徴である鶴ヶ城。その目と鼻の先に、「スマートシティAiCT(アイクト)」はある。2019年、ICT関連産業の集積地となるべく開所し、現在では、首都圏企業を含む計37社が入居。今年8月からは満室状態となっている。

スマートシティとは、ICTなどを駆使して、都市や地域が抱えるさまざまな課題の解決する取り組みを意味する。端的に言えば、スマホをはじめとしたICTを使って、地域の課題を解決し、住民の暮らしを豊かに、便利にするというものだ。

「会津若松市はすでに市内に拠点を移されている企業が多数あり、実行できるだけの力が備わりつつあります。相当手ごたえを感じています」

そう話すのは、会津若松市スマートシティ推進室・室長の本島靖さん。10年にわたって蒔き続けた種が実り始めたことを受け、今春、会津若松市は企画政策部の企画調整課内に、あらたにスマートシティ推進室を創設した。

「スマートシティの取り組みは、東日本大震災後の復旧復興と、多くの地方自治体が抱えているだろう人口減少の問題。二つの観点から、いかにして地域を活性化していくかというところから始まりました」

会津若松市役所スマートシティ推進室・室長の本島靖さん
会津若松市役所スマートシティ推進室・室長の本島靖さん

本島さんが説明するように、同市のスマートシティ構想は東日本大震災が発生した2011年を濫觴とする。その源流をさらにたどると、なぜICTを駆使した街づくりに着眼点を置いたのか合点がいく。

「この地域は、昭和40年代に富士通の工場を誘致し、大きな工場が複数稼働していました。富士通の半導体工場によって、地域経済が牽引されていたところが多分にあります。そして、平成5年(1993年)にコンピューターサイエンスの専門大学である会津大学が開学しました。同大学は、コンピューターの専門人材を輩出するという意味では、国内でもっとも大きい大学です」(本島さん)

こういった素地がある中で、東日本大震災が発生する。復旧復興と地域活性が急務となったことで、会津若松市のスマートシティ構想も熱を帯びていく。そのタイミングで現れたのが、のちに協定を結ぶことになる、システムの開発やデジタルサービスを行うITコンサル企業アクセンチュアだ。

被災地復興のため、アクセンチュアも復興支援チームを立ち上げていた。どこに拠点を開設するか。注目したのが会津若松市だった。アクセンチュアの海老原城一氏と中村彰二朗氏による共著『Smart City 5.0 地方創生を加速する都市OS』には、次のように綴られている。

中心の都市部と周辺の限界集落という風景は、まさに会津若松市をハブとして近隣自治体が連携している「コンパクトシティ」のイメージそのものだったのだ。

12万人いう人口規模も、実証実験をするにはちょうど良い。日本の人口の1000分の1モデルは、「スモールステップ、ジャイアントリープ(小さく始めて、大きく育てる)」に向いている。

「アクセンチュアさんが、スマートシティの話を持ってきたことで、取り組みが始まったと言われるのですが、そうではありません」。そう本島さんが話すように、それぞれが描きたいと考えていたデザインを、共有できるだけのキャンバスが会津若松にはあった。

課題があるから道具は使われる

こうして、会津若松市とアクセンチュア、そして会津大学による産官学の取り組みは、本格的に動き出すことになる。2012年には、「会津若松スマートシティ推進協議会(現 会津地域スマートシティ推進協議会)」が設立された。

同市のスマートシティ構想は、健康や福祉、教育、防災、エネルギー、交通、環境など、様々な分野で、ICTを活用したデジタル化を進めると掲げている。だが、はじめから多くの領域に手を伸ばそうものなら混乱をきたしてしまう。まず、取り組んだのは「エネルギー」、市民にとって身近な電力の“見える化”だったと述懐する。

「当時、原発事故の影響で原発が止まってしまったことを受け、国内の電気をどう維持するかに大きな関心が生まれていました。そこで会津若松市内では、電力の消費状況をモニタリングできるHEMS(ヘムス)と呼ばれる専用機器を取り付け、見える化に取り組みました。600世帯に協力いただき実証実験をしたところ、見える化をするだけで27%ほど電力消費を抑えることがわかった。ICTとデータを活用するだけで、わかりやすく結果が出る。我々も手ごたえを覚え、積極的にデータを集積していくようになりました」(本島さん)

驚くべきは、これらのビッグデータの収集は、市役所の職員がフィールドワークよろしく、地道に拾い集めていったという点だ。本島さんの右腕であり、スマートシティ推進室が創設される以前から同市のスマートシティ構想を担当している主任主事・高橋俊貴さんが説明する。

「地理情報システムのGISを活用し、実際に市民の人がどこに住んでいて、どんな属性なのかを可視化しました。住民票を記録するだけでは、世帯数など表面的な数字しかわかりません。しかし、この地域には単身の高齢者が多い、介護を必要とする家族が多いという具合に、地域を属性で視認できるようにデータベースを作ると、たとえば現行のバス路線は最適ではないのではないか、といったことが見えてきた。集積したデータから現在の状況を見直すことで、実際に収益率も改善しました」

地域を属性で視認できるようにデータベースを作成(※住民ポイントはサンプルです)
地域を属性で視認できるようにデータベースを作成(※住民ポイントはサンプルです)

また、こういった積極的な姿勢が生まれた背景に、いわゆる地域の復興予算の存在が大きかったと教える。

「震災後、被災地域の ICT化を支援するといった支援メニューがとても増えました。先述したように会津若松市ではデジタルを活用した街づくりをしたいという素地があった。いろいろなアイデアが各部署からわき出てくるのですが、予算の都合上まとまらず事業化にいたらないケースも多々ありました。ところが、被災地域のICT支援があったとこで、これまで足踏みしていたことが動き出したんですね」(本島さん)

思わぬ形で風が吹くこともある。その際、アイデアの帆がどれだけ大きいかで推進力は変わってくる。温めてきた“やりたいこと”を、どれだけ用意しているか。課題とどれだけ向き合っているか――。

「課題があると道具というのは使われる。そのことを我々も痛感しました」(本島さん)

「私が個人的に思うのは、ICT はツールでしかなく、目的化してはいけないということ。自分自身に言い聞かせていることなのですが、課題に基づいたソリューションを考えないといけません。街中に新しいシステムを張り巡らせたところで、何のためにそれをやるのかが分からなければ意味はないですよね。課題があるから ICT というツールを使うのであって、それ自体を目的化すると失敗する」(高橋さん)

会津若松市役所スマートシティ推進室・主任主事の高橋俊貴さん
会津若松市役所スマートシティ推進室・主任主事の高橋俊貴さん

サービスはオプトインで

地道なデータ集積を経て、2015年、地域情報ポータルサイト『会津若松+(プラス)』がローンチされる。同サービスは、地域情報が知りたいことに応じて届く“情報提供基盤 ”であり、ラインナップも多彩だ。

たとえば、リアルタイムで除雪車がどこを走っているか確認できる「除雪車ナビ」(これも道路課の職員が、除雪車すべての稼働時間のデータを集め、除雪に時間を要している地区を割り出し、データ分析したというから驚きだ)。

除雪車ナビの画面
除雪車ナビの画面
除雪車ナビを活用した分析の様子
除雪車ナビを活用した分析の様子

自治体からの検診サービスや健康管理が情報提供されるだけでなく、乳幼児検診の結果を閲覧できる、子育てに関するお知らせが届く、といった機能を備えた「母子健康情報サービス(母子手帳の電子化)」など、市の職員から寄せられた発案を形にしたデジタルサービスもある。

また、これらのサービスを展開する上で、会津若松市はオプトイン方式を採用している点も見逃せない。オプトインとは、市民の同意を得た上でデータを活用すること。同意を得ずにデータを収集するオプトアウト方式の方が、一度に大量のデータを集めることができるため効率的には優れている。反面、本人に了承を得ていないため、個人情報保護の問題などが不都合が生じる。

市民自ら情報を提供すれば、その人に見合った情報や提案をスマホを介して行うことができる。情報をパーソナライズな視点から市民に届けるためには、オプトイン方式は欠かせないということになる。また、オプトインは突き詰めれば、市民の主体的な参画を意味する。

こうしたデータモデルと共通のAPI(アプリケーション・プログラミング・インタフェース/プログラム、ソフトウェア、Webサービスの間をつなぐインターフェース)を、複数のサービス間で連携させることで、「都市OS」と呼ばれる基盤が誕生する。

スマートシティには、このプラットフォームが必要不可欠であり、「我々だけでは形にすることはできなかった。アクセンチュアさんや会津大学、さまざまな連携があったからこそ可能だった」と本島さんは振り返る。

『会津若松+(プラス)』のトップページ
『会津若松+(プラス)』のトップページ

ニーズに届くことが大事

サービス開始から5年が経過した。しかし、会津若松+のID登録者数は12000人程度。市民の1割だと思うと、物足りないような気もする。

実際、筆者が会津若松市民にスマートシティ構想について尋ねると、「市がいろいろとやっているのは知っているけど、自分にメリットがあったかと言われれば、そうは思わない」と答える人が多い。スマートシティという言葉こそ浸透しているが、実感を覚えている人は、まだまだという印象だ。このことを本島さんに告げると、

「たしかに、浸透しているとは言い難いです。しかし、全市民があまねく使うサービスは、そうそうないと思っています」

と気落ちする様子はない。 どういうことか?

「必要としているニーズに届くようなサービスを提供することが大事だと考えています。パーソナライズの側面が強いデジタルサービスですから、子どものいる家庭や、出勤前に除雪を気にする方、バスによく乗る方――こういった特定の人たちに使われるケースが多い。ニーズのある市民にマッチしないと認知度や普及度は上がりません。どこにニーズがあるのか探りながら、着実に浸透させていくしかない」(本島さん)

もちろん、無為無策というわけではない。目標であるID登録者数5万IDを実現するため、マジョリティに届く日常使いができるサービス、キャッシュレスや感染症予防対策などにも視野を広げている。

実証実験のハードルが低い

様々な分野のDX化を、いかにして市民のニーズとマッチングさせていくか。それを実現するためには、ICTに強い企業が会津若松市に集まり、実証実験を重ねていくほかない。

その母艦が、冒頭の「スマートシティAiCT(アイクト)」だ。

ICTという武器を使いながら地道にデータ収集・分析を続け、トライ&エラーを繰り返しながらニーズをすくいあげる。その10年の歩みが、実を結ぼうとしている。「やっとスタートラインに立てた」、本島さんも笑顔をのぞかせる。

入所している企業は、盟友・アクセンチュアはもちろん、会津大学卒業生によるベンチャー企業、三菱商事、凸版印刷、ソフトバンク、日本マイクロソフト、パナソニック……錚々たる面子が集う。前出の高橋さんが、その効果を語る。

「SAPジャパンさんは、元来、主に大企業向けにERP (エンタープライズリソースプランニング)を提供しているのですが、会津若松市では地元の製造業、いわゆる中小企業の生産性を向上させるような基盤を作ろうとしています。実際に、生産性が20%以上向上したという実績もあります」

隣で頷いていた本島さんも口を開く。

「よく言われるのは、企業の提案に対して行政がそれを受け、手続きを含め、実証につながるまでのハードルが会津若松市は低いということ。長年、こういったことを思い描いてきたことに加え、会津大学の人材もありますから、さまざまな提案に対して、理解できる土壌があると言っていただける」

「我々としても、『会津若松市だったら新しいことができるのではないか』という雰囲気を作ってきた自負がある」

たしかに、新しい何かを始めるとき、手続きが複雑だったり、話がかみ合わなかったりすれば、モチベーションは下がってしまう。ところが、会津若松には環境が整っていることに加え、1000分の1モデルというミニジャパンの縮図がある。つまり、ここで結果が出たサービスや商品は、そのまま主力として全国展開できる可能性が高いことを意味する。産官学から始まった取り組みは、金融機関、労働団体、言論界の協力を得て、今では産官学金労言が一体となって同じ方向を見ている。

会津若松は本気だ。それゆえ、AiCTの入居条件も、基本的に支社ではなく、本社の機能移転を方針にしている。誇りと品位。静謐という言葉が似合う、会津若松らしい静かな覚悟が感じられる。

「地元の若者が働きたいと思える魅力的な企業を、地元に呼び込みたいという気持ちが強かった。それを実現するのであれば、首都圏企業などの本社機能の一部移転を行っていただく必要があるだろうと。会津大学で優秀な人材が育っても、人口減少の観点から会津を離れてしまうのでは意味がない。AiCTの運営会社と市企業立地課の間で協議して、入居企業を決めてきました」(高橋さん)

「新しいことを始めるのであれば、多少失敗することを覚悟しないといけません。もちろん、失敗を前提にして何かを始めることはしませんが、失敗してもいいからやってみよう――、公務員は一番そこが苦手なところだと思うんです。失敗を恐れる。だからこそ、 失敗を許容する姿勢を大事にしています」(本島さん)

くしくも、2020年の会津若松市の人口総数に占める65歳以上の割合は31.8%。そして、日本の人口総数に占める65歳以上の割合は28.7%だ。デジタル化の話をすると、必ずデジタルリテラシーの低い高齢者に対する課題が挙げられる。だが、会津若松市は、それらも見通してスマートシティ構想を進めている。

今年2月には、利用希望者がスマホの専用アプリで出発地、目的地、人数を指定し乗車予約できるダイナミックルーティングバスの実証実験を実施。さらには、主な利用者になるであろう高齢者へのスマホ教室も定期開催している。

同市の取り組みが、可能性を切り拓くのだとしたら。会津若松市のスマートシティの行方は、日本の未来の羅針盤かもしれない。

 

日本全国にデジタル化の波が押し寄せる中、国の大号令を待たずに、いち早く取り組み、成果を上げている地域があります。また、この波をチャンスと捉えて、変革に挑戦しようとする人たちの姿も見えます。地デジ化(地域×デジタル、デジタルを武器に変わろうとする地域)の今を追う特集です。

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