連載
#110 #父親のモヤモヤ
一斉休校を機に娘のため離職、収入は半減 父子家庭にもある「貧困」
昨年3月に正社員の仕事を辞め、収入は半減しました。毎月の収入は15万~17万円ほどになりました。
退職したのは働き方を変える必要を感じたからです。きっかけは、新型コロナウイルスの感染拡大を受けた政府による一斉休校でした。
男性は当時、介護事業所で責任者を務めていました。親族に頼れず、娘の面倒をみるために仕事を調整する必要がありました。ただ、出勤が難しくなるスタッフはほかにもいました。一時的に規模を縮小したり応援を派遣したりしては、と会社に掛け合いましたが、折り合いはつきませんでした。
元々、働きづらさも感じていました。会社は全国展開していて出張も多く、時間に制限のない人を想定した働き方と思っていました。「働き続けるのは難しい環境と感じていたところでした」。潮時と感じた男性は退職しました。
再就職も検討しましたが、再び働き方がネックになると考えました。「また仕事に行くの?」。いつもそう言って寂しがった娘の顔が浮かびます。
一方で男性は、コロナ禍によってひとり親が苦境に陥っていると感じたそうです。離職せざるを得なかったり、給与が減って生活が苦しくなったり。役員だったPTAを通じてそんな実態を見聞きする度、自分事のように感じて心を痛めたそうです。
子育てのために働き方を変え、同時にひとり親の支えとなる。その二つを満たすものは何かと考えました。
居場所を運営するNPOを作り、その運営メンバーになれば、会社員時代よりも時間のやりくりができるのではないか。居場所を通じて気心の知れた関係が築ければ、困った時にも相談してもらえるのではないか。そう考えました。
もちろん収入面の不安もありました。「ただ、以前と同じような生活では子どもに寂しい思いをさせてしまう。違う道を模索する必要があると考えました」。居場所内のカフェの売り上げや、自身が手掛けるデザインの仕事の収入もあわせ、やりくりしていこうと算段しました。
実際にNPOを設立。地元の古い住宅をリフォームして、ソファや絵本、お菓子などをそろえて、誰でも無料で訪れることができるスペースを今春、開きました。ひとり親に限定せず、地域の子どもや高齢者など対象を広く想定しました。
高齢者がワクチン接種の予約を手伝ってほしいと訪れたり、子どもが夏休みの宿題をやるために滞在したり。週に1回、ひとり親などを中心に夕食のお弁当を30食ほど、無料で配っています。
NPOの活動資金については、民間団体から助成金も得ました。ほかに、居場所内に設けたカフェで提供するカレーやサンドイッチの売り上げも充てています。
以前のような仕事に重心のあった暮らしを思えば、いまの生活はバランスがとれたものと感じています。
ただ、月15万~17万円ほどの収入から、家賃や光熱費、通信費などを支払うと、貯蓄にまわす余裕はほとんどありません。新型コロナの影響が大きく、居場所内のカフェの売り上げが伸び悩んでいることも痛手です。
「元々お金のかからない生活を心がけていましたし、食材を融通してもらうこともあり、なんとかやりくりはできています。それでも、経済的に余裕があれば、娘に新しい文房具を買ってやりたいな、といったことを思いもします。運動も勉強も娘の選択肢を狭めたくありません。かといって、収入を増やすため、早朝や深夜に働けば娘が寂しい思いをする。ジレンマです」
男性は、経済的な状況は周囲には打ち明けづらいと話します。NPOでつながったひとり親にも話題にしづらいそうです。「男性のひとり親の場合、忙しかったり、弱音を吐くのが苦手だったりして、そもそもつながりづらいのが現状と思います」
以前、ひとり親家庭向けの給付金の説明を行政で聞いた際、担当者からはさらに困窮すれば生活保護の利用が視野に入ってくると聞き、複雑な心境になりました。
「経済状況を客観的に示され、ショックを受けたのも事実です」
頼みの助成金は8月末に切れました。今後の生活に不安が残ります。
厚生労働省の「国民生活基礎調査」(2019年)によると、「貧困線」(等価可処分所得の中央値の半分)に満たない世帯の人の割合は、「大人2人」の場合1割ですが、「大人1人」の場合、約半数まで跳ね上がります。
困窮が顕著なのは母子世帯です。「全国ひとり親世帯等調査」(16年度)によると、母親の収入は公的な手当を含めても平均で年243万円。父子世帯の父親は420万円です。
ただ、父子世帯も経済的な困窮と隣り合わせです。
聴覚障害があり、不登校の小6の長女と2人暮らしをしていた男性(49)は昨年2月、「休みを頂きたい」と勤め先に申し出ました。政府が唐突に一斉休校を打ち出したことに伴い、自宅で長女の面倒を見なければならないと判断したからです。だが、上司からの返答は「休むなら欠勤扱いです」。会社を辞め、退職金と失業手当で食いつなぐ生活を余儀なくされました。
この男性は自動車整備士の資格を生かし、今年から再就職できました。男性は「私は運が良かった。日本の社会はひとり親家庭に冷たい」と感じています。
「母子家庭が、全般的に苦しい状況にあるのは事実です。一方で、父子家庭でも経済的な困窮がみられます」
「全国父子家庭支援ネットワーク」代表の村上吉宣(よしのぶ)さん(41)はそう指摘します。村上さんも、息子1歳、娘0歳の時にひとり親になりました。
「全国ひとり親世帯等調査」で父親が働いて得た年間の収入をみると、400万円以上の人が4割いる一方、200万円未満の人も2割います。
村上さんは、週に数人のペースでひとり親の父親の相談に乗っています。父子家庭でも母子家庭と同様、精神的なストレスから仕事を辞めざるを得なかったり、子どもとの時間を確保するために働き方を見直し転職したりすることで、収入が落ちるケースがあると話します。
その上で「経済的な困窮は周囲に明かせない」と話す当事者が多いとします。「『男だから』という意地があったり、『男のくせに』と言われることを懸念したり。『男は仕事』のような価値観が本人や周囲にあるゆえに抱え込んでしまいます」
一方で、一定の収入がある父子家庭でも住宅ローンの返済などに追われ、実質的に家計が厳しい「隠れ貧困」のケースがあるとも指摘します。高い収入を維持するために長時間労働せざるを得ず、子どもとの時間が確保できないといったことがおこりがちと話します。
村上さんは、経済的な支援の拡充はもちろん、「男は仕事」「女は家庭」というような旧来の価値観が見直されること、長時間労働を前提とした働き方がさらに改善されることの必要性を指摘します。「これらは父子家庭、母子家庭の隔たりなく、ひとり親が困難や生きづらさを抱えないために必要です」
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