連載
#10 地デジ最前線
コロナ禍で叶わなかった墓参り、VRで実現「想像以上の臨場感」
新型コロナウイルスの影響で叶わなかったお墓参りをVRで――。そんな試みを、全国300社が加盟する石材店団体が始めました。「デジタルやITは墓と対極」と難色を示す店もあったなか、業界を挙げて取り組む背景をライターの伏見学さんが取材しました。
「撮ります!」
「はい、OK。次へ行こう!」
埼玉県内のとある墓地。スタッフがカメラを片手に、お墓の前や墓地の入り口など、少しずつ場所を移動しながら何度も写真を撮っています。これは、一般社団法人・全国優良石材店の会(全優石)が2020年8月に開始した「VRお墓参りサービス」の撮影現場の一コマです。
VRお墓参りサービスとは、依頼者の代わりに現地までお墓参りに行き、その様子などを360度カメラで撮影。後日、撮影データとVR専用ゴーグルを依頼者に届けて、お墓参りのバーチャル体験をしてもらうというサービスです。価格は2万5000円から。全優石は、全国300社ほどの石材店を組織する団体で、本サービスの撮影は各地域の石材店が担当しています。
冒頭のシーンは、三郷市に拠点を置く創業130年以上の石材店、篠田石材工業によるもの。同社には昨年、そして今年と、お盆やお彼岸を中心に、VRサービスを使ってみたいというオーダーがいくつかありました。
例えば、栃木県在住のあるお客さんは、コロナ禍で地域をまたぐ移動ができないため、サービスを依頼。篠田雅央社長らが菩提寺の本堂からお墓までの道のりを撮影して回り、データをお客さんに送付しました。
それを見たお客さんは想像以上の臨場感などに驚きの感想を漏らしたといいます。加えて、「お寺が整備されてきれいになっている」「この景色は懐かしいね」といったお墓の周辺の現状もVRを通して知ることができ、喜んだそうです。
また、別のお客さんは、奥さんの実家が長崎県で、そこにあるお墓のことを気にかけており、様子を一目見たいという思いで問い合わせをしてきました。残念ながら篠田石材工業で撮影に赴くことはできないため、長崎にある全優石の会員企業を紹介したそうです。
「本当はご自身でお墓参りすることがいいに決まっていますが、それが叶わない人のための助けにはなると思います」と篠田社長は話します。
全優石の吉田岳会長によると、VRの活用はコロナ禍に始まったお墓参りの代行サービスの延長として誕生しました。開始から1年が経って利用実績は10件弱と、想定よりまだまだ少ないのが実情ですが、吉田会長はお墓参りの新しいスタイルの一つとして広がっていくことを期待します。背景にあるのは、着実に進んでいる「墓参り離れ」です。
博報堂生活総研の調査によると、1年以内にした年中行事について質問したところ、「お盆の墓参り」と答えた人の割合は、1998年の50.5%から、2020年は39.7%に減っています。
春および秋のお彼岸の墓参りも、それぞれ41.1%から26.7%、36.6%から22.3%と減少。コロナに関係なくお墓参りをする割合は年々ダウントレンドになっています。
この原因として高齢化が大きなウエイトを占めていますが、それだけではありません。吉田会長によると、「日本の家制度の崩壊」があるといいます。
「かつてはお墓=家そのもので、墓を守ることは当然の責任でした。また、お墓の手入れなどをきちんとやらないと“ムラ社会”で生きていけないし、近所への見栄もあったので、できるだけ立派なお墓にしようとしたものです」
「ところが、核家族化が進み、地域を離れた子ども世代が別の場所で新たなコミュニティーを作って、戻って来なくなると、家やお墓との関係性も希薄になっていきました」
地方が抱える悩みの一つに、地元を出た若者がそのまま帰って来ないため、どんどん地域と疎遠になり、断絶が生まれてしまうという問題がありますが、まさにその影響がお墓にも及んでいるのです。
さらに、お墓そのものも変化しています。バブル経済崩壊に伴う景気の悪化によって、お墓は建っていればいい、簡素でもいいという考え方が広まりました。吉田会長の試算では、30年前は地方だと400万円程度が相場だったのが、現在は約100万円にまで下がっているとのこと。
加えて、近年は価値観も変わり、納骨堂に骨つぼを安置したり、海などに骨を撒く散骨や、墓石ではなく樹木の下に埋葬する樹木葬を行ったりと、お墓を建てないという選択をする人も増えています。「私の知る限り、20~30年前にはほぼゼロでした」と吉田会長は話します。
墓参り離れに追い打ちをかけたのが新型コロナウイルスです。そこで全優石では、たとえ現地に行けなくても、先祖や家族、地域とつながる機会を維持できればと、2020年5月からお墓参りの代行サービスを始めました。
実はそれ以前から会員企業である全国の石材店は個々に、しかも場合によっては無償で、お墓参りを代行していました。なぜなら「墓守」として当然の役目だと考えているからです。つまり、石材店は墓石を作って、売れば終わりではなく、その後も継続的にお世話をするべきだということです。
例えば、篠田石材工業では、前々からお墓を掃除したり、代わりにお供物やお線香をあげたりするサービスを提供していました。コロナ禍で需要も増えて、現在は年間20件前後の注文があるそうです。
「かつては毎月お墓に行くのが面倒なので、代行してほしいという類いのお願いもありましたが、コロナ禍になってからは、どうしても現地に行きたいけれども、仕方ないから代わりに頼みたいという風に、お客さんの気持ちの変化も見られるようになりました」と篠田社長は話します。
全優石の会員企業全体では、代行サービスはこの1年間で計500件以上に上ると見られているほか、先述した核家族化などの進行によって、各石材店での件数も年々増えているとのことです。
こうしたお墓参りの代行サービスに関しては、全優石だけが行っているものではなく、国内でさまざまなプレイヤーが存在します。特にコロナ禍では、自治体がふるさと納税の返礼品にしたり、タクシー会社や旅行代理店、さらには個人事業主など、異業種から参入したりするケースも見られます。
例えば、タクシー会社の第一交通産業グループは、全国34都道府県の営業ネットワークを生かして、簡単な墓掃除や合掌などを行うサービス「お墓参りサポートタクシー」を2020年7月に開始。コロナ禍で地方のタクシー業や観光業が苦しむ中、従業員の雇用確保や新規ビジネスの創出という意味合いも大きいようです。
全優石では、お墓参りの代行サービスが好評を得る中、せっかくならば最新のデジタル技術を用いて、あたかも依頼者自身が現地で墓参りをしているかのような、リアリティある体験を提供したいと考え、VRサービスの検討を始めました。
しかし、会員である石材店の中にもさまざまな意見があり、「うちはやらないよ」などとデジタルの活用に難色を示した石材店もいたそうです。吉田会長は「お墓は宗教性の強いもので、デジタルやITは対極にあるように思われています。実際、お墓の業界でも敬遠される傾向にあります」と現状を語ります。
これは全優石に限らず、他社のサービスも似たような状況で、リモートでのお墓参りに対しては賛否両論あります。例えば、「実際にお墓へ行かないと先祖に失礼に当たるのではないか」という意見がある一方で、「結局は気持ちの問題だから、別にオンラインで墓参りしてもいいと思う」という声も。
それでも、「高齢化が進み、墓じまいを考える人も増えている中、固定観念にとらわれず、デジタルを貪欲に使ってもいいと私は考えます」と吉田会長。とはいえ、新たなお墓参りのスタイルとして世の中に定着するためには、やはり利用したお客さんが感動したり、満足したりする実績を一つでも多く作っていくことが重要で、そこが今後の課題だとも感じています。
時代とともに変わりゆく日本のお墓参り。コロナ禍で人々の生活様式に変化をもたらせたデジタル化が、お墓参りにもどのような価値を提供できるのか。これからの可能性の広がりを期待したいです。
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