連載
#18 マスニッチの時代
〝総ツッコミ〟食らった五輪開会式 「みんなで盛り上がる」思い出す
ニコ動時代の弾幕の効果、最新の視聴率では「到達人数」も
東京五輪の開会式は、賛否を含め、とりあえず多くの人が話題にするイベントとして受け止められました。ネットの世界では個人の趣味趣向への最適化が進む現在。東京五輪への〝総ツッコミ〟は「みんなで盛り上がる」価値が見直されるきっかけになるのかもしれません。
奥山晶二郎(おくやま・しょうじろう)
今は、ネットで検索すれば自分の好きな情報を好きなタイミングで得ることができる時代です。最新の技術によって、過去の行動履歴から自分が求めているであろう情報まで先回して提示してくれます。
SNSなどを通じて個人の好みが絞り込まれやすくなっていますが、もともと「みんなで盛り上がる」楽しさを提供してきたのもネットです。
好きなアニメやマンガの新作を語り合うTwitterのスレッド、チャットでコミュニケーションを取りながら遊ぶYouTube実況など、ネットを介してユーザー同士が体験を共有する場面は少なくありません。
テレビをはじめとする旧来メディアが提供していた「みんなで盛り上がる」という価値を、実はネットも強く受け継いでいるのです。
その代表例がニコニコ動画の「弾幕」です。
「弾幕」は、再生中の動画にユーザーが書き込んだコメントがテロップのようにかぶさって流れていく機能です。
「弾幕」のユニークな点は、個々のユーザーがコメントを書き込む時間はバラバラであることです。何人ものユーザーが異なる時間に書き込んでいった文字が、再生時には、あたかも一斉に書き込んだかのように表示されます。
批評家の濱野智史氏が「疑似同期型アーキテクチャ」(『アーキテクチャの生態系』P222)と呼んだこの仕組みは、お茶の間で家族が盛り上がるテレビ的価値を、時間と場所の制約なしに再現したものでした。
テレビでもネットでも「みんなで盛り上がる」魅力がなくならないのは、『天空の城ラピュタ』のテレビ放送でクライマックスに合わせて「バルス」が投稿される〝祭り〟を見ても明らかです。
インターネット放送局「ABEMA」を立ち上げた藤田晋氏は2021年6月22日、「AV Watch」の記事で西田宗千佳氏の取材に「一斉に見ることで、流行を作り出し、新たなスターを生み出す。これはやっぱりテレビにしかできない役割だと思います」と答えています。
既存のテレビ局にはない魅力をネットで再現しようとして生まれた「ABEMA」においても、「みんなで盛り上がる」ことは大事な要素として位置づけられていることがうかがえます。
趣味趣向の細分化が進んだからこそ、見直されるべき「みんなで盛り上がる」価値。それは、本家本元ともいえるテレビの最新の視聴率にも見られます。
「世帯」から「個人」にシフトしていると言われる視聴率ですが、東京五輪では「到達人数」という数字が公表され、推計7326万人が見たとされています。
これは、4才以上の人が1分以上の番組視聴をした場合にその番組を見たと定義し、何人が視聴したのかを推計した値になります。
「到達人数」は、五輪や紅白歌合戦のような「みんなで盛り上がる」番組で、その規模感を示すことができるテレビならではの数字だと言えます。
ただ、「到達人数」が意味を持つのは、時代の流れが後戻りできないほど、個人ベースになっていることの現れとも言えます。
異なる趣味や考え、思想信条の人との接点が生まれにくい状況が逆に「快適」と思われがちな現代社会。個人レベルで過ごすことが当たり前になる前提の中、かつてあった「共通体験」の記憶が、たまたま、東京五輪の開会式によって呼び戻されたとも言えます。
一方で、「みんなで盛り上がる」体験は複製できないという希少性があります。それは、テレビからネットに変化しても変わらない価値として存在し続けます。
ネットが普及する中、新型コロナウイルスによる外出自粛もあり、買い物はもちろん音楽イベントまでオンラインで楽しむことに抵抗がなくなっています。データに基づいた細分化が進む時代だからこそ、「みんなで盛り上がる」の価値を見直すことによって、新たなサービスを掘り起こすきっかけになるかもしれません。
1/8枚