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連載

#23 マスニッチの時代

正しい情報が反感を買う理由 「論破」の自己満足から抜け出すために

「プロセスファースト」という新ルール 

路上で選挙の「不正」を訴える陰謀論集団「Qアノン」支持者の男性=2021年1月6日、ワシントン、ランハム裕子撮影
路上で選挙の「不正」を訴える陰謀論集団「Qアノン」支持者の男性=2021年1月6日、ワシントン、ランハム裕子撮影
出典: 朝日新聞

目次

デマや流言など、様々な情報があふれているのがネット空間です。やっかいなのは、たとえ正しい情報だったとしても、伝え方によっては、信じてもらえないばかりか、反感を買うことさえあること。「論破」と叫んで勝ったつもりになっても、誰も幸せになっていない……。そんな落とし穴にはまらないためにはどうすればいいのでしょうか? 「プロセスファースト」という姿勢から考えます。

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#マスニッチの時代
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相づちで気づく自分の姿

朝日新聞のポッドキャスト「MEDIA TALK」に出ているのですが、話をしていて頼りになるのが音響調整の担当者です。スタートの合図から細かな音声調節まで、毎回、丁寧な仕事をしてくれます。

その中で意外とありがたいのが相づちです。大きくうなずいてくれる姿が視界に入るだけで、トークの潤滑油になります。

対照的に、やっかいなのがオンラインのミーティングです。発言者しかカメラオンにならないことが多く、話すうちに「これでいいんだっけ…」と思ってしまいます。あるいは、熱心に発言している人の話がちょっと脱線してくると「これ、なんの会議だっけ?」という気持ちになることも少なくありません。

足りないのは受け手のリアクションです。リアクションがあるから、話す相手に自分が配慮できているかどうかの自覚が生まれます。相づちはトークの潤滑油のようで、実は、自分を見つめ直す大事なきっかけになっているのだと気づきます。

『MEDIA TALK』は、新聞やメディアのいまと未来について、じっくり言葉を交わして考えるポッドキャスト。朝日新聞ポッドキャストMC神田大介が朝日新聞デジタルの伊藤大地、withnewsの奥山晶二郎の両編集長と本音をぶつけ合う番組などを展開。コンセプトは「あなたと、 メディアのみらいをつなぐ」
『MEDIA TALK』は、新聞やメディアのいまと未来について、じっくり言葉を交わして考えるポッドキャスト。朝日新聞ポッドキャストMC神田大介が朝日新聞デジタルの伊藤大地、withnewsの奥山晶二郎の両編集長と本音をぶつけ合う番組などを展開。コンセプトは「あなたと、 メディアのみらいをつなぐ」 出典:Spotifyにある『MEDIA TALK』のチャンネル

「論破」がはびこる不幸

あんまり使いたくない言葉に「論破」があります。主にネット上で、議論を一方的に打ち切る際に使われます。

たとえば、相手の主張に整合性が取れていない部分を見つけると、その1点をもって全体の主張を否定してしまうのです。

その時、話し相手は、自分の主張を気持ちよく発信するための踏み台にすぎなくなっています。「論破」したと思っている本人は満足しているかもしれませんが、カメラオフの向こうにいるユーザーは「やれやれ」となっていることに気づいていません。

そうやって「論破」が繰り返されると、議論すること自体がおっくうになってきます。誰も突っ込まない。相づちも打たない。「論破」だけがはびこる世界というのは端的にいってディストピアです。

「謎解きプロセス」手法

このような「論破」のスパイラルを止めるにはどうすればいいのでしょう? 先日、対談した荻上チキさんから大事なヒントをもらいました。

ネット上の流言に詳しい荻上さんに聞いてみたかったのは「誤った情報を信じたり、広めたりしている人にどんな言葉をかけたらいいか」ということ。返ってきたのは「謎解きプロセス」という答えでした。

ネットで流言を信じたり、それを広めたりしようしたりする人は、そもそも知的好奇心が強い。ある意味、主体的に情報を取りにいっている人だと言えます。

そして、流言を信じてしまうのは、その人の知的好奇心を満たしてくれるから。あるいは、他に知的好奇心を満たしてくれるものがないから、流言を選んでしまう、とも言えます。

事実の正しさだけで人の心は動かない。知的好奇心を刺激してくれる工夫が必要です。そこで必要になるのが「謎解きプロセス」なのです。

「この流言を広げたのは誰なのか。私たちは現場に向かった」
「最初に投稿した人を訪ねると、取材拒否だった」
「ようやく投稿した人の話を聞けた」
「どういった対処法があるのか考えてみた」
「法律の不備は、限界は、調べてみた」

このように、物語仕立てで、解き明かしていく過程を見せていくのが大事だと荻上さんは説きます。

プロセス抜きに、全体像をただ見せる。結論をいきなり伝えて「論破」しようとすると、たとえそれが正しい情報だとしても、拒否されてしまうのです。

ヤフーニュースのコメント欄。投稿ごとに「そう思う」「そう思わない」の数が表示される=2021年11月16日午後0時50分、東京都中央区、藤原伸雄撮影
ヤフーニュースのコメント欄。投稿ごとに「そう思う」「そう思わない」の数が表示される=2021年11月16日午後0時50分、東京都中央区、藤原伸雄撮影 出典: 朝日新聞

帝国ホテルもフードロス

プロセスへの配慮は、現代社会においてますます大事になっています。

日本を代表する高級ホテルである「帝国ホテル」が野菜や果物の皮を使ったフレーバーソルトなどを商品化。フードロスに取り組んでいることが注目されました。

高級ホテルは、厳選した食材を使って最高級の料理を出すことに価値を置いています。それは、使わない食材があることを意味します。お客もそれに納得して高いお金を払う。そんな世界にあった高級ホテルもフードロスに取り組むようになったのです。

背景には、SDGsやESGなど、社会問題に対して、企業をはじめあらゆるプレーヤーが主体的に関わることを求める時代の要請があります。ラグジュアリーさを売りにする高級ホテルであっても、自分たちなりのフードロス対策を考えなければ、ビジネスの参加資格自体を与えられないのです。

単においしいもの、最上級のものを提供するだけでは、価値に結びつかない。目の前の答えだけにこだわることは、時代に逆行する行為として非難を浴びてしまいます。

その姿は、「論破」の言いっ放しで自分勝手な満足感に浸る〝残念な人〟に重なります。

届けたいものがあるなら、それを手にとってもらえる環境まで整えなければいけない。そもそもの姿勢、プロセスの段階でジャッジされてしまうのです。

逆に、プロセスがしっかりしていれば、思わぬミスをしてしまったとしても謝罪や説明によってリカバリーすることができます。

この「プロセスファースト」ともいえる姿勢。ネットの発信やビジネスに限らず、様々場面で求められるようになっていくのかもしれません。

 

人々の関心や趣味嗜好(しこう)が細分化した時代に合わせて、ネット上には、SNSやブログ、動画サービスなど様々なサービスが生まれています。そんな中で大きくなっているのが、限られた人だけに向けた「ニッチ」な世界の存在です。ネットがなかった頃に比べれば手軽に様々な情報を得ることができるようなった一方、誰もが知っている「マス」の役割が小さくなったことで、考え方の違う人同士の分断を招きかねない問題も生まれています。膨大な情報があふれるネットの世界から、「マスニッチの時代」を考えます。

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