連載
#238 #withyou ~きみとともに~
「あの子のことだ!」大人になって知った〝場面緘黙〟教室での後悔
関東地方出身の会社員あいさん(28、仮名)は、小学校から中学校時代にかけ、仲の良い同級生・Aさんがいました。
小学3年生で、あいさんの住む地域に引っ越してきたAさんとは、学童の「図工クラブ」で出会いました。あいさんが「転校生だよね?仲良くしてね」と話しかけたことから距離が縮まり、あいさんが一時海外に引っ越していた間も国際郵便を使った文通でやりとりを続けていました。
高学年になって帰国したあとも、親しさに変わりはなく、ゲームをしたり絵を描いたりして、一緒に遊ぶことが多くありました。
放課後、Aさんと一緒に遊ぶ約束をしているときは、隣のクラスだったAさんの帰りの会が終わるのを待つこともありました。
ですが、なかなか帰りの会が終わらなかったある日、廊下からAさんのクラス内をのぞいてみると、クラスメートの前に立ち、泣いているAさんの姿がありました。
「黒板の日直の欄にAさんの名前があって。そのときは発表とかが苦手でしゃべれないのかなと思っていました」
ですが、気になったのはAさんの涙でした。「他の友だちの中にも話すのが苦手な子はいました。ただ、泣いているAさんを見て、泣いちゃうほど話せない理由ってなんだろうと不思議に思っていました」
その疑問は中学生で同じクラスにになってから、より強く感じるようになりました。
「普段は普通に話せるんですが、音読など発表の場面や、ディベートのときなど、一切話せていなかったんです」
最初の頃は、「大丈夫かな?」と心配していたというあいさんですが、「責める気持ちはまったくありませんでしたが、徐々に『またか』という気持ちになってしまっていた」といいます。
他のクラスの子たちもウンザリした様子で、「いつになったら声出るんだよ」などと、陰口を言うようになってしまっていました。
一度だけ、そんなクラスメートに対して「待ってあげなよ」と声をかけたというあいさんでしたが、「どうせしゃべれないんだからムダだよ」と返されてしまい、反論ができませんでした。
「多分その雰囲気を感じ取って、彼女は余計しゃべりにくくなっていたと思います」
先生も、発表の機会を飛ばすという選択はせず、いったんAさんを当てて、しばらく沈黙が続くと「次がんばろうね」といった形でその場を収めていました。
「一度、Aさんがいない場で先生から『彼女はしゃべるのが苦手だから』といったようなことを言っていた気がしますが、それがどうしてなのかとか、具体的な説明はなかったように思います」
中学2年になり、あいさんは初めてAさんに「なんで声が出ないの?」と聞いてみました。
するとAさんから返ってきたのは「がんばってる」という一言。
その後の授業でAさんの口元をみると、確かに口が動いていることに気付きました。
ただ、周りのクラスメートの陰口はとまらず、あいさんも「自分も陰口の標的になるのが怖くて」Aさんをかばうことができなくなってしまいました。
あいさんとAさんとの間に決定的な溝ができたのは、体育祭の練習のときのことでした。
応援歌の練習の際、リーダー格の子が、あいさんを通じて「(Aさんに)もっと大きい声を出して!」と言ってきました。
以前、Aさんと声が出ない理由について話し、Aさんが努力していることはわかっていたあいさんでしたが、その場では「もう少し声出ない?」「大きい声出したら?」と彼女に伝えてしまったといいます。
「多分、プライドを傷つけられたと感じたんだと思います。彼女は私のことを敵だと思ったようで、向こうから距離を置かれるようになってしまいました」
それまでは、常に学校生活を共にしていた二人でしたが、あいさんからも話しかけにくくなってしまい、卒業後、そして現在もその距離感は縮まらないままです。
「話さなくなってからは、寂しかった」。いまも当時の気持ちを引きずっています。
「彼女は別に私だけしか友だちがいないという子ではなかったので、特に声が出ないことについて相談に乗った方がいいとかは思っていなかったし、重大なことだという認識は私の仲にはありませんでした」
そんなあいさんが大人になって知ったのが「場面緘黙(ばめんかんもく)」という症状でした。
「あの子のことじゃないか」。テレビのドキュメンタリー番組でみかけたその症状が、Aさんと重なりました。
それからインターネットでも詳しく調べるように。
「色々こみ上げてきてしまって…。もっと彼女のことを知っていたら、陰口を言っていたクラスの子たちにも彼女のことを説明できたかもしれないし、先生にも相談できたかもしれない。後悔ですね」
あいさんはいま、もし自分と同じような経験をしている子がいたら「声が出ない子が近くにいたら、(陰口を言うなどの)周りの空気にのまれず、いつも通り、接してほしい」と訴えます。
「本人はしゃべれないことをコンプレックスに思っているかもしれない。もし声が出ないことについて相談してきたら、真摯に聞いてあげるべきだと思います」
「ただ」とあいさんは付け加えます。
「結局、私は大人になってから『あの子は場面緘黙症だったんじゃないか』と思っているだけで、本当のところはいまもわからないし、当時の彼女もわかっていたかどうか知りません」
「だから、『緘黙症だから~』とかではなく、友だちとして付き合い続け、本人の個性を認める。そういう話なんだと思っています」
実際、「場面緘黙かも?」と思う人が近くにいる人は、どんなことができるのか。場面緘黙の症状がある子どもや大人や家族、専門家が情報交換し、理解促進を目指す会員制の団体「かんもくネット」(代表・角田圭子)の協力を得て、当事者である小学6年生(現在は高校生)の思いを聞きました。
かんもくネット代表で、公認心理師・臨床心理士でもある角田さんによると、彼女の場合は、本人に別室で待機してもらった状態で、担任の先生に絵本(「なっちゃんの声」はやしみこ・金原洋治著、 かんもくネット監修)で場面緘黙の症状を説明し、本人からのメッセージも伝えたそうです。
その後、クラスメートからは本人への「メッセージ」を書いてもらい、親や担任、心理士とそのメッセージ内容をシェアし、「双方向性」を生み出し、症状は改善に向かいました。
角田さんは、「中には、『自分に注目が集まるのは恥ずかしくて無理』という子や、クラスメートにあてたメッセージを書けないという子ももちろんいます」としつつ、「クラスの理解があると、双方向コミュニケーションが生まれて、子ども同士の関係によい作用があります」。
「声が出ない友だちにどう接してよいかわからない子にとっては、本人がどうしてほしいかが分かると安心して動けるのだと思います」と話します。
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