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消防官も音を上げる「救助体操」やってみた 簡単に勧められない理由
「バリバリしんどいで。あれは根性やろ」
ある日、ネットサーフィンをしていたら、消防官の「救助体操」という動画が流れてきました。「なに、これ……?」。東京消防庁で8年間、消防官として働いていた筆者も知らない体操です。新型コロナウイルスによる運動不足対策には、十分過ぎるほど、負荷が高そうな動き。そのレベルは、専門家に「高齢者にはお勧めできません」と言わせるほど。そんな「救助体操」の歴史をたどると、意外なルーツに巡り合うことができました。(元消防官の朝日新聞記者・仲程雄平)
新型コロナウイルスが流行してから、「救助体操」の動画をインターネットにアップしている消防本部を見つけました。
大阪府の池田市消防本部です。
ホームページには「比較的負荷が大きい体操です」と書かれています。
担当者は「(外出自粛による)運動不足解消にやって下さい、ということで紹介しました」と説明します。
「跳躍」から始まり、「八呼唱腕立て伏せ」で終わる、計11動作の体操です。
動画では、救助隊員が「1、2……」と呼唱しながら、整然と「救助体操」を披露していました。
同じ動作の体操を「体力向上体操」として、動画で紹介している消防もありました。
ただ、この「救助体操」「体力向上体操」……筆者は東京消防庁で8年間勤務していましたが、知りませんでした。やった記憶もありません。
北海道内の消防本部で救助隊の副隊長をしている知人に聞きました。
この消防本部では「体力向上体操」と呼ばれ、救助隊で実際にやっていた、ということでした。
その意義について、「体力向上とともに、隊として取り組むことで仲間意識やチームワークの向上につながる」と話しました。
ですが、「今はやっていない」と言います。
「名称も動きも複雑すぎて覚えるのが大変で、新しく救助隊に配置された若い隊員にとっては覚えるのに時間がかかり、
体力の向上を目指すうえで効率的ではない。『腕立て伏せよーい』などと言うやり方が一般的になった」
知人から提供してもらった資料には「救助体操」と書かれており、ほかの消防本部がインターネットにアップしていた動画と同じく、「跳躍」から始まり、「八呼唱腕立て伏せ」で終わる、計11動作。加えて12動作目として、「駆け足(持久走)」が書かれていました。
東京消防庁で救助隊員をしている知人にも聞きました。
東京消防庁でも「体力向上体操」と呼ばれ、過酷なことで有名な救助隊員を養成する研修で行われているそうです。
どおりで、救助隊員ではなかった筆者は知らなかったわけです。
「東京は全員の動作がそろわなかったらペナルティーが入る。本気でやったら死にますよ」と知人。
救助隊員として豊富な経験を積んだベテランがそう言うほどですから、恐ろしいです。
別の救助隊経験者に確認したところ、ほかの消防本部で行われている「救助体操」と同一でした。
どうも「救助体操」と「体力向上体操」はイコールで、全国共通のようです。
消防学校の初任教育で行っているというところもありました。
京都府内の消防本部に勤めている消防官も「消防学校のときにやった」と話します。
ただ、「ちゃんとやってるか教官が見てるから、バリバリしんどいで。あれは根性やろ。今はやらんであんなん」。
全国の消防に伝わる「救助体操」「体力向上体操」――。いったい誰が何のためにつくったのでしょう?
ほとんどの消防官は由来について「知らない」と口をそろえます。
全国の消防を統括する総務省消防庁が指導しているのだろうか、と思い、聞いてみました。
「消防庁として通知で示しているものではない。各消防本部で独自につくられているものだと思う」
元消防官の新聞記者としては諦めきれず、調べを進めたところ、ある人物にたどりつきました。
元横浜市消防局の3代目体育教官・鎌田修広さん(52)です。
「歴史、ですか? 自衛隊から来てるんですよ」
鎌田さんは開口一番言いました。
鎌田さんによると、この体操を消防に持ち込んだのは、サッカー元日本代表の本田圭佑選手の大叔父で、1964年東京五輪のカヌー選手だった本田大三郎さん。
自衛隊を除隊し、横浜市消防局の消防訓練センター創設に初代体育教官として関わった本田さんが、自衛隊で行われていた体操を横浜市消防局に持ち込み、そこから、全国に広がったのだといいます。
12の動作がある「救助体操」「体力向上体操」の元は、自衛隊で行われていた「レンジャー体操」でした。
また、これとは別に、21の動作がある「自衛隊体操」が、「消防体操」として消防に伝わったということでした。
まとめると、こうです。
・救助体操(体力向上体操)=自衛隊のレンジャー体操
・消防体操=自衛隊体操
消防に伝わっているこれらの体操について、鎌田さんは「いい加減にやると自衛隊に失礼ですよ」と前置きしたうえで、注意点を教えてくれました。
「救助体操は、多関節運動なので一気に血流が上がり、汗ダラダラになります。体力錬成や持久力養成、心肺機能向上に効果が高い。ただ、体操という名前ですが、サーキットトレーニングの一環なので、一般の方、特に高齢者にはお勧めできません。正確にやると、ケガしますから。ゆっくり手を止めながらやる分にはお勧めできますが……」
この記事は、私が実際に体操をやって完成する――。これは取材前から考えていたことでした。
「救助体操」「体力向上体操」を文字やイラストで伝えてもわからない。私がやっている動画を記事に添えよう、と。
……が、やったことのない元消防官の筆者にとっては、たった11動作の体操ですが、覚えるのが大変でした。
新聞づくりの傍ら、知人から提供してもらった資料やインターネットにアップされた動画を見て動作を頭に入れ、撮影に臨みました。
6月3日、自宅の前で息子(7)に撮影してもらいました。
雰囲気を出すために、ヘルメットをかぶりました。
動作を書いたフリップのおかげで何とか体操をつなげましたが、大きなミスなく終えられたかなと思ったのは、テイク4でした。
今回は、11動作をそれぞれ2セットずつやりましたが、それでも、元横浜市消防局の3代目体育教官の鎌田さんが言っていたとおり、汗がダラダラとしたたりました。
実際には、このあとに12動作目の「駆け足(持久走)」があるのかと思うと、現役の消防官ではない私には厳しいな、と感じました。
撮影後、両手をひざにつき、口に出たのは「これは、たしかにしんどい」。
今回やったのは11動作の「救助体操」(「体力向上体操」。自衛隊でいうところの「レンジャー体操」)でしたが、それでいっぱいいっぱいでした。
21動作あるという「消防体操」(自衛隊でいうところの「自衛隊体操」)は、とてもじゃないけど覚えられません。
動きにもどかしい部分が多々あり、現役の消防官の方々には見せられたものではありません。
撮影してくれた息子が動画を確認しながら「でもすごいやん。できたやん」と慰めてくれたのが、せめてもの救いです。
体力が求められる仕事であることでつながった自衛隊と消防官。その不思議な縁を体験することができた取材になりました。
……後日談ですが、翌日、両足の太ももの後ろが筋肉痛になりました。
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