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「今度はオタクが恩返すとき」花屋に支援の輪〝推しへの愛の伝道師〟
「フラスタ」文化守りたい
キャラクターパネルを囲う大量の草花。人間の背丈より高いスタンド――。アニメやゲーム関連の舞台に足を運ぶと、時折そんな創作物を見かけます。ファンが花束代わりに、出演者に贈る「フラスタ」です。「推し」への深い愛情を示す文化として、広く親しまれてきました。しかし新型コロナウイルスの流行で、制作を担う生花業者の経営が悪化し、存続の危機に瀕しているのです。「世界に誇るオタク文化を守りたい」。そんな思いから、ウェブ上でSOSを発した職人の一人に、胸の内を聞きました。(withnews編集部・神戸郁人)
「大変お恥ずかしいのですが、ひとつ皆様にお願いしたいことがあります」。今年2月8日、ただならぬ雰囲気の書き出しで始まる文章が、ウェブ上に投稿されました。
発信したのは、東京都葛飾区の生花業者「ハナノキ」です。「オタクのためのお花屋さん」を自称し、2015年2月の開店時から一貫して、フラスタ作りを専門としています。
フラスタとは、声優やアイドルなどのライブといった催しが開かれる際、ファン有志が企画し、生花業者に制作を依頼する立体造形物を指します。高さ2メートル前後の大きなフラワーアレンジメントに、出演者宛てのメッセージボードや、公演にまつわるアニメ・ゲームのキャラクターパネルなどを挿したものです。
一般に、店舗の新装開店時などに贈呈される「フラワースタンド」が語源と言われます。しかし実態は似て非なるもの。制作依頼者のニーズに対する深い理解がなければ、十分な品質が担保できません。ハナノキは、その丁寧な仕事ぶりで、信頼を得てきました。
しかしウイルスの出現を期に、感染対策として、観客を入れての舞台公演などが軒並み中止に。そのあおりでフラスタの受注数も激減し、ハナノキの経営を直撃したのです。
ウェブ上で公開された文章には「廃業が目前に迫っている」として、活動支援金を募りたい旨が、切々とつづられました。公式サイトのほか、店のツイッターアカウント上でも、同じ趣旨の呼びかけがなされています(※募集は既に終了)。
筆者自身、お気に入りのアニメのライブ会場などで、フラスタの豪勢さに驚いてきた一人です。ファン文化の中核をなす職人は、どんな思いで、あの文章を公開したのか。詳しく知りたくて、事業主の男性に話を聞くことにしました。
「ハナノキの場合、制作は全てオーダーメイドです。一つとして、同じものを作ることはありません」。自身の仕事について、男性が語ります。
大学院を修了後、花の卸会社に新卒入社。花き市場で働き、生花店や仲卸業者の業務にも従事しました。業界の最前線で得た、花の流通や販売の知識を活かし、現在はフラスタの制作・納品に特化した事業を営んでいます。
ハナノキでは、依頼者からの要望を基に、フラスタを形にしていきます。声優やVtuberを始めとして、アイドルや舞台俳優、ヴィジュアル系バンドなど、取り扱うジャンルに垣根はありません。
創業以来、大切にしてきたのが、依頼者の熱量に応えることです。
例えばアニメにまつわるライブ向けなら、制作前にそのアニメを視聴したり、関連する音源を聞き込んだり。公式サイトや出演する声優のSNSなどもチェックし、依頼者が大切にしている世界観を、最大限知るよう努めています。
過去に完成させた作品には、出演する声優のイメージカラーの花を盛り込んだほか、その声優が演じているキャラクターのフィギュアを使って、立体的な造形を追求したことも。手間がかかる分、フラスタの価格は、多くの場合一つ3万~5万円程度と、決して安くはありません。
それでもSNS上には、「他のお花屋さんでは実現できないクオリティー」「オタクの気持ちに寄り添うような仕上がり」といった、ハナノキのサービスを利用した人々の声があふれています。
「自分もアニメやゲームなどのオタクカルチャーが好きなので、関連情報を自然に調べられます。ビジネスライクというより、共同制作者のような形でお客様と関われると、お互いに満足度の高いものが完成することが多いように思います」
「他のお花屋さんで、制作者自身がオタクというのは、あまり聞いたことがありません。ファン目線に立ってフラスタを作ることで、仕上がりにもの違いが出るように思います」
もっとも男性は、当初からフラスタ作りを志していたわけではありませんでした。
花き市場での勤務時代から、男性は花に興味を持つためのきっかけを増やす必要性を感じていました。切り花の売り上げが右肩下がりで、市場規模も年々縮小するばかりだったからです。
購買層を厚くしなければ、「花離れ」は止まらない――。日に日に危機感が強まりました。
そんな中、運命的な出来事が起こります。女性高生たちがアイドルになって活躍する人気アニメ「ラブライブ!」。その声優が出演するライブのために作られたフラスタの画像を、ネット上で偶然見かけたのです。
「それまでは、一般的なフラワースタンドしか見たことがありませんでした。アニメのライブ会場などで目にするたび、『もっとファンやキャラクターに寄り添った表現ができるはずなのに……』と思っていたんです」
「しかし私が見たラブライブのフラスタは、各キャラクターのイメージカラー通りの花に、イラストパネルやバルーンなどを組み合わせ、一人ひとりの個性を最大限に表現していました。衝撃を受け、『こういうものを作れる人間になりたい』と感じました」
すぐさま、そのフラスタを手掛けた生花店に無給での手伝いを志願し、そこで制作技術を学びます。2014年には、推し声優・南條愛乃さんのバースデーライブに、自分で企画・制作した作品を贈りました。こうした経験が、男性をフラスタ職人の道へと誘ったのです。
「お届けしたフラスタの画像や、そこに込められた思いは、イベントの出演者やその場にいる参加者などを介し、SNS上で広まります。『花に興味を持ってもらう機会を提供する』という点で、とても広くリーチできていると思います」
男性は店の公式ブログやYouTube、SNSを駆使し、フラスタの制作プロセスなどについて発信しています。特にツイッターでは、毎日のように投稿を継続。ユーモアあふれる書きぶりが人気を呼び、1万人近いフォロワーを抱えるアカウントに成長しました。
順調と思えたハナノキの経営でしたが、新型コロナウイルスの流行後、状況が一変します。初の緊急事態宣言が発出された昨春~昨夏にかけて、フラスタの注文がゼロに。前年同期比の売り上げも、マイナス80~90%ほどに落ち込んでしまいました。
「イベントの中止が相次ぎ、実施されたとしても、感染予防の観点からお花は受け取れない、とされることがほとんどです。そのため、フラスタをアトリエで制作し、その写真入りアルバムを出演者の事務所に送るサービスや、記念日用のフラワーアレンジメントの販売を始めるなど、経営努力を続けてきました」
ところが収入が十分伸びず、やがて、翌月の家賃すらまかなえなくなるところまで追い込まれます。そこで男性は、冒頭の文章を、ウェブ上にしたためました。
「大切な思い出をくれた店。支えたい」「今度はオタクが恩を返すとき」
ハナノキのサービス利用者を中心に、多くのフラスタファンたちが、次々とツイートを拡散しました。リツイート回数は2万回を超え、今年2月8日~16日の募集期間中に、500人以上が支援金を投じたのです。
「支援金の総額は、『これくらい集まったらありがたい』と考えていた数字の倍以上でした。このままでは、フラスタという文化がなくなってしまう。そんな危機感を、たくさんの方々と共有できたからこその結果だと思います」
【大切なお知らせ】大変無念ではありますが、このままだとハナノキは活動を続けることが難しい状況になってしまいました。最後のお願いとして、クラウドファンディングでのご支援を募りたいと考えております。詳細はリンク先をご覧ください。https://t.co/E2FIkbJX6k pic.twitter.com/quhKVQkhFa
— オタクのためのお花屋さんハナノキ (@hananoki_flower) February 9, 2021
今年4月25日、三度目となる緊急事態宣言が発出されました。対象地域の一部では、国や自治体からの要請を受け、大手映画館などが休業。それでも感染者数は十分減らず、当初5月末とされていた期限が、6月20日にまで延長される事態となっています。
ハナノキも、受注済みのフラスタ制作依頼がキャンセルになったことを始め、依然として苦境にあることに変わりありません。
しかし男性は今、事業継続への決意を新たにしています。支援者はもちろん、フラスタを愛する全ての人々のために、フラスタ文化を途切れさせないよう、そしてより広く深く発展させられるよう貢献したい。そう考えているからです。
ハナノキのSNSでは、アカウント用の画像として、「フラスタは愛」というロゴを載せています。これこそが、全ての活動のモットーであると、男性は話します。
「フラスタは、正直に言えば、ライブを行う上で無くても困らないものです。出演者のためということであれば、一枚でも多く、CDやTシャツなどを買った方がいい。それでも贈るのはなぜか。やはりキャストさん、キャラクターへの愛ゆえなんだと思います」
「その愛を形にして、キャストさん、スタッフさん、そしてファンのみんなと共有することができる、唯一無二のもの。それがフラスタなのではないでしょうか」
ウイルスが去ったら、「推し」が出演するライブの会場で、フラスタを見て笑顔になりたい――。ネット上には、切なる願いがあふれています。それを、支援金という形で受け取った男性は、次のように語りました。
「ただただ感謝と言うよりほかにありません。クラウドファンディング以外にも、お花のご注文、ツイートの拡散、業務の補助など、様々な形でご支援頂きました。活動を続ける中で、少しでもお気持ちに報いられたら、と思っております」
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