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#1 地デジ最前線

役所だけど「市民を来させない」 100%オンライン化へ、豊中市の決断

豊中市役所=同市提供
豊中市役所=同市提供

目次

地デジ最前線
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新年度を迎え、転居や保険・年金関連、各種助成金などの申請で、住民が役所へ訪れる機会は多いでしょう。ただし、役所の手続きというと、「待たされる」「窓口をたらい回しにされる」といったイメージがあります。

しかも、手続きできるのは、基本的に平日。日中働く人たちにとって、役所へ行くのは大きな負担です。「わざわざ時間を作って足を運ばなくても、自宅からネットで手続きできればいいのに……」。こうした声は以前から溢れています。

今年9月に創設されるデジタル庁は、多くの住民の悩みを解決する期待を背負っています。ミッションの1つに、地方公共団体の行政手続きのオンライン化推進を明示しているからです。

国の大号令のもと、デジタル化の波が一気に押し寄せています。そうした中、大阪府豊中市は、2023年3月末までに約910件ある行政手続きを100%オンライン化する目標を高々に掲げました。オンライン化を進める自治体は少なくありませんが、豊中市のように明確な期限を定めて「100%」と公言する自治体は珍しいです。

なぜそのような判断に至ったのでしょうか。行政手続きのオンライン化に向けた豊中市の取り組みを聞きました。

コロナ対策でデジタル化が加速

「普段、申請書にこんな書類を付けているんだけど、可能かな?」

「そもそもこの書類、本当に添付する必要あります?」

ある日の豊中市役所——。ミーティングの場でこのような会話がなされていました。これまで事業者からの申請に必要だった参考書類を、オンラインでどう添付すればいいかを相談する職員に対して、デジタル戦略課の担当者が、申請方法そのものの見直しを提案しています。

豊中市では、全24部局が一斉に行政手続きのオンライン化を進めています。現在の進ちょく率は20%ほどですが、再来年3月末までに原則すべてをオンラインで申請できるようにします。

その実行部隊として、20年10月に新設されたのがデジタル戦略課です。ITシステムの保守・運用などを担う情報政策課出身のメンバーを中心に、22人の職員が手続きのオンライン化を含めた、デジタル行政の推進に注力しています。

同市がデジタル行政に大きく舵を切ったきっかけの一つが、新型コロナウイルス対策です。デジタル戦略課企画推進係の橘昭博氏が振り返ります。

「昨年4月ごろ、市民の皆さんを来庁させないために、市のホームページに情報をまとめて、『郵送でできる手続きはこれだけありますよ』というアナウンスをスタートしました」

豊中市デジタル戦略課の橘昭博氏
豊中市デジタル戦略課の橘昭博氏

その後、8月に豊中市はデジタルの力によって市政や市民生活を変えていくという「とよなかデジタル・ガバメント宣言」を発表。併せて、この具体的な取り組みを示す「とよなかデジタル・ガバメント戦略」を策定しました。

それに伴い、コロナウイルスの感染防止のため、窓口の混雑状況をホームページでリアルタイムに配信するシステムを導入して、役所で待たせないような環境を整備するとともに、手続きのオンライン化についても取り組んでいきました。

その中で出てきたのが「100%」という数字。橘氏によると、これは長内繁樹市長のトップダウンによるものでした。「市民や事業者の皆さんが、市役所に来庁せずとも手続き等が可能となるように」「明確な目標を定めて、職員自身の意識を変えなくてはならない」という思いが、背景にあったといいます。

「使われないから」という言い訳はやめよう

豊中市は以前からIT活用に力を入れていた自治体でした。

取り扱う情報の機密性などを担保するため、06年6月に全国の市町村で初めて情報セキュリティマネジメントシステム(ISMS)の国際規格「ISO/IEC27001」の認証を取得。昨年からは煩雑な業務を自動化すべくRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)を本格導入しました。

例えば、妊婦健診受診券入力業務を年間約4万3000件、介護保険要介護・要支援認定申請を年間約2万2000件、機械で処理することが可能に。「日経グローカル」が20年10月に発表した「電子化推進度ランキング」では、市町村でトップという評価を受けています。

ただし、こうした素地はあったとはいえ、行政手続きのオンライン化に対して、職員の意識が前向きだったとは言い難かったようです。

「マイナンバーカードが普及してからでも遅くないのでは」「オンライン化しても年配の方などには使われないのではないか」といった声が聞こえ漏れていました。

じつは、豊中市は05年に「電子申込システム」を導入し、一部の手続きはオンラインでも可能になっていました。ただ、職員採用試験や水道開閉栓など限られた利用にとどまっていました。

そうした経緯もあり、「せっかく作っても、使ってもらえないのではないかという懸念が現場の職員にありました。人員も限られている中、オンライン化の優先順位は決して高くなかったです」と橘氏は説明します。

こうしたムードを断ち切ったのが、市長のデジタル・ガバメント宣言でした。

「とよなかデジタル・ガバメント戦略」による具体的な目標
「とよなかデジタル・ガバメント戦略」による具体的な目標

これによって、利用されないという言い訳をするのではなく、たとえすぐに使われなくても、先に行政が手を打って環境を整えておくべきだ。それが住民サービスの向上につながるのだという考えを強く打ち出したのです。

すぐさま、行政手続きのオンライン化を実現するため、市役所を挙げて業務の棚卸しが始まりました。手続きの種類と、現状でオンライン対応しているかどうかをリストアップした上で、100%という目標達成に向けた具体的な計画を立てるよう、各部局に求めました。

基本的に「できません」「やりません」は認めず、部課長会議では、定期的に進ちょく具合を確認、報告するという徹底ぶり。この熱量が各部署の現場にも伝播していき、「これは本気だ。やらなくてはいけないんだろうなと、職員も徐々に意識が変わっていきました」と橘氏は話します。

二人三脚で取り組む

しかし、いくらやる気があっても、できるかどうかは別問題です。とりわけデジタルに明るい職員がいない部署は一筋縄ではないでしょう。

それを支えるのがデジタル戦略課の役目です。オンライン化に向けた相談に乗るところから始まり、システムの実装も支援するなど、各部署と二人三脚で取り組んでいます。

「何から始めればいいかわからない部署には、オンライン申請フォームのサンプルを作ってあげたり、他の部署のものを流用したりして、手取り足取り教えていきました」(橘氏)

最も時間をかけているのが、業務の見直しです。手続きをオンライン化したからといって、業務がすべてデジタルになるわけではありません。場合によっては、オンラインで受けた申請を紙に出力し、既存のワークフローに流し込まざるを得ないこともあるといいます。非効率だとわかっていながらも、業務プロセスを一気に変えることは難しいため、できる範囲の中で効率化を図ろうとしています。

当初は上から言われて動いているように見受けられた各部署の担当者も、今では自発的に提案が出てくるようになったといいます。

「せっかく電子申請でデータが入って来るので、RPAとくっつけて業務の自動化を図りたいという相談も増えてきています。担当者レベルにもデジタル化の意義が落とし込まれている実感はありますね」と橘氏は手応えを感じます。

立ちはだかる国の壁

一方で課題も見えてきました。

オンライン化が進みやすいものもあれば、そうでないものもあり、部局によって進ちょくにばらつきがあります。

例えば、図面が必要な申請です。これまでは窓口で図面を見ながら職員と事業者が話し合って決めていたことを、一足飛びにオンライン化するのは難しいです。また、図面データを添付するといっても、A0を超えるような大型サイズのものも多く、デジタル化することで視認性が低くなってしまう懸念もあります。

「100%という目標は目指しますが、オンラインでできること、できないことのすみ分けを、きちんと担当者と話し合って進めていかねばなりません。オンライン化したことで負担が増えてしまっては本末転倒です」と橘氏は指摘します。

もう一つの課題が、国の法律や制度の壁です。

実のところ、非常にニーズが高いといえる転入届はオンラインで申請できません。そのほかにも、豊中市の調べでは「住民基本台帳法」にかかわる手続きの中には難しいものがあるといいます。

加えて、年金など、管轄が役所ではない申請は、自治体側で勝手にオンライン化できません。豊中市が棚卸しをしたところ、これらに該当する手続きは30件以上ありました。

もっとも、国も法改正に向けて動いていたり、マイナンバーカードによって転入・転出届の簡便化を進めたりしています。「豊中市としても国の動向に沿って取り組みを進めていきたい」と橘氏は力を込めます。

どうしてもアナログ業務は残る

今回、豊中市が取り組んでいるのは、手続きの最初のステップをオンライン化することであり、すべてがオンラインだけで完結するのは、その先の話です。どうしても申請プロセスの中で紙の業務や、対面による業務は残ってしまいます。また、住民側がオフラインでの手続きを望むケースもあります。

「ただ、窓口に来る前にオンラインで相談内容を記入してもらったり、窓口で打ち合わせした後に、自宅へ帰ってからオンライン申請してもらったりと、可能な限りオンラインでできることを増やして、住民サービスを高めていきたいと思います」(橘氏)

これまですべて窓口で対応していた業務が、一部オンラインでできるだけでも、職員の負担軽減につながる可能性はありますし、住民も便利になるでしょう。橘氏は「今後は、オンライン化が難しいプロセスに対して人員を割くなどして、業務全体の効率化を進めていきます」と意気込みます。

デジタル庁が創設される今年は、行政にとって「デジタルトランスフォーメーション(DX)」元年と言えるでしょう。実際、多くの自治体がDX関連予算をつけて、行政手続きのオンライン化などに取り組もうとしています。

こうした動きは歓迎しつつも、古くから「電子政府」や「行政のICT化」などを取材してきた身としては、今回もポーズだけで終わらないことを切に願います。そうした点でも豊中市の実行力には期待したいです。

 

日本全国にデジタル化の波が押し寄せる中、国の大号令を待たずに、いち早く取り組み、成果を上げている地域があります。また、この波をチャンスと捉えて、変革に挑戦しようとする人たちの姿も見えます。地デジ化(地域×デジタル、デジタルを武器に変わろうとする地域)の今を追う特集です。

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