感動
「愛猫の治療」ヤフオク出品のスープラ、即決の買い手が明かした計画
「また俺から、同じ値段で買い戻してくれ」
難病の愛猫の治療費捻出のため、ヤフオクに出品された左ハンドルのトヨタ・スープラ。ニュース記事で事情を知った男性から入札があり、無事に出品価格で落札されました。すぐに購入代金の270万円を一括入金した豪気な彼もまた、クルマと猫をこよなく愛する一人でした。手に入れたスープラをどうするか? 購入後の驚くべき計画があったのです。(北林慎也)
希少な左ハンドル輸出仕様のMA70型スープラをオークションサイト「ヤフオク!」に出品していたのは、大阪府在住の「leiz」さん(52)。
愛猫のしるくが難病の「猫伝染性腹膜炎(FIP)」に感染し、高価な未承認薬による治療費を捻出するため、27年間乗り続けた愛車を手放す決意をしたのでした。
その出品ページをたまたま目にして自身のツイッターで紹介したのが、滋賀県在住のYutoさん(26)です。
「無事オーナーさん見つかって治療できますように」とのメッセージを添えて投稿すると、3.2万超のリツイートで拡散。Yutoさん自身も少額決済による支援開始を手伝い、瞬く間にたくさんの善意が寄せられました。
その経緯をwithnewsが報じると、70スープラの出品ページにさらにアクセスが集まり、「出品者への質問」欄にはコメントが殺到。ほとんどが励ましや支援の申し出でした。
leizさんは感激しながら、その一つひとつに丁寧に回答していました。
そこに転機となる質問が届いたのは、オークション終了日となる15日の朝。
「はじめまして。現車確認を明日にでも可能でしょうか? 我が家にも大きな猫がいるので気になります。問題なければ即決で落札しようと思います」
それまでに寄せられたコメントとは毛色が違う、単刀直入で前のめりな打診でした。
leizさんは面食らって「現車確認は可能ですが、かなり偏った車で高額ですので、よく考えて入札してください」と慎重な判断を求めつつ、居住地がたまたま近くだったので連絡先を交換します。
すると「今の用事が終わったら、すぐそちらに行く」というので急きょ、その日の昼に会って実車を見てもらうことになりました。
待ち合わせ場所となった近くのファミレスの駐車場に、彼は仕事現場からハイエースで駆けつけました。
そして、若い従業員とおそろいの作業着姿で降りてきてleizさんを見つけると開口一番、スープラを見る前に「買います」と言ってきたそうです。
彼は大阪府内で建設業を営む「masakoba」さん(52)。leizさんと同い年と分かり、すぐに意気投合しました。
masakobaさんも一匹の猫を飼っています。
体重7キロの元気なメス猫。よそで虐待を受けていたのを見かねて連れてきて、そのままペットにした猫だそうです。
スープラの出品を伝えるwithnewsの記事をたまたま目にして、「自分の猫が同じ状況になったらどんなに辛いか」とleizさんに共鳴。すぐさま落札による支援を決意しました。
過去には愛犬のブルドッグが大病を患い、leizさんと同じように高額の治療を余儀なくされる経験もあったそうです。
そしてmasakobaさんは、大のクルマ好きでもありました。
日産フーガHVにレクサスSC430、そして最近、トヨタの初代MR2とMR-Sのミッドシップ車を立て続けに購入。専門店でレストア中の初代カローラスプリンター(KE型)を含めると、計5台を所有しています。
leizさんはmasakobaさんに実車を紹介しながら、修理が必要そうな箇所を示して「出品価格から修理代分を値引きしましょうか?」と打診します。ですが、masakobaさんは「言い値で買う」の一点張り。
しかし、すぐに「じゃあ売ります」というのもさすがに乱暴だと思い、leizさんの運転で同乗試乗したり車検証を確認してもらったりしました。
そのうえで、当日の夜にあらためてmasakobaさんがヤフオクから入札。総治療費の概算でもあった出品価格の270万円で、晴れて取引成立となりました。
さっそくmasakobaさんは、翌15日に一括で270万円を入金します。
しかもこれとは別に、支援者の助言でleizさんが立ち上げていたPayPayでの小口入金窓口に、当座のお見舞いとして10万円を振り込みました。
それにしても、これだけのお金をすぐ工面するのも大変だったのでは? 記者がmasakobaさんに尋ねると、もともとKEスプリンターのレストアを1年がかりでやってもらう予定で、その費用として用立てていたそうです。
その結果、レストアの完成は先延ばしになるかもしれないとのこと。
それでもmasakobaさんは、「また頑張って働いて、稼げば良いだけです」と気丈に話しています。
これから名義変更の手続きを経て、27年間も大事に乗り続けてきた70スープラはleizさんの元を離れ、masakobaさんの手に渡ります。
masakobaさんにとって6台目の所有車となるスープラ。
「もう置く場所がない」と冗談を言いながらも、masakobaさんには秘めた計画がありました。
会社の資材置き場の一角、日が当たりにくい涼しい場所を改装して、スープラ用のガレージを作るそうです。
そして、譲り受けたスープラの傷んでいる箇所を直しながら、往年の輝きを復活させて大事に保管するつもりです。
早くも馴染みのショップに見てもらって、米ASC社による後付けサンルーフの劣化したゴム部品などの要修理ポイントを特定。希少な海外仕様なので、部品の工面を思案しています。
そのうえでleizさんに、こう伝えました。
「買ったスープラはピカピカにして飾っておく。しるくちゃんの治療が終わって元気になったら、また俺から同じ値段で買い戻してくれ」
なんとmasakobaさんの計画は、愛猫の治療が終わって元のオーナーが迎えに来るまで愛車のスープラを大事に預かっておく、というものでした。
それは「27年間も大事に乗っていた愛車だから」という思慮からの、同じクルマ好きとしての最大限の支援でした。
さらには「住まいも遠くないので、同じクルマ好きの新しい友人として、寂しくなったらいつでもスープラを見に来て運転してほしい」とも話しています。
多くの人の善意のリレーが実った、今回の落札劇。
そこに込められた思いが届いたのか、入院中のしるくも徐々に元気を取り戻しているそうです。
一連の経過を報告するブログのエントリーでleizさんは、感激のあまり言葉にならない率直な気持ちを伝えています。
「本当にありがとうございました。もっとうまくこの気持ちを表現できないのがもどかしいです」
そしていよいよ、寄せられたカンパとスープラの売却代金を元手に、しるくの治療が本格化します。
たくさんの思いが込められた根気強い投薬で、FIPの完治を目指すことになります。
今回の拡散のきっかけとなり、また支援に尽力したYutoさんは、関わった多くの人たちの気持ちを代弁するように、こう話しています。
「自分の行動が良い結果につながったのだとしたら、とても嬉しい。あとはしるくちゃんの生命力を信じて、静かに見守っていきたいと思います」
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