車いすユーザーが無人駅を利用した際の不便さを訴えたブログに対し、SNS上で大きな反響がありました。自由に移動できる権利が大切だと支持するハッシュタグができた一方で、「駅員だって大変なのに」「書き方がおかしい」といった批判も集まりました。ネット炎上を研究している国際大グローバル・コミュニケーションセンター准教授の山口真一さんに、SNS上でのコミュニケーションの問題点を聞きました。
ネットで議論が進むことは難しい
私はネット炎上を「ネット上で批判や誹謗中傷が殺到すること」と定義しているので、これも炎上といってよいでしょう。それもかなり大規模な炎上で、「障害のある人がみんな同じように見られたらどうしよう」と不安な気持ちになった方もいたのではないでしょうか。
私自身は、ネットの発言で時に政治が動くことはあっても、議論が進むことはなかなかないのではないかと思っています。今回の問題も難しいでしょう。
「中庸の人」は意見を書き込まない
ネットの発信には、すべて能動的な発信しかありません。言いたいから言っている。つまり、強い思いを持っている、極端な意見の人の方が発信します。
「双方の意見も分かる……」といった中庸の人はなかなか書き込みません。
“憲法改正――に対する「意見」と、「その話題についてSNSに書き込んだ回数」を聞き、分析した”
“「非常に賛成である」「絶対に反対である」という人は社会には7%ずつしかいないのに対し、ネット上では29%と17%の意見を締める。合計すると46%と、約半分の意見を「少数の極端な人」が占めている”
――山口さん著『正義を振りかざす「極端な人」の正体』(光文社新書)より
たとえば、アメリカのトランプ前大統領の時代には、支持者と不支持者の間であまりに違った前提が共有されていました。そういう場合には意見が衝突してしまって、妥協点を探すことが難しくなります。

「書きぶり」に集まった注目
まず一つ目は、議論の前提の違いです。本来ならば、障害のある方も他の方と同様に生活を送れるのが理想ですし、それが真のバリアフリーです。だから他の方と同様、事前連絡なしにスムーズに目的地まで乗車できる社会を目指したい。ブログもそれを前提に書かれており、そうなっていない現状の問題を提起しているわけです。
しかし、そもそもマジョリティは健常者なため、なかなかその視点で考えることは難しいです。そうすると、「利用者の少ない無人駅に、事前連絡なしに車いすで行ってクレームをつけている」という解釈になる。
二つ目は、ブログの書きぶりです。ブログでは残念ながら自分の主張がかなり強く出ており、可能な範囲で対応した駅員への感謝の言葉はありません。また、トラブル後に即マスコミに連絡をしているのも、大きく批判しようとする意図がとれて、読者に良い印象を抱かせないでしょう。
実は、話題になった投稿のあとに補足の投稿があり、こちらはもっとロジカルに書かれており、駅員への感謝の言葉も記され、何を訴えているかが丁寧に書かれていました。しかし残念ながら、元の記事ではそこは伝わらないかと思います。

未だ真のバリアフリーに到達できていないことを訴えていくことは大切です。しかし、今回のように批判や対立を前面に出した訴えだと、炎上するだけで本当に訴えたいことは伝わらず、個人攻撃に発展して終わってしまう可能性があります。
いうまでもなく、賛成も反対も表現の自由です。今回の件では心ない誹謗中傷もありますが、そうではない批判も多くついています。しかしいずれにせよ、書き方に注目が集まったことで、障害のある方の移動の自由という問題が見えにくくなり、著者への人格攻撃を招く「隙」を与えてしまった面は否めないでしょう。
丁寧に書いたら、ここまで広がった?
補足の内容も含めて、相手の立場も考慮しつつ、丁寧に書くのがベストだったと思います。炎上による問題提起ではなく、共感を呼ぶような問題提起です。でもそうするとここまで広がっていませんよね。それが非常に難しいところです。
今回の件で、障害者にネガティブな反応が目立ち、差別を思わせるものもありました。
著名な方でもありますし、結果的に障害のある方全体に対する差別を加速させることになったとしたら残念です。ただ、「ここまで燃えるような内容なのだろうか」という点では私も不思議に思っています。
可視化された誹謗中傷に便乗する
まず、誰かに怒りをぶつけているような投稿は拡散されやすい側面があります。
――山口さん著『正義を振りかざす「極端な人」の正体』(光文社新書)より
2017年に行った私の研究では、どのような炎上事例でも、6~7割の人が正義感から投稿を書き込んでいるそうです。そこでいう正義感は、自分の価値観での正義です。
しかし動機を掘り下げていくと、何かしらの生活や社会への不満といったものが出てくることも少なくありません。
しかし実際には、そのように他者に制裁を加えることで、不安を解消してくれるような、いくばくかの満足感を得ようとしているのである”
――山口さん著『正義を振りかざす「極端な人」の正体』(光文社新書)より
自覚のない誹謗中傷の投稿も
コミュニケーション研究では、身ぶり手ぶりも表情も見えない非対面コミュニケーションにおいては、相手が人間だという意識が薄れて攻撃的になりやすいといわれています。SNSで乱暴な言葉遣いをしている人も、リアルで会うとそうではない、ということがあります。
自分が攻撃的な言葉を使ったときに、相手が嫌な顔をしていたら、多くの人は「まずいことを言ったな」と思いますよね。SNSではそう気づくシーンがありません。
――投稿している人は攻撃している認識がないのですか。
米国の「Re Think」というサービスでは、攻撃的なメッセージを投稿しようとしたときに「本当にこの内容を送りますか?」とアラートがなるようにしたそうです。
すると、これを使った93%のティーンがSNSへの投稿を中止したといいます。つまり、自分に攻撃や誹謗中傷の認識がなく投稿しているんです。
炎上は問題の本質でないところで起きる
たとえば、過去に「保育園落ちた日本死ね」というブログが話題になりました。あのネガティブな言葉で大きく広まりましたね。
一部の議員のなかでは「書き方が悪い」と批判する人もいましたが、政治が大きく動いたきっかけともなりました。
――「書き方が悪い」というのは、問題の本質ではない部分ではないでしょうか。
多くの炎上が、問題の本質ではないところ、議論したいテーマではないところで炎上しますよね。
Twitterなどは字数制限があり、自然と自分が腹の立った部分を「切り取って」コメントすることになります。そうすると本質的な部分ではないことばかりに言及されることが少なくありません。
――そうなるとますます、「ネット空間ではセンシティブな問題を発信しないようにしよう」という動きが強まりませんか。
まさに、極端な意見の人ばかりが発信し、中庸の意見の人は極端な人たちからたたかれることを恐れて発信しづらくなり、撤退してしまいます。
この問題の解決にはオープンなSNSでは難しい。現状の仕組みの限界を示した事例だと言えるかもしれません。

自分の心地いい意見を聞く
自身がSNSでフォローしている人は自分と同じような意見の人になりがちです。「エコーチェンバー」といって、見ていて心地のいい投稿の人とつながると、自分と同じような意見がエコーしていきます。
すると、自分の意見が固定化され、極端化していきます。選択しているようでいて、フィルターがかかっている。反対の人の意見を目にするのはまれなケースになります。
また、自分のほしい情報を自らが求めにいっている面もあるでしょう。
――山口さんのご著書では、違う意見をフォローしている事例も紹介されていました。
慶応義塾大学の田中辰雄教授らの10万人を対象としたデータ分析では、ツイッターでは32~47%のユーザーが異なる考え方を持っている政治家やオピニオンリーダーをフォローしているという結果でした。
「若い人より、中高年以上の方が政治的に極端」「SNSの利用は極端化を進めるばかりか、むしろ若い人を穏健化する効果があった」「ネットニュースは人を極端化している」との研究結果を発表しています。
また、私が学生に教えていても、「ツイッターを始めて、いろんな意見が社会にあることを知った」という意見を聞くことが少なくありません。
つまり、極端化する効果と、反対の意見を見る効果の両方があるといえます。ただ、最近実施した私の簡単な研究では、前者の効果の方が大きいことが分かってきています。今後、この研究を進めていきたいと考えています。
プラットフォームにできること
まずはSNSなどのプラットフォーム事業者にできることがあります。
たとえばTwitterは、リプライ(メッセージ)を飛ばせる人を選択できるようになりました。
少し種類は違いますが、ニュース記事の本文を読む前にリツイートしようとすると「記事を読みましたか」とアラートが出るようにもなっています。これは効果的なサービスの改善だと思います。
情報発信の教育や啓発はもちろん大事ですが、私は「受信の教育・啓発」も重要だと思っています。
すべて防げるわけではありませんが、「自分の見ている情報は偏っているのかもしれない」という恐れがあることを知っておくだけで意識が変わります。
最後に、ディスカッションの授業を増やした方がいいと考えています。批判するとしても、「相手を尊重したうえで」批判し、人格攻撃をしない。
これは批判される側の意識も大切です。批判がすべて自分への攻撃だと思ってしまう人は、これまで議論の練習をしてきていないのだと思います。
「攻撃と批判は違う」と考える訓練をしていくことに効果があるのではないでしょうか。