連載
#30 #まぜこぜ世界へのカケハシ
車いす「乗車拒否」ブログ見た駅員の葛藤「訴えはもっとも。ただ…」
「実態は現場の善意任せ」
車いすユーザーが、無人駅での移動のしづらさについて訴えた、ネット上の投稿が注目を集めています。障害がある人も利用しやすい環境整備を、鉄道事業者に求める内容です。最前線で働く駅員たちは、当事者をどうサポートしているのでしょうか? 直接尋ねてみると、安全運行とバリアフリー推進の間で板挟みになる、現場の苦悩が浮かび上がりました。「立場を問わず、誰もが無理なく使える駅づくり」について、考えます。(withnews編集部・神戸郁人)
話題を呼んだのは、電動車いすを使うコラムニスト・伊是名夏子さんが、ブログでつづった文章です。無人駅を訪問時、階段移動時のサポートを鉄道会社に願い出た際、適切な支援を得られなかったとしています。
文面では、駅員による車いすの取り扱いを巡り、混乱が生じたことも報告。「(私たちは)利用者に入っていないのか」とつづり、改善を主張しました。
「伊是名さんの訴えは、もっともです。ただ分刻みで駅の運用に当たり、ギリギリの状態で働く、社員たちの現状も知って頂きたいと思います」。そう語るのは、関東地方の鉄道駅に勤務する男性です。
同僚は数人という、小規模な職場。窓口対応から事務作業まで、多岐にわたる仕事に取り組んできました。障害がある利用者が、列車に乗りやすいよう支えることも、重要な職務の一つです。
「車いすを使われるお客様は少なくありません。当事者の方が見えたら、まず改札で目的地を伺います。次に直近の列車の発着時刻や、車両の識別番号などを調べ、降車駅に専用電話で伝えるんです。列車が来たら、私たち駅員が付き添い、乗車を手助けします」
男性が働く駅には、スロープが設けられています。車いすでの移動に支障はなく、改札からホームまで、自力でたどり着く利用者も。悩ましいのは、行き先で、十分な補助が見込めない状況が生じたときだといいます。
「以前、近隣駅で降りたいという、車いすユーザーの方をご案内しました。ところが、降車側ホームに備え付けのエレベーターが、点検中で使えなかった。対向するホームのエレベーターは動いていたので、いったん一つ先の駅まで行き、引き返して頂いたんです」
「降車駅は駅員の数が少なく、対応に時間がかかりかねませんでした。やむを得ないとはいえ、ご負担を増やしてしまう提案で、心苦しかったです。ただ事情を詳しく説明し、元々の乗車区間分の運賃のみかかるといったことも伝え、納得して頂くことができました」
イレギュラーな事態が起きたとき、駅側が利用者に対し、丁寧にコミュニケーションを取る必要性は一層高まります。しかし経費削減などの観点から、現場のスタッフ数は減少傾向にあるそうです。こうした状況が、駅員の士気に与える影響は無視できないといいます。
「特に昨年以降、新型コロナウイルスの影響で、列車の乗車率が下がっています。そのため、社員数を絞る駅も増えてきました。ただ遅延時の振替輸送案内など、突発事案への対応を含め、仕事の量が減ったわけではない。結果的に、負荷が高まっているんです」
「余剰人員を確保できればいいのですが、そもそも人がいません。障害がある方への配慮は、言うまでもなく大切。ご要望にお応えできるよう、駅員は力を尽くすべきです。しかし通常業務で手いっぱいで、支援に振り向ける人的資源が足りないのも、事実だと思います」
そして沿線駅には、元来わずかな数のスタッフで、あらゆる業務をこなしているところがあります。男性の駅も、その一つです。夜間は人員数が更に減るため、働き方に余裕がなくなりがちといいます。
車いすユーザーの伊是名さんはブログで、無人駅に他駅から社員を集め、車いすを持ち上げてもらったと書いています。このことについて男性は、「当然の権利」としつつも、容易に検討できることではないと話しました。
「仮に別の駅から、車いすのお客様を運ぶため、人を出してくれと頼まれたら……。正直、判断に迷うかもしれません。スタッフが減ったことで、安全運行に支障が出てしまうと、取り返しが付かなくなる恐れもありますから」
「私は、障害があるお客様への対応について、研修で学びました。サービス介助士の資格も取得したのですが、十分生かせる環境が整っていません。実態は現場の善意任せ。形だけのバリアフリー化と言われても、仕方ないのではないでしょうか」
一方、伊是名さんは、無人駅における車いすユーザー対応の不備も指摘しました。その難しさについて語るのは、別の鉄道会社に勤める男性社員です。
無人駅には、エレベーターやエスカレーターが設けられていないところがあります。男性が勤める会社の営業区間内にも、そのような駅舎が、少なからず存在するそうです。
「チケット窓口で業務を行っていた、数年前のことです。車いすを使うお客様から、ある無人駅に行きたいと、その場で相談を受けました。ただ構内に階段しかなく、安全を守れない可能性があったんです。指令とも話し合い、できることを考えました」
「担当エリア外の駅だったため『状況によっては、近隣にある他社の有人駅にご案内するかもしれない』と伝えました。そして承諾を得た上で駅側に申し送りし、切符を販売しました。こうしたことは、往々にして起こります」
男性の会社では、車いす利用者向けに、事前連絡用の電話番号を準備しています。必要な支援内容を伝えてもらい、旅客車の専用スペースを予約したり、移動時の補助スタッフを確保したりする形で、対応につなげるためです。
本来、障害がない人同様、こうしたステップなしで列車に乗れる状況が理想的と言えます。伊是名さんも、その点をブログで訴えました。ただ男性いわく、限られた人員を適切に配置する必要がある以上、現状では電話の活用を呼びかけざるを得ないといいます。
「にもかかわらず、当事者の方々に対する情報の周知が、全く足りていません。ウェブサイトなどに番号を掲載しているものの、目立たない場所にある。現場レベルでは危機感を共有していますが、会社全体で改善する方向に進んでいないのが実情です」
ところで、今回話題に上った無人駅は、全国各地に点在しています。国土交通省によると、2001年度には4120駅でしたが、19年度には4564駅にまで増加しました。総駅数に占める割合も、同期間に43.3%から48.2%へと高まり、上昇傾向です。
元駅員で鉄道コンサルタントの至道薫さんは、交通系ICカードの普及が強く影響したとみています。
「改札機は一カ月に一度、メンテナンスに出す必要があります。紙の切符対応型のものは、一台整備するのに3万円ほどかかるのですが、ICカード向けの場合3千円程度。また駅への入場記録がないと出場できないため、不正乗車の防止にもつながります」
「改札を自動化した方が、長期的には様々なコストを抑えられるんです。だから各社とも、紙の切符の全廃を目指しています。地方を中心に、無人駅はもっと増えるでしょう。車いすユーザーの方々は、こうした流れの中で置き去りにされていると思います」
そもそも移動の自由は、万人のための権利として、憲法に定められていると解釈されます。当然守られるべき自由が、こと障害者の場合、経済合理性のもとで制限されてしまう。そうした状況は、なぜ生まれたのでしょうか?
至道さんは一因として、鉄道事業を下支えする経営手法「マス・マーケティング」を挙げました。特定の顧客層を想定せず、全ての消費者を対象に、画一的な方法でサービスを提供するという考え方です。
「鉄道の存在意義は、多くの人々に、手軽に使ってもらうことです。切符さえあれば誰でも乗れる一方、利用者個人を大切にする発想は生まれにくい。障害がある人の存在を想定し、駅の業務や利用環境を設計しようという議論も、起きづらかったと言えます」
「また『バリアフリー4項目(一般に「物理的なバリア」「制度的なバリア」「文化情報面のバリア」「意識上のバリア」の四つ)』がどれも充実、進化していないことから、今回の事象が話題になってしまった面もあるでしょう」
改善策はあるのでしょうか? 至道さんは「駅構内のバリアフリー化を進展させることは大前提」とした上で、いかに現場の負担を減らすか、まず鉄道会社や政治家が知恵を絞るべきと説きます。
ヒントになるのが、JR内房線・江見駅の施策です。構内に郵便局が入り、局員が改札業務といった、駅の仕事も請け負っています。街の機能を駅に集約し、列車に乗らずとも駅を使ってもらう、「コンパクトシティー」という考え方に基づいています。
「もう少し視野を広げ、駅周辺の商店や観光案内所、タクシー会社などを巻き込んでみる。そうすると、地域ぐるみで障害者を支えていけるのではないでしょうか。改札の内外で世界を分けず、気軽に助け合える体制がつくれれば、大きな力になるはずです」
また鉄道やバスの経路検索と、乗車券の予約・決済などをスマートフォンで行える、次世代モビリティーサービス「MaaS(マース)」の活用も提案します。車いす利用者が、列車移動時のサポートを簡単に要望できるようにするなど、工夫の余地があるからです。
こうしたアイデアを深める企業に、補助金を出すといった形で、国や自治体が関与することも重要と、至道さんは語りました。
「一連の取り組みは、障害がある人が制約を受けず移動するための、橋渡し的なものであるべきでしょう。その負担を、特定の層が引き受けるのではなく、無理なく分かち合う。そんな姿勢が、巡り巡って社会を優しくしていくのだと思います」
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