連載
#226 #withyou ~きみとともに~
「否定されたほうがよかった」大学受験の後悔 言い返せなかった言葉
「好き」というだけでも
大学進学のための進路に悩んだ時期、本当にやりたいことを親に伝えることができなかった――。大学生になったいまも「あのときやりたいことを言葉にできていたらどうなっていただろうと考える」というエピソードを、イラストレーターのしろやぎ秋吾さんがマンガにしました。大学生の思いを詳しく聞きました。
埼玉県に住む大学3年生のササキさん(仮名)は、高校生で文系・理系を選択する際に、自分の進路に悩みつつも、本音で親と話し合うことができなかった経験を持ちます。
小学生の頃から美術や歴史に関心があったというササキさん。中学生になってから水彩絵の具を使ってイラストを描くようになりました。同時期に、アールヌーヴォーにも興味を持ち、宝飾デザイナーのルネ・ラリックの作品を好きになりました。
歴史に関しては、小学生の時に読んだ歴史の学習マンガや時代小説から歴史にも関心があり、博物館や資料館などにも足を運んでいたそう。「歴史が好きな中高生にありがちな感じ」と謙遜しますが、地元の史跡を訪れたりすることもあったそうです。
ただ、高校1年生のときに入った塾は、成績との見合いで理系の科目に強いところ。医療系の職に就く母親や、すでに理系に進路を定めていた姉の後ろ姿を見て、「なんとなく将来は理系に進むのかな」と考えていたササキさん。
しかし、実際に学校で文理選択をしなければならないという段階になって、ふつふつと、美術や歴史への思いがわき上がってきたのだといいます。
「美大が気になっていた友達は画塾にいくことを検討していた時期」だったというササキさん。
自身も、美大に進みたいという強い気持ちはないまでも、興味はあり、母親にその友人のことを何げなく話してみました。
すると母は「あなたは美大志望だなんて言わないわよね」と一言。「才能ある人しか芸術系では食べていけないよ」「ああいうのは選ばれたひとが行くところだよね」とも。
「単純に悲しかった」というササキさんですが、一方で、母親の反応は予想通りでもあり、「やっぱりなあ」とも思いました。
「才能のあるなしを言われてしまうと言い返せないなあ、と妙に納得してしまったのを覚えています」
また、それとは別の日のこと。
母親から「学部はどうするの?」と聞かれたとき、やはり心にひっかかり続けていた「歴史を学んでみたい」という気持ちを打ち明けてみました。
すると、母親から返ってきたのは「それを学んで、将来なにで食べていくの?」という質問でした。
とっさにササキさんの口からは、「いや仕事はわかんないけど、内容結構面白そうだなあって…」。
「私にとっての将来は、大学生の私でした。仕事をしている私ではありませんでした」というササキさん。
大学では漠然と、「好きなことを学べたら」と思っていました。
だから、母親からの質問にハッとした面もありました。
ただ、それ以降、ササキさんが自発的に「歴史を学んで将来どんな仕事に結びつけるか」をリサーチすることはなかったそう。
「理系の塾に入れてもらっていた手前言い出せなかったのも大きいです」
「私は母の顔色を伺うのに必死で、これ以上言ったら怒られてしまうんだろうなと。結局言うことはできなかったし、もうこれでいいかなと思いました」
現在ササキさんは、美術でも歴史でもなく、情報デザインを大学で学んでいます。
入学当初は「一番好きなことはできなかったし、今後勉強することは科目としては苦手で、でも言うほど嫌いでもない」という、なんとも言えない感情を抱えていましたが、3年生となったいまは、多くの友人や先生たちとの出会いを通し、考えが変わってきたといいます。
「大学で知り合った人たちの中には、好きなことを学びに来てる人もいるし、好きだけど苦手な人もいる。根っからの理系で、でも何よりも古典文学が好きな人もいます。性別や年齢、考え方、持っている知識も様々で、自分はその一人なんだなあと思ったというか」
「その人の普段の言葉選びや考え方だったり、その背景の一部には多少なりとも『好きなこと』が含まれているのかなと思います。自分もそうだったらいいし、いつかそうなれたらと思っています」
さらに、専門的な勉強をすることは叶いませんでしたが、いまも歴史や美術を好きな気持ちは変わっていません。可能な範囲で勉強も続け、「やっぱり楽しい」。
「今の自分だから興味を持てるものもあるのは事実なのでこれはこれでありだなとも思います」
進路に迷った経験を経て、大学生活では「好きなものが自分の一部として残っていればいいのかもしれない」という考えに至ったササキさん。
ただ、進路選択の際、はっきりと自分の考えを示せなかったことへの後悔は残っています。
「進路についてもっと考えること、家族とちゃんと話し合うべきだったこと、あとはもっと勉強すればよかったと思います」
母親から進路や将来について聞かれたとき、歴史や美術が好きだという思いはあったものの、その思いや将来像を伝えられなかったササキさん。
「自分のやりたかったことをちゃんと言葉にして、駄目ならば駄目なりに一度否定されてしまったほうがよかったなと思います」
「当時は納得したと言い聞かせていましたがどこかもやもやしていました」
「勉強の手抜きをする都合のいい言い訳にしてしまっていた気もします」とも話します。
これから進路を考えて行く10代に対してはこんなエールを送ります。
「自分が好きなことというだけ、ほんの少し興味があるだけでも、十分進路として検討する価値や意味はあるのではと思います」
「できる範囲でも、思い出した時だけでも良いので、ぜひ自分の好きなことに取り組んでみてください」
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