最新の情報を参照することが重要である一方で、実際の医療においては「新しいものが一番いいとは限らない」というのも知っておいた方がいいことです。例えばがんの治療においては、“最新のがん治療”と称して、科学的な根拠がなく、高額な“治療”を提供する医療機関が後を絶ちません。
本来、医療において推奨されるのは「標準医療」と呼ばれるものです。これは「科学的根拠に基づいた観点で、現在利用できる最良の治療であることが示されている」もの。よりよい医療を提供するために臨床試験・治験などを行い、比較的、長い時間をかけて確立されます。
しかし、新型コロナウイルスについてはこの瞬間にも世界で多くの命が失われる未曾有の事態を迎えています。そのため、WHOだけでなく各国の政府や医療機関、学会などがその時点のエビデンスに基づき、今もっとも命を救えると考えられる治療を模索しています。一般に向けての感染対策においても同様に、今もっとも確からしいと考えられる方法が提言されるのです。マスクを巡る一連の経緯のように、提言の内容が修正されるのは、医療が前に進んだことを意味するものでもあります。
もちろんWHOの対応には批判的な検証もなされるべきです。実際に、2021年1月18日、WHOの独立調査パネルはWHOの新型コロナウイルス対策の初動の遅れに疑問を呈しています。しかし、マスクの推奨要件の変化のような事象は、医療に普遍的に起こり得ることです。医療がこうした推奨の変化を繰り返して発展してきたこと、それが猛スピードで起きているのが新型コロナウイルスの情報であることを加味して、受け手側はどうするべきかを考えなければいけません。
一般の生活者が感染対策をする場合、基本的には、政府や厚生労働省など、公的機関が発表する内容に沿うのがもっとも妥当です。国が推奨するにあたって、その情報は複数の専門家が世界や国内のデータを検証した上で、(国が)責任を持って提言しているはずのものです。他の情報よりも信頼性は高いと言えるでしょう。
2020年8月にはこんな騒動もありました。4日、大阪府の吉村洋文知事が「ポビドンヨードを含むうがい薬を使うことで、感染者の唾液中のウイルスの陽性頻度が低下した」とする府立病院機構の研究成果を紹介、府民にうがい薬の使用も呼びかけましたが、これにエビデンス不足であると批判が集中。翌日5日に「予防薬でも治療薬でもない」と強調したのです。この一件が批判されたのは、ただでさえ何を信じていいかわからない社会情勢の中、公的機関の発信の信頼性を毀損したからでもあります。
しかし、インフォデミックの只中にある昨今、目新しい情報が気になることもあるでしょう。そんなとき確認するべきことは、その情報が複数の専門家の間や公的な機関の中で、どの程度のコンセンサス(合意)を得られた内容か、ということです。
どんなに画期的に思われる意見でも、一人の専門家、あるいは専門家でない人の意見に留まるのであれば、信頼性は高くありません。また、例えば有名な大学の最新の研究であっても、試験管内や動物実験の成果であれば、人にも同様に効くかはわかりません。
まずは公的機関の最新情報をチェックすること、そして、その情報が修正されたときに、柔軟にそれを受け入れることが必要です。「言っていることが違うじゃないか」と苛立つ気持ちはきっと、誰にもあるものですが、「そういうものだもんな」と思えることで、防げる感染拡大があるのです。
【コロナ時代の医療情報との付き合い方】
第一回:コロナとネット情報が“最悪の相性“である理由 インフォデミックの構図 100%はない「医療の不確実性」
第二回:「確かな方から下記の情報が…」緊急事態宣言“デマ”、猛拡散の理由 善意の注意喚起が断定に化けるまで