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連載

#3 アフターコロナの課題

マスク巡るWHO「二転三転」の裏側 医療は日々進歩、伝える難しさ

マスクを着用して通勤する人たち=2020年11月19日午前、東京都中央区、西畑志朗撮影
マスクを着用して通勤する人たち=2020年11月19日午前、東京都中央区、西畑志朗撮影

目次

新型コロナウイルスについて、ネットにはさまざまな情報が氾濫(=インフォデミック)しています。専門家の間でも意見が分かれることもある中、連日メディアやSNSで目に飛び込んでくる情報について、「何を信じていいのかわからない」と悩む人も多いのではないでしょうか。

このインフォデミックに対抗するためには、「情報に踊らされることを防ぐ」ための知識が必要です。今回はすっかり手放せなくなったマスクについて、紆余曲折したWHOの提言から、医療情報を見極める難しさを説明します。(withnews編集部・朽木誠一郎)
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マスクを巡るWHOの紆余曲折

世界保健機関(WHO)のテドロス・アダノム事務局長=1月、スイス・ジュネーブ、河原田慎一撮影
世界保健機関(WHO)のテドロス・アダノム事務局長=1月、スイス・ジュネーブ、河原田慎一撮影
後に修正されますが、WHO(世界保健機関)は2020年2月27日付で、マスクについて、せきやくしゃみなどの症状がない人※に対しては「いかなる種類のマスクの利用も推奨しない」とする新型コロナウイルス対策の指針を発表しました。一方、症状がある人は飛沫感染を防ぐ効果があるとして、着用が必要だとしていました。

※症状がある人を看病する人を除く

背景には世界的な医療資源の不足により、マスクが医療現場に行き届かなくなるおそれがありました。WHOで緊急事態対応を統括する担当者は「マスクの効果には限度がある」「マスクをしないことで感染のリスクが増すわけではない」とし、マスクはあくまでも症状がある人に勧められていました。

しかし、この指針への疑問も当時から多く聞かれました。4月にかけて、WHOの諮問委員会「感染ハザードに対する戦略・技術顧問グループ」などでは、ウイルスの広がり方についての研究を精査。そして4月6日、マスクについての指針を一部更新(a)し、公表したのです。

ここでは「健康な人が(一般用の)マスクをつけても感染を予防できる根拠はない」と改めて指摘。一方で、「ウイルスの潜伏期間中、自分が感染していると気づいていない人が他の人にうつさないためにはマスクの使用が役に立つこともある」という見解を初めて明記しました。

また、布製のマスクについて「いかなる状況下においても勧められない」としてきたものを「予防の効果があるかはまだ評価ができていない」として、推奨することも反対することもできないとして表現を修正しています。しかし、これらの提言は約2カ月後、さらに大きく修正されることになります。

WHOは6月5日、感染が拡大している地域では、症状がない人にも「公共の場でのマスク着用を推奨する」と発表(b)しました。当時、これはマスクで「感染力があるかもしれない飛沫を遮断」できると示す新たな研究結果を踏まえた対応だと説明。また、ここで言うマスクとはWHOの基準※を満たす「布マスク」のことでした。

※3層構造の外側は防水素材、内側は吸水性の素材、真ん中はフィルターになる素材にするといった例

12月2日にはこの基準をさらに強化。更新された基準では、「感染拡大地域の十分な換気が行われていない店舗や職場、学校などでは子どもや12歳以上の学生を含めすべての人が常にマスクを着用すべき」とした他、「屋外や換気のよい屋内でも物理的な距離が少なくとも1m確保できなければマスク着用が必要」としました。

これに先立ち、11月には感染が急拡大するヨーロッパの状況を背景に、WHOヨーロッパ地域事務局長が「マスクの着用率が95%に達すれば、ロックダウン(都市封鎖)は不要になるだろう」と発言。またWHOとして2021年1月には問題になっている変異株についてもマスクが引き続き有効との見解を示しています。
 

知見が積み上がり「二転三転」

「新しい生活様式」という用語が示された1日の専門家会議後、記者会見する尾身茂副座長=2020年5月1日午後、厚生労働省
「新しい生活様式」という用語が示された1日の専門家会議後、記者会見する尾身茂副座長=2020年5月1日午後、厚生労働省
WHOの提言で一貫して強調されているのは「マスク着用は総合的な感染対策の一環であり、それのみで感染を防ぎ得るものではない」ということ。手洗いやみだりに顔を触らないこと、3つの密(C)を避けることなどもあわせて予防につながるとしています。とはいえ、前述した変遷はなぜ生じたのでしょうか。

それはまず、新型コロナウイルスは発症する前(症状がないとき)にも人に感染させ得るという特徴が明らかになったからです。今では当然のこととして扱われているこの情報ですが、呼吸器系の感染症では一般的に、発症してからが感染性のピークとされてきました。

しかし、新型コロナウイルスについてはそうではないということが、世界の流行事例のデータが蓄積してわかってきたのです。これが4月の(a)の変更の経緯です。ただし、この時点では症状のない人のマスク使用を推奨はしていません。「役に立つこともある」という表現に留まっていました。

症状のない人にも推奨されたのは6月の(b)の変更。この間、アメリカのCDC(米国疾病予防センター)や日本の専門家会議はWHOに先行して、それぞれ「無症状の患者や発症前の患者から感染が広がることがあるため、特に流行地域では、症状がなくてもマスクを着用」「外出時、屋内にいるときや会話をするときは、症状がなくてもマスクを着用」と推奨を始めていました。この間にわかったのは、「会話などで発生する飛沫」によりウイルスが伝播する可能性でした。

そこで生まれたのが「ユニバーサルマスク」という概念。症状の有無にかかわらず、屋内や人との距離が保てない環境では、すべての人がマスクを着用する、ということです。流行中は誰が感染しているかわからないから、みんながマスクをして飛沫を低減しよう、というのは理論的に妥当だと考えられ、普及しました。

提唱された時点ではエビデンス(科学的根拠)が不十分だったものの、現在までにユニバーサルマスクが感染を減らしたことを示すエビデンスが集まりつつあります。ただし、マスク着用が推奨されるのは現時点で換気が不十分になりやすい屋内や混雑中の交通機関などであり、屋外で人との距離が十分に保たれている場合のマスク着用は推奨されていません。また、マスクの着け方や素材によっても飛沫の低減効果が変化すると考えられます。

医療はまさに日進月歩で発展します。世界中の人々の命が危険に晒される状況であればなおさら、新型コロナウイルスはこぞって研究され、知見が蓄積していくことになります。そして、その過程では「発症する前(症状がないとき)にも人に感染させ得る」のような、従来の常識を覆す情報が発見されることもあるのです。

それにより、生活者であるわれわれに求められる行動も変わることがあります。紆余曲折したWHOの提言を「二転三転して信じられない」と感じることがあるかもしれませんが、医療とはこうした発展の繰り返しであるからこそ、情報をアップデートしておくということは非常に重要です。しかし、ここには落とし穴もあります。
 

医療が「標準化」されるまで

うがい薬でのうがいを奨励した大阪府の吉村洋文知事。エビデンス不足であると批判が集中した=2020年8月4日午後2時43分、大阪府公館、本多由佳撮影
うがい薬でのうがいを奨励した大阪府の吉村洋文知事。エビデンス不足であると批判が集中した=2020年8月4日午後2時43分、大阪府公館、本多由佳撮影
最新の情報を参照することが重要である一方で、実際の医療においては「新しいものが一番いいとは限らない」というのも知っておいた方がいいことです。例えばがんの治療においては、“最新のがん治療”と称して、科学的な根拠がなく、高額な“治療”を提供する医療機関が後を絶ちません。

本来、医療において推奨されるのは「標準医療」と呼ばれるものです。これは「科学的根拠に基づいた観点で、現在利用できる最良の治療であることが示されている」もの。よりよい医療を提供するために臨床試験・治験などを行い、比較的、長い時間をかけて確立されます。

しかし、新型コロナウイルスについてはこの瞬間にも世界で多くの命が失われる未曾有の事態を迎えています。そのため、WHOだけでなく各国の政府や医療機関、学会などがその時点のエビデンスに基づき、今もっとも命を救えると考えられる治療を模索しています。一般に向けての感染対策においても同様に、今もっとも確からしいと考えられる方法が提言されるのです。マスクを巡る一連の経緯のように、提言の内容が修正されるのは、医療が前に進んだことを意味するものでもあります。

もちろんWHOの対応には批判的な検証もなされるべきです。実際に、2021年1月18日、WHOの独立調査パネルはWHOの新型コロナウイルス対策の初動の遅れに疑問を呈しています。しかし、マスクの推奨要件の変化のような事象は、医療に普遍的に起こり得ることです。医療がこうした推奨の変化を繰り返して発展してきたこと、それが猛スピードで起きているのが新型コロナウイルスの情報であることを加味して、受け手側はどうするべきかを考えなければいけません。

一般の生活者が感染対策をする場合、基本的には、政府や厚生労働省など、公的機関が発表する内容に沿うのがもっとも妥当です。国が推奨するにあたって、その情報は複数の専門家が世界や国内のデータを検証した上で、(国が)責任を持って提言しているはずのものです。他の情報よりも信頼性は高いと言えるでしょう。

2020年8月にはこんな騒動もありました。4日、大阪府の吉村洋文知事が「ポビドンヨードを含むうがい薬を使うことで、感染者の唾液中のウイルスの陽性頻度が低下した」とする府立病院機構の研究成果を紹介、府民にうがい薬の使用も呼びかけましたが、これにエビデンス不足であると批判が集中。翌日5日に「予防薬でも治療薬でもない」と強調したのです。この一件が批判されたのは、ただでさえ何を信じていいかわからない社会情勢の中、公的機関の発信の信頼性を毀損したからでもあります。

しかし、インフォデミックの只中にある昨今、目新しい情報が気になることもあるでしょう。そんなとき確認するべきことは、その情報が複数の専門家の間や公的な機関の中で、どの程度のコンセンサス(合意)を得られた内容か、ということです。

どんなに画期的に思われる意見でも、一人の専門家、あるいは専門家でない人の意見に留まるのであれば、信頼性は高くありません。また、例えば有名な大学の最新の研究であっても、試験管内や動物実験の成果であれば、人にも同様に効くかはわかりません。

まずは公的機関の最新情報をチェックすること、そして、その情報が修正されたときに、柔軟にそれを受け入れることが必要です。「言っていることが違うじゃないか」と苛立つ気持ちはきっと、誰にもあるものですが、「そういうものだもんな」と思えることで、防げる感染拡大があるのです。

【コロナ時代の医療情報との付き合い方】

第一回:コロナとネット情報が“最悪の相性“である理由 インフォデミックの構図 100%はない「医療の不確実性」
第二回:「確かな方から下記の情報が…」緊急事態宣言“デマ”、猛拡散の理由 善意の注意喚起が断定に化けるまで

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