マンガ
「中二病」を認めてくれた哲学者「カラッポの私」が救われるまで
生きることの虚無感と向き合う力

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生きることの虚無感と向き合う力
自分の人生には、意味はあるのだろうか――。多くの人々が抱くであろう、根源的な悩みに寄り添う漫画が、ツイッター上で静かに共感を集めています。思春期の実体験を下敷きに語られる、存在意義を巡る問いかけ。生きる手応えを思い出させてくれる作品の背景について、手がけた大学生に聞きました。(withnews編集部・神戸郁人)
シンプルな線で描かれた主人公の胸には、真っ黒な穴。「私という人格は存在していません」。短いモノローグが、アイデンティティーを失っていることを示します。
笑顔に、興奮した表情……。主人公は、場面に応じて、様々な仮面を付け替えます。いずれも、周囲の空気に合わせたもので、本心を表しているわけではありません。
家庭で問題が生じていたり、誰かにいじめられたりした経験もない。それでも仮面を使い分ける理由については、「多分、人に合わせることが楽だったのだと思います」
そして、いつしか「『私』という存在が必要なのか」「生きていても意味はないのだ」との感覚を持つに至るのです。
ある日、ネットサーフィンをしていた主人公。「ニーチェ」という偉人の思想を解説する、とうたうサイトに行き当たります。19世紀に活躍したドイツの哲学者、フリードリヒ・ニーチェのことを指しているようでした。
「この世には意味なんてものはない」「その虚無な現実を受け入れ、その上で『それが何だ?』と一蹴し、積極的に生きることを謳歌(おうか)する超人となれ」
「意味を探すのなら、苦しみから見いだせ」
「意味がない? だからどうした。お前は生きているのだから、その中でお前なりの意味を見つければ良い」。そう励まされる思いで、主人公は一つの希望に到達します。それは、自らの成長に、生きる意味を求めるということでした。
そして物語は、胸の穴が塞がった主人公のイラストと、こんなモノローグで締めくくられます。
「生きている以上、つらいことや悲しいことはいくらでもある。むしろ、くるしいからこそ、私たちは生きていることに喜びを感じる」
「人格が成長していくからこそ、意味があるのです。かつての私のように」
作者のこーぐんさん(19・@aHWGCLzgkT0XUAw)は北海道在住の大学生。中学生の頃の実体験が、作品を手がける原動力になったと話します。
サッカー部に所属し、毎日練習を欠かさない。気の合う友人たちに囲まれ、青春を過ごす。同級生グループの中では、盛り上げ役を務めました。人気漫画のキャラクターの動きをまねするなどして笑いを取り、輪の中心にいたといいます。
ところが2年生の頃、そんな自らの振る舞いに空しさを感じるようになりました。
「仲間との時間は大切だったけれど、実は静かに本を読んだり、人生についてじっくり考えたりする機会もほしかった」
「『何だか、無理して周りに合わせているな』と思ううち、表に見せている顔と本心が、全く違うことに気づいてしまったんです」
象徴的な出来事もありました。冬のある日、一緒に道を歩いていた友人が、その場にいた別の友人に向かい、ふざけて雪玉を投げ始めたのです。こーぐんさんも同調し、度が過ぎるほどぶつけてしまったといいます。
「何であんなことしちゃったんだろうと、帰宅後に深く後悔しました」。集団心理に飲み込まれ、誰かを傷つけることに加担する。そんな状況について「自分と他人の区別がつかず、境界が曖昧(あいまい)になっていた」と振り返ります。
自身を支える「核」が見いだせずに悩んだ、こーぐんさん。段々と、グループの中で担っている役割にまで、疑問を抱くようになっていきます。
「その場で求められる役割を演じることは、自分以外にもできるのではないか。そんな感情に溺れました。当時の僕は、台本を読み演劇をしているような、あるいは遊園地で子どもを楽しませるピエロのような存在だったかもしれません」
大好きだったはずのサッカーにも身が入らなくなる中、友人と交わした会話が転機となります。
とある漫画のストーリーについて語ったときのこと。「それ、中二病じゃん」。意外な返答を耳にし、こーぐんさんは思い立ちました。「自分は、中二病キャラを目指せるかもしれない」
インターネットで、ゆかりのあるモチーフについて調べていると、一人の哲学者の言葉が目に入ります。ニーチェのものでした。
「人生に意味はない」との考え方はニヒリズム(虚無主義)である。しかしニヒリズムに陥りつつも、価値や理想の実現を妨げようとする世界を破壊し、対決する態度を「能動的ニヒリズム」という――。そんな趣旨だったといいます。
「最初は全く理解できなかったのですが、読み返すと、どんどん彼の言葉が頭に入ってきて。いつしか『俺のことを言っている!』という気持ちが盛り上がってきました。そして思ったんです。意味がないなら、自分でつくればいいじゃないかと」
こーぐんさんは生活様式をがらりと変えます。昼休みになると図書室に通い、小説を読みあさったり、高校進学後、縁がなかった吹奏楽部に入ったり。「人生に意味を見いだすため、色々な物事に触れ知識と経験を蓄えたい」と考えたからでした。
こうしたスタンスは、日々を豊かにし、大学生になった今も生き方の基盤になっているそうです。人見知りな性格ながら、アルバイトでは同じシフトに入った同僚と話し、自分にない考え方を学び取ろうと努めてもいます。
かつてと比べ「ずっと生きやすくなった」と笑う、こーぐんさん。ふと、ニーチェの言葉に救われた経験を、漫画化したいと思い立ちました。発案した日の午後、大学から帰ってから、3時間ほどで描き上げたといいます。
漫画には「響くものがあった」など、共感のコメントが引きも切りません。こーぐんさんは、似た考え方の持ち主の多さに驚き、喜びつつ「これからも、かつての自分と同じ悩みを持つ人は存在し続けるのしれない。そう考えると複雑な気分です」
人生に対する悲観的な見方を打ち消すためには、どうすれば良いのでしょうか? こーぐんさんに尋ねてみると、こんな持論を教えてくれました。
「かつての僕は、理想的な生き方について、他人から教えてもらいたいと考えていました。でも今は、自分なりに思考し、行動することで初めて成長できるし、存在価値も見いだせると感じます。それは、個人的にニーチェから学んだことです」
「一人ひとりの性格や顔が違うように、人生における意味も人それぞれだと思います。僕が言うのもおこがましいかもしれませんが、諦めずに人格を磨ければ、きっと何か見つかるのではないでしょうか」
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