連載
#28 現場から考える安保
海上保安庁の「空の目」になれるか 無人機シーガーディアンに迫る
「海の警察」海上保安庁が導入を検討する大型無人機の飛行実験を10月末に取材してきました。広大な日本の領海や排他的経済水域(EEZ)を守る海保の「空の目」になれるでしょうか。(朝日新聞編集委員・藤田直央)
晩秋の黄昏が迫る三陸沖の空から滑走路へ、グライダーのようなスリムな機体が着陸します。米ジェネラル・アトミクス社の「シーガーディアン」が、この日6時間の飛行を終えて戻ってきました。
#海上保安庁 が導入を検討する無人機 #シーガーディアン の実証実験があり、海自八戸基地に行ってきました。着陸の様子。 pic.twitter.com/0Yob56VStT
— 藤田直央 (@naotakafujita) October 30, 2020
飛行実験の場となった海上自衛隊八戸航空基地(青森県八戸市)の滑走路を戻り、シーガーディアンが格納庫前の報道陣の方へゆっくりと近づいてきます。後部にあるプロペラの回転音が大きくなります。
長さ11.7メートル、幅24メートル、約30億円の機体が報道陣の目前へ回り込んで停止。整備員が3人歩み寄って点検を始めます。そこで「あ、これは無人機だ。ここまで遠隔操作だったんだ」と思い出す自然な動きでした。
#海上保安庁 が導入を検討する無人機 #シーガーディアン の実証実験があり、海自八戸基地に行ってきました。着陸後、間近に。 pic.twitter.com/SgTdCXcyRc
— 藤田直央 (@naotakafujita) October 30, 2020
そばの一角に、地上からシーガーディアンを操縦するための設備が集まっています。コンテナに車輪が付いた移動式のコクピットの中には、機体の操縦者と、機体下に付いた監視カメラを操るオペレーターがいます。
無人機を操るため通信するアンテナは二つ。左の縦長の方は機体を視認できる範囲で、右の白い方は視認できずに衛星を介する場合に、それぞれ使います。二つの切り替えはスムーズにできるそうです
無人機で心配なのが、通信が途絶えたら制御不能にならないかということです。海保の説明では、今回の実験では衛星通信が切れたら機体は自動的に八戸沖の視認できる範囲に戻るようセットしており、そこからは白いアンテナで通信します。操縦できなければ燃料を使い切るまで滞空させ、海に着水させます。
上空で他の航空機との衝突を避けることは、もちろん地上から操る「パイロット」の仕事ですが、シーガーディアンには自動回避機能もあります。今回の実験では上空で海保の航空機を接近させその機能も確認しました。
シーガーディアンは約35時間続けて飛べ、島国日本のEEZの外縁約8千キロを24時間で一周できます。
10月中旬から一カ月間かけての今回の実験では、八戸に近い三陸沖だけでなく、日本海や遠く南の硫黄島周辺まで飛んでいます。そして、海上にいる海保の巡視船などを上空からレーダーや赤外線カメラで捉え、地上に伝えます。
無人機とはいえ有人機より悪天候に強いわけではなく、コクピットのコンテナそばの柵には、実験に携わる日米の関係者で作ったてるてる坊主がありました。海保の担当者は「長い航続性能や昼夜問わず対応できることが確認できており、(導入へ)手応えは十分感じている」と語りました。
海保の無人機導入検討は、2016年に首相らの関係閣僚会議で決めた「海洋保安体制強化に関する方針」によるものです。滑走路脇の格納庫を使った海保の説明の場では、ジェネラル・アトミクス社のプレゼン動画も流されました。
「広大な日本周辺海域の管理は、船舶、有人航空機、人工衛星などで行われてきましたが、コストが高く、少子高齢化と人口減少が進むわが国では持続的な管理が難しいのが実情です。従来型の管理を補完する形で無人航空機のような新技術を取り込み、わが国の海と人々を守ってゆかねばなりません」
「海の警察」である海保は限られた船と人で対応するため、航空機による監視の無人化を進めて効率を上げたいわけです。その背景には隣国の動向があります。日本海での北朝鮮の不審船や違法操業の問題は前からですが、中国の海洋進出が事態をさらに深刻にしています。
中国は、尖閣諸島を巡っては2012年の日本政府による国有化以降、日本領海付近への公船派遣を常態化させ、海保の船とにらみ合いを続けています。今年は日本のEEZにある日本海の好漁場で違法操業が目立ち、日本最南端の沖ノ鳥島沖では海洋調査船が活動。海保は忙しくなる一方です。
特に領域警備については、海保で手に負えなくなれば海上自衛隊の出番となります。忙しいのは海自も同じで、両者の連携が欠かせません。そうした緊急時に備え平時から情報と認識の共有を進めておくことが重要になります。
海保の担当者によると、今回の実験でシーガーディアンが得た情報は、「富士山の頂上から地上の車がわかるほど」という監視能力を示すものとして海自と共有。導入した場合の活用について海自の意見も聞く方針です。
ちなみに今回の実験が海自八戸航空基地で行われたのは、海保が「24時間使えて民間機と競合がなく、周辺住民に被害が及ばない臨海部にある」という条件で滑走路を探し、海自の協力を得られたという経緯でした。
それでもこの取材の日は、八戸航空基地に所属する海自の「空の目」である哨戒機P3Cの訓練と重なり、シーガーディアンの飛行は津軽海峡への往復にとどまりました。格納庫を使った海保の説明もP3Cの離着陸音に時折遮られました。
海保への無人機導入が海保の能力向上だけでなく、監視情報の共有や運用を通じて海保と海自の連携が深まり、腰を据えて日本の海を守る力の向上につながれば。そう思いつつ取材を終えてレンタカーに戻り、先導車に続いて滑走路脇を抜け、基地をあとにしました。
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