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全面信頼の作者に編集者がぶつけた重要設定「ニュクスの角灯」秘話

伴走者として、ファンとして、「大事に話し合った」ことが一つだけありました。

「ニュクスの角灯」の原画©️高浜寛
「ニュクスの角灯」の原画©️高浜寛

目次

第24回手塚治虫文化賞のマンガ大賞を受賞した「ニュクスの角灯(ランタン)」 。出版元であるリイド社(東京都杉並区)の編集者・中川敦さんは、作者の高浜寛(たかはま・かん)さんについて「オリジナリティーがあり、芸術的でもあり、高浜さんしか描けない作品を描いてきている」と話します。ネーム段階では「ほとんど何も言うことがなかった」と語る中川さんですが、伴走者として、ファンとして、「大事に話し合った」設定が一つだけありました。
※本文には作品のネタバレが含まれます。
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ニュクスの角灯
「ニュクスの角灯」 1878(明治11)年、長崎。西南戦争で親を亡くした美世(みよ)は、道具屋「蛮(ばん)」で奉公を始める。ドレス、ミシン、小説、幻灯機……店主・小浦百年(ももとし)がパリ万博で仕入れてきた西洋の文物を通じ、美世は“世界”への憧れを抱くようになり……。文明開化の最前線にあった長崎とジャポニスムの最盛期を迎えつつあるパリを舞台に描く感動の物語。
©️高浜寛/リイド社ーー出典・朝日新聞デジタル
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賛否あったラストシーン

同作は1944年の熊本の空襲の場面から始まり、1878~79年の長崎とパリでの出来事が描かれ、最終話で再び1945年に戻りラストシーンに至ります。私がこの結末を知ったのは4年半前になります。連載開始前に高浜さんが送ってくれた全体の構成案に今回の最終話の構想がすでに書かれていました。同作の雰囲気を基礎づけるベル・エポックの華やかさと対照的な、結末の重厚さというか、現代を生きる私たちへ鋭く問いかける内容にとても驚きました。
トーチweb 『ニュクスの角灯』編集後記
2015~2019年に時代劇漫画雑誌「コミック乱」と「トーチweb」で連載していた「ニュクスの角灯」。連載終了後に中川さんがまとめた編集後記には、作品のラストシーンを知ったときのことが書かれています。

「こちらから言うことはありませんでした。こう終わるのか……すごいな、と思いましたね。昔の物語が、今を生きて、今この作品を読んでいる私たちと地続きのものなんだという実感が、最終話で突きつけられました」

衝撃のラストシーンには、ファンから賛否両論が巻き起こりました。最終話が誌面に掲載されて1週間、編集部に読者から感想を伝える電話が何本もかかってきたといいます。

「『希望が持てる結末だった』『悲しい結末だった』が半々くらいでした。どちらもまったく納得のいく感想です。悲惨なことですが、どこか力強く、がんばっていかねばと思わせてくれる。この矛盾を作品として世に出せるのは、作家としての高浜さんの強さですし、偉大だと思うところですね」

昔長崎に住んでいたという人や、作中のパリの景色に見覚えがあるという人もいたそうです。「SNSで感想を見かけることはたくさんあり、うれしいのですが、電話はその人の声や話し方、わざわざ電話をかけてきてくれたという事実から、作品への思いがダイレクトに伝わってきて、勉強になります」
 
「ニュクスの角灯」編集者の中川敦さん
「ニュクスの角灯」編集者の中川敦さん

大事に話し合った“神通力”

「ネームを拝見しては『おもしろかったです』『作画頑張ってください』ばかり言っていますね。何かあれば伝えますが、だいたい何もないので」と笑う中川さんですが、高浜さんの提案を受けて、唯一立ち止まった点がありました。主人公の美世が“神通力”を使えるという設定です。

「美世の“神通力”は子どもであるがゆえの空想なのか、リアルなのか。そこは大事に話し合いました。高浜さんは最初、本当に“神通力”を使える設定で考えていたかもしれませんが、最終的にはうそだったということになりました。自分のうそを認めることでひと回り成長する美世の姿が描かれています」

中川さんは、高浜さんの魅力を「リアリティ」だといいます。

「『ニュクス』は華やかでポップな作品ということは最初からわかっていました。しかし、話が進むにつれてそれだけでは済まなくなるだろうとも思っていました。それまでの高浜さんの作品に、現実の厳しさから目をそらすものは一作もありませんから、この作品もどこかで必ず手厳しい現実を描くことになる。そうなると美世は“神通力”というファンタジーの世界に逃げ込んだままでは絶対にいられないはずで、もし彼女に何か決定的な変化が起きるとすれば、きっとパリに行く前だろうと思っていました」

高浜さんは取材で、「“神通力”がある設定にしようと思いましたが、中川さんと何回かやりとりをした結果、神通力があるけど、うそをついているとしました。こんなにリアルなストーリーにしていいのかなとも思いましたが、結果的によかったですね」と振り返りました。

「ニュクスの角灯」のネーム©️高浜寛
「ニュクスの角灯」のネーム©️高浜寛
「ニュクスの角灯」の原画©️高浜寛
「ニュクスの角灯」の原画©️高浜寛

作家・高浜寛の「強さ」

2014年から高浜さんの担当編集として作品に関わっている中川さん。「”高浜寛”というすごく優れた方がいて、ずっと作品が好きでした」と語ります。

中川さんが初めて企画から担当した「蝶のみちゆき」(幕末の長崎・丸山遊郭を舞台とした作品)、「ニュクスの角灯」はともに、アルコール依存に苦しんでいた高浜さんが立ち直る過程の作品です。「ニュクスの角灯」には、アルコールにおぼれる女性も登場します。

中川さんは、キャラクターたちが高浜さんに重なると話します。

「登場人物が抱えている問題や悩みは、高浜さんが我が事として抱えてきたものだと思います。高浜さんは、美世みたいに純粋で不器用な一面がある一方で、ジュディットのような破滅的な生活も経験してこられた。百年(ももとし)のように悔やまれる過去もお持ちでしょうし、そういう中で、大浦慶の言う『静かな忍耐』を大切にされている」

「アルコール依存に『完治』はないと聞いたことがありますが、人生の様々な苦しみや問題も同じで、どこかでわかりやすい答えが出てすべてが解決するわけではないと高浜さんは考えているように思います。一つ一つのご経験、悲しみを自分に引き受けて、自分と向き合いながら作品を描き継いでいける人だと感じています。そういうところが高浜さんの強さです」

「ニュクスの角灯」編集者の中川敦さん
「ニュクスの角灯」編集者の中川敦さん
「ニュクスの角灯」 第24回手塚治虫文化賞マンガ大賞受賞特集
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熊本の山奥からマンガ大賞受賞『ニュクスの角灯』高浜 寛インタビュー。テレワーク歴15年の漫画家の仕事 出典: bouncy / バウンシー

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