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全面信頼の作者に編集者がぶつけた重要設定「ニュクスの角灯」秘話
伴走者として、ファンとして、「大事に話し合った」ことが一つだけありました。
「ネームを拝見しては『おもしろかったです』『作画頑張ってください』ばかり言っていますね。何かあれば伝えますが、だいたい何もないので」と笑う中川さんですが、高浜さんの提案を受けて、唯一立ち止まった点がありました。主人公の美世が“神通力”を使えるという設定です。
「美世の“神通力”は子どもであるがゆえの空想なのか、リアルなのか。そこは大事に話し合いました。高浜さんは最初、本当に“神通力”を使える設定で考えていたかもしれませんが、最終的にはうそだったということになりました。自分のうそを認めることでひと回り成長する美世の姿が描かれています」
中川さんは、高浜さんの魅力を「リアリティ」だといいます。
「『ニュクス』は華やかでポップな作品ということは最初からわかっていました。しかし、話が進むにつれてそれだけでは済まなくなるだろうとも思っていました。それまでの高浜さんの作品に、現実の厳しさから目をそらすものは一作もありませんから、この作品もどこかで必ず手厳しい現実を描くことになる。そうなると美世は“神通力”というファンタジーの世界に逃げ込んだままでは絶対にいられないはずで、もし彼女に何か決定的な変化が起きるとすれば、きっとパリに行く前だろうと思っていました」
高浜さんは取材で、「“神通力”がある設定にしようと思いましたが、中川さんと何回かやりとりをした結果、神通力があるけど、うそをついているとしました。こんなにリアルなストーリーにしていいのかなとも思いましたが、結果的によかったですね」と振り返りました。
2014年から高浜さんの担当編集として作品に関わっている中川さん。「”高浜寛”というすごく優れた方がいて、ずっと作品が好きでした」と語ります。
中川さんが初めて企画から担当した「蝶のみちゆき」(幕末の長崎・丸山遊郭を舞台とした作品)、「ニュクスの角灯」はともに、アルコール依存に苦しんでいた高浜さんが立ち直る過程の作品です。「ニュクスの角灯」には、アルコールにおぼれる女性も登場します。
中川さんは、キャラクターたちが高浜さんに重なると話します。
「登場人物が抱えている問題や悩みは、高浜さんが我が事として抱えてきたものだと思います。高浜さんは、美世みたいに純粋で不器用な一面がある一方で、ジュディットのような破滅的な生活も経験してこられた。百年(ももとし)のように悔やまれる過去もお持ちでしょうし、そういう中で、大浦慶の言う『静かな忍耐』を大切にされている」
「アルコール依存に『完治』はないと聞いたことがありますが、人生の様々な苦しみや問題も同じで、どこかでわかりやすい答えが出てすべてが解決するわけではないと高浜さんは考えているように思います。一つ一つのご経験、悲しみを自分に引き受けて、自分と向き合いながら作品を描き継いでいける人だと感じています。そういうところが高浜さんの強さです」
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