連載
#21 withコロナの時代
カンボジア進出の女性和僑 「リーダー失格」から日本逆進出で再起へ
新型コロナウイルスの拡大で、世界中の観光地が苦境に立たされています。世界遺産アンコールワットで有名なカンボジア・シエムレアプもその一つ。篠田ちひろさん(36)は同地で起業し、自然派コスメ販売やスパを手がける「女性和僑」として活躍してきました。無料の昼食を提供し、クメール語の読み書き教室を開くなどスタッフに優しい経営を心がけてきましたが、コロナ禍で従業員のほとんどを一時解雇。「リーダー失格」と悩むまでに追い込まれながらも、日本への逆進出に向け動き始めました。(高野真吾)
「長期戦を意識しないといけないのに、それに対して何も自分がしていないことへの罪悪感で、どん底でした。リーダー失格だろう、みたいな」
篠田さんは5~6月ごろの、自身の精神状態をこのように振り返りました。取材はZOOMを使い1時間半ほど実施しました。一連の経緯や思いを詳しく聞きましたが、モニター画面上の篠田さんの表情が最も沈んだのは、この発言の時でした。
篠田さんは昨年11月に第1子を出産。タイ経由で4月に日本に帰国し、5月から地方都市で夫との生活を始めました。
「子どもを預けるところもなく、外にも出られずに知らない場所に来ていた。いっぱいいっぱいで動けなかった。(カンボジアでの仕事を)やらないといけないのは分かっていたけど、何もできずに。長期化するのが分かっていたのに……」
篠田さんが初めてカンボジアを訪問したのは、2004年秋。シエムレアプも訪れ、貧しいながらもキラキラした笑顔を見せるカンボジアの人々が印象に残りました。2007年2月の再訪問を経て、2008年5月からは本腰を入れて同国に住み始めます。
カンボジアには、地元の薬草を使用した「チュポン」と呼ばれるスチームサウナの文化があります。友人の出産を機にその存在を知り試してみると、癒やしや発汗作用に素晴らしい効果を感じました。
薬草効果や伝統医療の調査、研究に乗り出し、独自の入浴剤を完成させるまでになります。そして、2009年夏、カンボジアに古来より伝わる調合法と地場のオーガニックハーブを使った自然派コスメの工房を立ち上げました。仲間は10代のカンボジア人女性3人でした。
狙ったのは、アンコールワット観光に来る外国人のお土産需要です。土産物店への卸売りから始め、試行錯誤しながら、徐々に売上を軌道に乗せていきます。2012年5月にはオールドマーケットの一角に念願の直営店を出店。2015年4月には自社製品を使ったスパも開業します。
篠田さんが設立したクルクメールボタニカル社は、昨年時点で日本人とカンボジア人を合わせて約40人を雇用するまで成長しました。海外で起業する日本人のことを華僑をもじって「和僑」と呼びますが、篠田さんはまさにその一人。そのチャレンジ精神あふれる生き方や魅力のあるオリジナル商品は、NHKやフジテレビなどのメディアでも取り上げられました。
「コロナ前の予定では、今年は育休を取り、育児中心に過ごすつもりでした。日本人スタッフ2人がシエムレアプにずっといて、日々の仕事を回す態勢ができていましたから。ところがですよね」
同社がコロナの影響を受け始めたのは、今年1月末ごろから。中国人観光客が来なくなり、空港の免税品店での売上が、いっきに消えました。
シエムレアプ国際空港は1日110便前後が離発着し、年間400万人の利用者を誇ったそうです。それが3月になると外国人の入国制限のため全便運行停止になり、国際線ターミナルが閉鎖となりました。
篠田さんが手がけるコスメ事業、スパ事業共に支えているのは外国人観光客です。お客さんがいなくなり、3月末から休業を決めました。
日本では、コロナ禍で影響を受けた事業者に対しては、政府による休業補償や雇用に関する助成金が出ています。しかし、カンボジア政府からそうした対応はありません。カンボジア人のスタッフに対し、4、5月に休業手当を出したのが限界でした。6月以降は手当支給はできなくなり、約40人いたスタッフのうち、数人を残し一時解雇しました。
篠田さんの会社では福利厚生の一環として、スタッフに無料で昼食を提供してきました。小学校に行けず読み書きできないスタッフも多いため、クメール語の教室を開催。さらに社内貯蓄制度を設けお金の使い方や計画の立て方を教えてきました。
カンボジア人スタッフを「母親」的立場から見てきただけに、篠田さんにとって、一時解雇の決断はとてもつらいものでした。
仕事を失うと生活に困るのは、どこの国でも一緒です。休業後にアンケートを取ると、スタッフの65%が生活困窮状態で、78%が早期の復職を望んでいることが分かりました。
スパスタッフのヨンさんは「休業になってから収入がなくて苦しい状況です。一刻も早く、スパが再開し仕事に戻りたいです」。
男児を抱えるマリーさんは「子どもの服を買うお金や満足に食べさせてあげるお金がありません」と窮状を訴えています。
篠田さんは、次のように語ります。
「お客様が喜び、スタッフの自立につながり、原料の仕入れなどを通し地域にも役立つ。この『三方良し』を追求し、いいサービスや製品を提供できるようになってきました。この循環を守っていきたいです」
「カンボジアでの私たちの挑戦を知って頂くことは、日本での働き方や会社のあり方を考える契機にもなるかもしれません。日本で私たちの商品を手にしてくれるファンが多くなること、ご縁がある方が増えることを願っています」
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