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「あまちゃん」登場の南部ダイバー 宇宙服、実は絶滅危惧種だった

体当たりで潜ってみたら、知らない表情が見えてきました

3年生の実習の様子。右手前が「南部もぐり」と聞いてイメージされやすいヘルメット式の潜水服
3年生の実習の様子。右手前が「南部もぐり」と聞いてイメージされやすいヘルメット式の潜水服 出典: 朝日新聞

目次

NHK連続テレビ小説「あまちゃん」。放送から7年経った今でも、ウニを片手に笑顔はじけるアキのポスターは覚えている人も多いかと思います。劇中で、アキの初恋相手でもあった福士蒼汰さん演じる種市先輩が通っていたのは、南部もぐりの実習がある高校。ドラマで登場した「宇宙服」のような潜水服が今も活躍しているのが岩手県立種市高校(洋野町)です。実はこの潜水服、絶滅の危機に瀕しています。作り手の職人もほとんどいない中、それでも大切に使われている理由。潜水にかける思いを聞きました。(朝日新聞盛岡総局・御船紗子)

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総重量は65キロ

初夏の午後、岩手県北部の種市高校を訪ねると、3年生が校内の潜水用プールで実習していました。水深5メートルの地点で、重りを並べる練習を繰り返しています。指導にあたっていたのは吹切重則教諭(50)。潜水の実習がある海洋開発科について話を聞いていると、「自分で体験したほうが書きやすいんじゃないですか。潜ってみます?」。それまで自分が潜るつもりは全くなかったのですが、これはまたとないチャンス。運動音痴でダイビング経験ゼロな記者ですが、急きょ潜水してみることになりました。

プールの脇には、ヘルメット式の潜水をする際に着るドライスーツが逆さに立てかけられています。ずらりと並んだ様子はなんだか魚の干物のよう。吹切さんや実習担当の教諭の方々が、手際よく記者の体格に合ったスーツを選んでくれました。着用は2人がかり。実際の実習でも2人が着用を手伝うといいます。ドライスーツはゴム製で約7キロ。この上にヘルメットや鉄製のくつを着け、潜水服の総重量は計約65キロにもなります。ゴムが滑りにくくて着づらいのに加え、胸から首もとまであるヘルメットとの接続部分をかぶると、両手が肩より上へあがらなくなります。手伝いが必要なのも納得です。

ドライスーツを着せてもらった記者。体全体を包むフォルムが宇宙服のようにも見えます
ドライスーツを着せてもらった記者。体全体を包むフォルムが宇宙服のようにも見えます

内部にはスピーカー

ヘルメット以外の装着が終わりました。「じゃあプールへ行ってみましょう」。吹切さんに促され、座っていたイスから立ち上がろうとすると「重っ!」。肩に乗っているヘルメットとの接続部分が重すぎて、両手をイスに突っ張らないと立てません。ヘルメットと接続部分はあわせると約17キロになるそう。運動嫌いな記者にはかなりのヘビーさです。少しの奮闘のあと、立てたはいいものの今度はプールまで歩かねばなりません。くつは片足約7.5キロ。乱暴に力を込めるとこけそうになるので、イスからプールまで2メートルほどをロボット歩きで十数秒かけて進みました。

プール脇に立てかけてあるはしごを伝ってプールの中へ。胸から下が水につかったところで、いよいよヘルメットをかぶります。ふと、「潜ったあとはどうすれば?」と不安がよぎります。考えている間にもヘルメットが回され、接続部分にはまりました。「御船さん、聞こえます?」。ヘルメットの中に声が響きました。内部にスピーカーがついているようです。「ヘルメットの中でしゃべってもらったらこっちも聞こえますんで」。よかった……。一気に安心しました。

潜水体験の前に、事前に教えてもらったことがあります。顔の前に畳んで挟まれたタオルは、鼻を押しつけて耳抜きに使うこと。ヘルメットの右横にはピストンがついていて、こめかみで押さえるとヘルメットから空気が抜けること。ヘルメット式の潜水服はヘルメットとドライスーツがつながっており、陸とつながったホースから常に空気が送られてくる。そのため、放っておくと空気が充満し、体が海面に浮いてしまうので適度に空気を抜く必要があること。ピストンを一度に長く押しすぎると水が逆流してくるため、小刻みに押すのがいいこと。よし、全部覚えてる。「じゃあ潜ってみましょうか」

潜ってみた記者。水深3メートルですが、かなり深いところにいる気分でした
潜ってみた記者。水深3メートルですが、かなり深いところにいる気分でした

宇宙みたいなんだ

はしごを降りて水中に入るには空気を抜く必要がありました。頭を右に傾けると、耳の後ろに直径3センチほどのボタンのようなものが当たります。体重をかけると「シュー」という音とともに空気が抜けていきます。なるほど、空気を抜くほどに体が沈みます。何度も頭でクリックして、途中でふと「空気を抜きすぎたら窒息するのでは?」と思いやめました。やめると今度は体が浮きます。「浮きすぎず沈みすぎない」加減がわかりません。「小刻みに空気を抜きながら、床をあるいてみましょう」。スピーカーの声を聞きながら、一緒に潜ってもらう大向光実習教諭(37)の案内に沿って床を歩きます。この時点ではまだ水深1.2メートル。それでもやっぱり陸のようには歩けません。

「下へ降りてみましょう」。水深1.2メートルから、3メートルの地点へおります。空気を抜きながら「飛び降りる」と、体がふわふわと緩やかに沈んでいきます。3メートル地点の床に足を降ろすまでの数秒間で思ったことが。このふわふわした感覚、初めてだけれどちょっと既視感があるぞ。プールの中は一面が明るい青色で、視界の端には5メートルと更にその奥の10メートル地点が見えます。深くなるほどに青色は濃くなっていて、なんとも言えない壮大さ。あ、そうか。これ、なんだか宇宙みたいなんだ!子どもの頃に見た洋画の、宇宙飛行士が月面をぽーんぽーんと跳ぶ場面を思いだしました。

大切に受け継がれているヘルメット。額の部分に数字が刻まれている
大切に受け継がれているヘルメット。額の部分に数字が刻まれている

ひたすら叫び続けた

3メートル地点では、歩いてプール横にある円窓をめざします。歩き慣れないのに加えて、ヘルメットで視界が狭くどこへ向かえばいいのかわかりません。大向さんを見つけ、手で指し示す方向へ歩きます。「両手は閉じた方がいいですよ」。スーツ内の空気で、気付かぬうちに両手が開いていました。脇を締めると、水流に体があおられず歩きやすくなりました。ようやく円窓の前へ到着。吹切さんに記念写真を撮ってもらいました。

写真撮影も終わり、「じゃあ、あがりましょうか」とスピーカーの声。少し名残惜しくもありましたが、ちょうど疲れてきたところだったのでいいタイミングです。水深1.2メートル地点の近くまで歩くと「空気をためてください」。今までずっと小刻みに押し続けてきたピストンから頭を離すと、数秒でスーツがふくれ、十数秒で体が水面に浮かびました。背中を水面に向けて浮いたので、3メートル地点にいる大向さんが見えます。1.2メートル地点まで体を押してもらい、無事に10分弱の潜水体験を終えることができました。

イスで潜水服を脱がせてもらうと、一気に体が軽くなりました。開放感を感じつつ、なんだかすごく疲れた気分。ふと、潜水中ずっとなにかしら叫んでいたことを思いだしました。「叫んでいた方が恐怖感も薄れますから」と吹切さん。うるさくして、すみませんでした。

実習中の3年生。ヘルメット式で潜る生徒1人に対して、2人がかりで着せています
実習中の3年生。ヘルメット式で潜る生徒1人に対して、2人がかりで着せています

絶滅危惧種のヘルメット式

なんだか宇宙にいる気分のヘルメット式潜水服。実は今、絶滅の危機に瀕しているそうです。吹切さんによると、習得に時間がかかるうえ、教えられる人も限られているのが原因だそう。海洋開発科の教諭も、10人中7人が種市高校の出身者です。潜水の現場では、着脱に補助が必要なヘルメット式ではなく、装着が簡単なスキューバ式やマスク式が主流になっており「ヘルメット式で潜水できる人はかなり減っている」といいます。

種市高校ではスキューバ式やマスク式も教えていますが、伝統あるヘルメット式を使った実習も続けています。「現場で使う機会は少なくても、潜水の基礎を学ぶ意味でヘルメット式に取り組む意味は大きい」。潜水士として国内外の現場で働いた経験のある大向さんは強調します。

ヘルメット式は潜水服にも空気が充満するため、水中では体全体が浮きます。その浮力を使って重い物も運べるうえ、空気量をコントロールするなど、水の中でも体を安定させる感覚を養うことができます。潜水服の着脱を補助する生徒は潜る生徒の安全を意識し、水上では空気を送り込むホースがねじれないよう常に目を見張っています。「潜水士は命がけの仕事。レジャーのダイビングではなく、危機管理を伴う仕事としての潜水を学べる」と大向さん。

実習の様子。ヘルメットに空気を送り込むホースがつながっている
実習の様子。ヘルメットに空気を送り込むホースがつながっている

海洋開発科は一学年30人弱。卒業後に潜水士の仕事に就くのは3分の1程度です。3分の2は進学や、海上自衛隊へ入隊したり、土木や製造関係などへ就職したりしています。潜水士となった卒業生たちは各地で実績を作っており、海洋工事会社など関連企業も厚い信頼を寄せているといいます。茨城県土浦市出身の吉田智也さん(3年)は「ヘルメット式も学べる種市高校に魅力を感じた。ここでしか学べないことがある」。将来は深海やダムで働くことを夢見ているといいます。

現在、ヘルメット式の潜水服を作れる職人は国内にほとんどいないそうです。海洋開発科では代々受け継がれてきた14個を大切に使い続けています。「あまちゃん」のイメージが強い種市高校の南部ダイバー。いま主流の潜水方法と伝統あるヘルメット式の両方を教えることで、潜水士としての高い技術を後世に伝え続けていました。

潜水直前に撮ってもらった1枚。手ぬぐいはちまきも締めてもらい、気分は南部ダイバー!な記者
潜水直前に撮ってもらった1枚。手ぬぐいはちまきも締めてもらい、気分は南部ダイバー!な記者

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