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連載

#7 凸凹夫婦のハッタツ日記

「絶対に一緒にいてはいけない」ADHD夫、決意の別居で見つけた成長

奥さんがどれだけ僕の代わりにしてくれていたか、痛感した。

夫から妻へ送った手紙=西出夫妻提供
夫から妻へ送った手紙=西出夫妻提供

目次

抜けもれが激しいADHD(注意欠如・多動症)の夫。こだわりが強いASD(自閉スペクトラム症)の妻。西出光(ひかる)さん(25)・弥加(さやか)さん(31)夫妻は共に発達障害です。結婚当初は一緒に暮らしていた2人ですが、お互いの特性の違いから離れて暮らす選択をしました。夫・光さんの視点でつづります。

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愛知と東京、遠距離生活

僕たちは2019年5月に結婚し、同居生活を始めた。しかし今、愛知と東京で離れて暮らしている。理由はお互いの発達障害特性によるものだ。

共同生活は奥さんへの負担が極めて大きかった。ADHDの僕は物忘れやミスがとても多く、ASDの奥さんはそれをとても気にする人だった。

「よく気づく」という奥さんの特性は、デザイン業では非常に強みになっている。イラストや図の間違いを、すぐに把握し修正することができるためだ。しかし共同生活においては、不注意の特性を持つ僕が横にいることで妨げてしまっていた。

奥さんからしても僕は正反対の特性を持っていたため、行動や思考が理解できないようだった。それでも話を聞いたり絵に描いたりして僕がどうしてミスをしてしまうのかを考えてくれた。

メモをしたりスマホにスケジュールを入れたり、いろんな方法を試した
メモをしたりスマホにスケジュールを入れたり、いろんな方法を試した 出典: 西出夫妻提供

大人になり「不注意」に直面

ADHDの特性は大きく二つあり、多動と不注意である。多動はいわゆる落ち着きのなさで、イスに座っていられなかったり、衝動的に走り回ったりする。僕は小学生の頃までこうした傾向があったが、中学生の頃には落ち着いていた。

僕を苦しめていたのは、不注意の特性だ。忘れ物をしてしまったり、机に置いたグラスを倒してしまったり、いわゆるミスがとても多い。おっちょこちょいで片付けられるレベルをはるかに超えてしまっている。

例えば、僕は傘をよく忘れる。雨が降って傘を買っても、そこで買った傘を1時間後には店舗の傘かけやトイレなどに置き忘れてしまうのだ。傘であれば自分がぬれるだけだが、それがもし重要な書類や大切なものである場合、大問題である。実際そうした失敗を、僕は何度もしてきた。

ADHDの中には、僕のように不注意に苦しめられる人は多い。そしてそれは成人して以降であることが多い。子どもであれば先生や親の管理下にあるため、大人たちが気づくことで事前に最悪の事態を回避することはできる。

しかし、高校大学と進学し、就職するにつれて大人の管理も緩くなってくる。それは多くの子どもたちにとってはうれしいことだが、ADHDを持つ人にとっては死活問題である。僕の場合、親の管理下にある高校の時は皆勤賞だったが、一人暮らしを始めた大学生活の初日、寝坊して欠席した。この4年間は寝坊をしなかった方が珍しい。就職も書類などは何とかまとめたが、内定書をなくして再発行してもらった。

就職してからは、事務作業をすると頭が混乱し、抜けが頻発してしまうことが多かった。次第にミスが増え、うつ病を発症してしまった。僕のように、新社会人になりADHDに直面してうつ病などを併発する人も少なくない。

奥さんとのLINEのやりとり
奥さんとのLINEのやりとり 出典: 西出夫妻提供

知り合いにヘルプを出したが

「ヒカルくんと暮らしたいけど、そうなると絵を諦めるしかない」。奥さんがよくそんなことを口にしていた。僕は、自分が原因で奥さんに絵をやめさせてしまうのは絶対に避けたかった。

最近は受容や多様性の精神が広まりつつあり、発達障害も認知が進んできている。「発達障害でミスばかりだけどみんなで明るく生きてます!」というスタンスの人もいるが、特性によるミスに寛容な社会になったとしても、僕は自分のミスは極力減らせるように成長したい。

ただ、頭では成長しようと思っても、すぐには変われないのが人間である。少しずつできることは増えていったが、それでも異常な頻度のミスや不注意はなくならなかった。ついに奥さんは、周りの知り合いにヘルプを出した。奥さんが絵を描けなくなるのは、僕の「マネージャー」をさせてしまうからだ。逆に言えば、僕に「マネージャー」がいれば奥さんは絵に集中できる。

奥さんは僕を連れて、本当にいろいろな人に頼み込んでくれた。頼み込ませてしまった。元恋人たちやその母親、知人……。みんな奥さんとはとても仲が良く、関係の長い人たちだと聞いた。しかし奥さんが頼んでも、旦那である僕の教育係をしてくれる人は誰もいなかった。そればかりか、「離婚しなさい」「結婚しているんだから自立して」と言われる始末だった。

そうした言葉に対し、奥さんが反論して関係が悪化してしまった。僕のせいで元々仲良い人と溝ができてしまったことがとても苦しかった。どうすればいいのか、毎日考えていた。

願いを込めて短冊を書いた
願いを込めて短冊を書いた 出典: 西出夫妻提供

疲労がたまり、ついに……

奥さんと家に2人でいると、とても疲れた様子が伝わってきた。それを見た自分は罪悪感に駆られ、何度も自分を責めた。カッターナイフで腕を深く傷つけてしまったり、自分の頭を強く何度も殴って倒れたり、そうしたことが更に奥さんを疲れさせ、悪循環に陥っていた。

奥さんは疲弊して、ついに倒れてしまった。

このことがきっかけで、奥さんが愛知に住む親戚に助けを求め、僕だけがその親戚と同居して一緒に動くことを選んだ。2019年の秋、一緒に住んでいた東京の家を引き払い、僕は愛知へ、奥さんは大阪に移った(後に東京へ引っ越す)。

当時僕は自分ではどうしたらいいか全く分からず、離れる選択を奥さんにさせたことは心苦しかった。しかし、それ以上に「今は絶対に一緒にいてはいけない。とにかく力をつけよう」という思いが強かった。

ミスをカバーできるのは自分だけ

離れて暮らすようになって一番変わったことは連絡方法だ。僕たちのやり取りはLINEや電話が中心になった。これまでは奥さんの代わりにスーパーで買い物をして買い忘れた時、奥さんに教えられて気付くことがあったが、離れて暮らしているとそのようにはいかない。

買いに行くのも内容を把握して帰ってくるのも全て自分だ。つまり、僕が最後の砦であり、僕のミスを直接カバーできる人はいない。

常に奥さんの支えで生きてきた僕が1人で暮らすようになり、奥さんの大変さがよく分かるようになった。皿洗いや洗濯、掃除、引っ越しの手続き……。僕がうつ病になった時、傷病手当金の申請書類をそろえ、離職票を手に入れる方法を教えてくれたのも奥さんだ。奥さんがどれだけ僕の代わりにしてくれていたかを痛感した。

自分の力不足で迷惑をかけた過去の埋め合わせがしたい。それが現在の原動力につながっている。以前に比べて手続き書類の郵送や、各種申請、片付けなど、期限が近いものでなくても先延ばしをやめて動けるようになった。

奥さんとのLINEのやりとり
奥さんとのLINEのやりとり 出典: 西出夫妻提供

離れていても充実した生活

奥さんには平和な日々が戻り、再び絵を描けるようになった。しかし、奥さんに何年も住んでいた大好きな家を離れさせ、一時的でも絵を描けなくさせてしまった罪悪感は消えなかった。奥さんと住んでいた時のような生活を、1人でできるようになりたいと強く思うようになった。それから洗濯、掃除はもちろん自炊もするようになった。今までの僕では考えられない進歩だ。

僕と奥さんが別居してそろそろ1年になるが、離れている寂しさはない。今はとても充実し、成長も感じている。部屋は片付き、洗濯物もためずにいる。仕事面でも、これまで10日で辞めていた僕が今は週に5日勤務し、掛け持ちもするなどかなり動けるようになった。

奥さんが全力で立ち向かってくれたからこそ、自立しようという気持ちが芽生えた。これからはその恩返しができるよう、毎日を過ごしていきたい。

定期的に会っては、どこかへ遊びにいくこともある
定期的に会っては、どこかへ遊びにいくこともある 出典: 西出夫妻提供
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西出 光(にしで・ひかる)

1995年生まれ。発達障害の一つ「注意欠如・多動症(ADHD)」の不注意優勢型と診断される。2019年に「自閉スペクトラム症(ASD)」のグラフィックデザイナー・弥加(さやか)と結婚。当初は家事が極端にできず、仕事も立て続けに辞めていたが、妻の協力の末、現在はホームヘルパーとして勤務。名古屋と東京で遠距離夫婦生活を続けている。当事者の視点から、結婚生活においての苦悩や工夫、成功について伝えていきたい。
Twitter:https://twitter.com/Thera_kun

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withnewsでは、西出光さん・弥加さん夫妻のエッセイ凸凹夫婦のハッタツ日記〜先生と生徒になってみた〜を不定期で連載します。先生と生徒のような夫婦関係について、夫と妻それぞれの視点で描きます。

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