連載
#194 #withyou ~きみとともに~
不登校の肩書から解放された…オンライン「朝の30分」に集う人たち
みんなで“全集中”高め合うポモドーロ
朝の10時、Zoomの画面に、学生から会社員まで様々な人の顔が現れます。簡単な自己紹介とともに、「今日やること」を宣言しスタート。そんな取り組みがオンラインで広がっています。25分集中し5分休憩。それをみんなで共有する「ポモドーロ」と呼ばれる活動。手がけているのは、不登校や引きこもりの問題に取り組む大阪市のNPOです。生きづらさに悩んでいた若者からは「不登校の肩書から解放された」という声も寄せられています。全国でオンライン授業が進む中、コロナによって気づかされた「学校に行かないパターン」について考えます。(朝日新聞東京社会部・西村悠輔)
「ポモドーロ」と聞いて、何を思い浮かべますか。イタリア料理? パスタのメニュー? じつはこれ、フランチェスコ・シリロ氏というイタリア人起業家が大学生だった1990年代に考案した時間管理術です。正式名称はポモドーロ・テクニック。ポモドーロはイタリア語で「トマト」の意味。愛用のキッチンタイマーから名前がついたそうです。
勉強や作業に25分間集中した後、5分の休憩を取る流れを1セッション(1ポモドーロ)として、これを最大4回繰り返します。すると120分のまとまった集中タイムを得ることができ、生産性が高まるといいます。
コロナ禍で学校の一斉休校やテレワークの動きが広がるなか、この手法を使ったオンライン朝活ができないか。不登校や引きこもりの問題に取り組む大阪市のNPO法人、わかもの国際支援協会(通称・わかこく)が「ポモドーロ:Study with Me(一緒に学ぼう)」と題した自習会を始めました。
平日の午前10時からウェブ会議システム「Zoom」でつながり、自分の作業に集中することで日々の生活リズムを作ってもらうのが目的です。わかこくでは90分間(3ポモドーロ)に設定し、参加は無料。ひきこもりや学校がしんどい人でも入りやすいように、カメラをオフにして顔は出さず、音声のみの参加も歓迎しています。
全国の学校が一斉休校になった3月初めに「β版」として開始以来、毎回の参加者はだいたい5人前後。学校に行っていない高校生のほか、いつも顔を出す大阪の大学生や都内で働く社会人もいます。今月初め、記者の私も参加してみました。
6月3日午前10時。Zoomの画面には参加者が次々と集まってきます。「おはようございます。きょうは皆さん何をされますか」。わかこく理事の横山泰三さん(37)が進行役として声をかけます。まずは簡単な自己紹介から。
「いま就活中なんでひたすら自己分析と振り返りをします」「私は仕事します」「読んでる本をまとめようかなと」「資格試験のために会社法を勉強します」
一人ひとりが取り組む作業の内容を「宣言」します。その後、横山さんがストップウォッチをセット。その合図で全員がマイクをミュートにします。イヤホンの耳元が静寂に包まれるなか、黙々と机に向かう皆さん。ああ、私もこの原稿を書かねば。
ポモドーロにはルールがあります。とにかく作業に没頭する時間にするため、席を立つ、寝る、電話をする、スマートフォンをいじるといった行為は禁止です。
ピピピピピッ。25分が経ちました。休憩の合図で5分間、作業の手を止めます。この休憩時間がとても大事で、少し雑談したり体を動かしたりして息抜きすると、さらに集中力が高まり、次のセッションで作業の質が上がるそうです。確かにやってみると1回目より、2回目の方が不思議と早く時間が経った気がします。
参加者に話を聞いてみました。大学生の大平航暉さん(21)は「昼夜逆転になりがちの生活が、参加してからはメリハリができた。誰かの頑張っている姿が画面から見えるのも、一緒にやってる感があって励みになる」。同級生という岡田駿さん(22)も「コロナで自習室が閉鎖して困っていたが、これなら家にいても集中できる」と言います。
社会人にもメリットがあるようです。ノマドワーカーの坂井秀教さん(34)は「世代や属性が違う人と同じ時間をすごす機会って、社会に出ると少ないので貴重。デスクワークもはかどります」と語ります。
企画した横山さんは「最初は顔を出さず、発言しなかった人が『実は最近大学を辞めまして……』とみんなの前で身の上話をしてくれた日もあります。学校に行かない人だけの場にはせず、あえて色んな人が交わるごちゃ混ぜ感と多様性を大事にしています」と話します。
この日、途中参加した人の中に井阪莉奈子さん(18)の姿がありました。井阪さん自身、中学2年の時に不登校になった経験があります。そのときはフリースクールへ、高校は全日制に通ったそうです。独学で受験勉強を続けて今年4月に歯科大学に入学しました。
学校に行けなくなった当初は「打ち込めることがなく、何をしたらいいかわからなかった」という井阪さん。ネットを検索しても、不登校経験者の情報が少なかったのも悩みでした。
世の中に無いのなら、自分でサイトを作ってしまおう。わかこくのメンバーになった井阪さんは趣味のプログラミングの知識も生かし、2018年に経験談やエッセーなどの記事をまとめた情報サイトを立ち上げました。それが「学校に行かないパターン」(http://nonschool-pattern.com/)です。
情報発信するうえで、井阪さんが最も変えたかったのは「不登校」という言葉がもつネガティブな印象でした。人生の選択肢として「学校に行かないパターンもありだよね」とライトな感じにできないか仲間と話し合ってひねり出したタイトルだそうです。
わかこくは元々、2009年にオンラインゲームで出会った引きこもりの若者10人による自助グループから始まった団体でした。最初の一歩がオンラインゲームのグループチャットで「朝9時に起きて、おはようと書き込もう」という取り組み。いわば、今回のポモドーロの原型です。
その後、当事者が交流するイベントを全国に展開した時期もありましたが、「『不登校』や『ひきこもり』という社会問題を表現する言葉を使うと、多くの人がかえって閉じこもってしまう矛盾を感じ、大きく立ち止まった」と横山さんはいいます。
その反省から、わかこくでは「不登校」という言葉は使わず、多様性を大事にすることを掲げました。世代や立場の異なる社会人や外国人留学生らが集まる形式に変え、多文化共生の料理交流会を開くなど幅広く活動。今後はオンラインで国内外の人と言葉を学び合う場をつくる計画もあるそうです。
横山さんを通じて、ポモドーロに参加していた18歳の方からメッセージをいただきました。それは「不登校という肩書から解放された」というものでした。今は高校を中退し、高卒認定試験と大学受験の勉強を続けているそうです。最後にその全文を紹介します。
《私はこれまで親に連れられてフリースペースや色々な支援を受けにいきましたが、けっきょくここにたどり着きました。
その理由は、不登校という言葉がないので自分が不登校にならなくてすむ、世代や立場の違う色々な立場の人が集まっているので不登校の肩書から解放された気持ちになれたからだと思います。
コロナがきっかけで、通信制や独学など、学校に行かないパターンが必要な場合には後ろめたくなくそれを選択できるような社会になってほしいです》
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