Eさん(28歳)はフランスからの留学生。日本のフェティシズム文化を専攻する研究者の卵です。5年前に来日し、2019年まで早稲田大学や東京大学に在籍し、研究をしていました。
しかし、「コロナ・ショック」により彼の生活は激変。収入は激減し、研究活動もままならなくなりました。それでもなお、Eさんは日本にとどまりフィールドワークを続けたいと語ります。
留学生の置かれた現状、そして、先の見えない不安。新型コロナウイルスの感染拡大は、Eさんの生活にどんな変化を及ぼしたのでしょうか。「コロナ禍における人々の生活」を見つめる作家・小野美由紀さんがインタビューします。(作家・小野美由紀)
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――いつから日本にいるんですか?
最初に日本に来たのは5年前です。交換留学で、新潟大学で学びました。
その後フランスに戻り、大学を卒業し、パリのGrandes Ecoles(グラン・ゼコール)で修士課程を終えましたが、その間も、日本で研究がやりたくて、2018年、 早稲田大学に修士として再来日しました。
2019年9月からは東大の博士課程に入学し、さる有名な社会学者の先生のもとで研究していました。2020年からも引き続き東大の博士課程に所属したかったので、面接を受けたのですが、「研究テーマがそぐわない」と落ちてしまって。
けど、どうしても僕は日本で研究がしたい理由があった。そこで、この1年は大学に所属せずに在野で研究を続けて、アルバイトしながら学費を貯めて、来年度の試験に再挑戦しようと思っていたんです。それがコロナで全部狂いました。
取材は4月、オンラインで行われた。 出典: 本人提供
今まではフランス語学校の講師の仕事と、フランス人観光客向けの旅行ガイドの仕事をしていたのですが、コロナで旅行ガイドの仕事が吹っ飛んじゃって。ラグビーW杯のときなんか、1カ月で25万円くらい稼げたんですが、今、ゼロですからね。もし収束したとしても、8月、9月くらいまではきっと観光客、来ないですから。
レッスンも、以前はひと月で10万円くらい稼げてましたが、今は月3万円です。これじゃ暮らしていけないですね。フランス語学校も生徒さんが減ってしまって。横浜のスクールで働いているのですが、生徒さんは年配の方が多く、パソコンを持っていなくて、「オンライン授業はちょっと」って言う方が多いんですね。
今はお金がないので、毎日パンを自分で焼いてます。3000円で買ったオーブンでも美味しく焼けますよ。週に2回剣道をやっていましたが、今は全くできていないので、エネルギーが有り余っています。
Eさんが焼いたパン。築50年の都内1Rのアパートにて、簡素なキッチンながらも自炊をしている。 出典: 本人提供
もともと両親がさして裕福な訳ではないので、学費や生活費はほぼ自分で稼がなけきゃいけない。これまでもだいたい月12万円くらいでやりくりしてました。家賃5万円、食費や研究費などで7万円くらい。パンを焼く腕を上げたのもその頃からです。毎日、リズムを守るために早起きしようとしていますが、悩みが多いので、眠れない日々が続いてます。
周りの留学生たちは大体帰国しました。一番早くて1カ月半前かな。知人のイギリス人講師も国から指示が来て、帰りなさいって。フランス人の留学生仲間も、国や学校から命令をもらったのですぐに帰国しました。日本が、というよりも東京にいることに危機を感じて……。
フランスは死者の数も感染者数も多いけど、少なくとも政府が危険性を理解していて、強い措置を取っているから。日本はトップが全然、ソリューションを考えてないように見えます。
もちろん、「コロナ騒ぎが落ち着いたら戻ってきたい」とみんな言っているけど、現状、いつになるかはわかりませんね。自分は残ってフィールドワークを続けたいけど、この状況が3カ月以上続くなら、もう諦めて帰国しようと思います。
日本の社会は外国人に優しくないですからね。少し前だけど、杉田水脈議員がTwitterで「外国人への給付は見直した方がいい」という主旨の発言をしていた。フランスでもこの話はニュースになっていた。でも、びっくりしてないよ。日本だからね、って感じ。
これから日本の経済はどんどんやばくなるでしょう。大変なことが起こってくるんじゃないかな。そうなると日本で就職しようとしても、きっと外国人を雇う余裕は企業にはなくなってくると思うんですね。
ただ、自分のキャリア形成は研究者になるためのものだったので、これからフランスに帰って良い就職先が見つかるかどうかはわかりません。ずっと研究者になりたくて、研究だけをして生きてきたので、今、将来が全く想像できない。白紙の状態です。
ーー主にどんな研究を?
AV女優・男優の労働環境についてや、地下アイドルの研究。そして日本のSM、特に緊縛文化に関わる人々のフィールドワーク、主にジェンダースタディーです
地下アイドルの研究では、秋葉原などでライブをする地下アイドルに、どのような生活を送っているのかインタビューを重ねました。お客さんとどうやって関係を築いているかとか、アイドルとしてのトレーニングの話とか。
私はもともとアイドルファンじゃなくて、むしろ過酷な労働環境で、最初は正直「かわいそうだな」なんて思っていたけど、この研究を通して地下アイドルたちを心の底から尊敬できました。彼女たちの話をじっくり聞いて、建前の後ろに本当の人間がいること、アイドルを目指す人の背景には、それぞれ歴史、自分なりの理由があることを知ったんです。
――緊縛文化のジェンダースタディとは?
日本の緊縛の世界って、「女性だけが縛られるもの」と思われがちなんですよね。SMバーに行っても、女性は1000円、男性は5000円とか、不均衡で。そこに男女の不平等や性役割の押し付けはないのか、とかね、そういうことを研究していました。一方で、日本の緊縛には海外のSMにはない美しさもあって。
Eさんが手がけた緊縛の写真。「美しく縛る」ことがモットーだと言う。 出典: 本人提供
AVや緊縛の研究をしていると言うと、体感で95%ぐらいの人には「変態!」とか「人でなし」とか言われるんです。日本人は、性の話が好きじゃないね。オープンにするのが嫌なんですよね。だからAVとか緊縛とか聞くとショックを受けるし、ほとんどの人には理解してもらえない。「AVの研究ばっかりやってるやつ」ってバカにされるんだよね。
研究者というのは、新しい分野を常に開拓して、自分の研究分野を周りに理解してもらわないといけないですからね。日本に来てから5年間、毎日理解してもらうために戦っている感じがして、そこに加えてコロナでしょう、もう戦うのに疲れたんですよ。研究者として生き残るためには、他の研究テーマに変えることもできますけど……。それも辛いですね。
ただ、東大のレベルと研究環境には不満があったので、後悔はありません。日本のアカデミーってシステマティックでしょ、縦割り主義で。ボスが学生の研究テーマを勝手に決めたり、ボスにアピールするために興味のないテーマを研究しないといけない。そうやって、教授のCocksucker(ご機嫌取り)をやるのに疲れちゃったんですよね。
――なぜ、日本での研究にこだわるのですか?
一番は、日本のSMや緊縛文化が大好きだからですね。興味を持ったのは13歳の頃。ネットで写真を見たりして憧れを持っていました。
親が外交官だったこともあり、子供の頃から日本文化に接していました。『涼宮ハルヒの憂鬱』が大好きで、高校生の時にはフランスの「S.O.S団」(作中に登場する部活動の名前を冠したファンコミュニティ)に所属していて同人誌を作ったりもしていました。
「S.O.S団」で出会ったフランス人が縄をやってたんですね。その人に初めて縛ってもらったとき、すごくよかった。気持ちよすぎて、縛られたまま寝てしまった。それでのめり込んで、4年前、パリで女性の縄師に師事して縛り方を覚えました。東京にきてからは、一鬼のこ(はじめ・きのこ)さんというプロの緊縛師に教わりました。
ーーEさんは研究の一環として、緊縛に関するドキュメンタリー映像も撮られていましたね。
海外では日本の緊縛は「ロープアート」と呼ばれて芸術の一つのように考えられている部分もあるんです。緊縛って後ろ暗くていやらしいものだと思われてるけど、決してそれだけじゃない。そういう縄もあるし、そういうのが好きならやったらいいじゃない、って思うけど。
ーーEさんさんは、女性だけでなく男性を縛った写真も作品として撮り続けていますね。
私は男の体もエロティックになれると思ってるんですよ。女性の体は、どうすればエロティックに見えるか、っていう方法が社会化されてるでしょ? AVだったり、グラビアだったり。けど、男の体はそもそも人に見られ慣れてない。だから縛る。
私は自分の体が本当に好きじゃないんです。細くて筋肉のつき方も変だと思ってる。その辺りは、女性と一緒で社会の圧力ですよね。けど縄で縛ると、それが美しく見えることもある。
自分の体を好きじゃなくても、見せて、美しいかどうかは人に判断してもらおうっていうね。ステレオタイプからの解放です。縄師の目標としては、女の人や、ゲイの方が興奮する縛りをやって、写真を撮れるようになりたいです。
最近は自宅で自縛ばっかりやってる(笑)。パートナーとも会えないしね、SMイベントや縄のスクールもお休みしているから。そもそもバイトが激減して、参加できなくなってしまったし。個人でも、人に緊縛を教える「縄会」を開催したり、ショーのオファーが来たりもしたけど、コロナで全部、開催不可になっちゃったから。
緊縛のレッスンにも通えないし……。緊縛ってスポーツとか武道みたいなもので、ずっと鍛錬しないと下手くそになっちゃうから。上達するために訓練を続けないといけない。縄を続けるためにもお金を稼がないとね。
でも、コロナで意識が変わったこともあって。今まで日本文化に関することを研究するなら絶対に日本にいないと、と思っていたけど、今ならネットでインタビューもできるし、リサーチもできる。
日本以外に住んでいても、日本人コミュニティは必ずあるから、そこで研究対象を探せばどうにか研究は続けられるんじゃないか、と思い始めました。当然、大学に所属できないから、思いっきり在野ですけどね。
コロナ後の生活は、新しいチャプターを描くって感じかな。面倒臭いけど。日本との関わりを続けたいし研究を続けたいけど、このまま事態が収束せず、収入が途絶えたままなら、一時帰国して就職するしかないでしょうね。
研究っていうのは、フロンティアだけが新しいことを発見しますからね、僕もそこにはプライドがある。悔しい。まだ止めたくないです。