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IT・科学

退職エントリ100本読んでみた はてブからnoteへ「就職裏面史」

個人の経験が価値になる時代

「退職エントリ」100本読んでわかったこと
「退職エントリ」100本読んでわかったこと

目次

転職の季節でもある年度末、ネット上で「退職エントリ」を見かけることは珍しくなくなりました。IT業界を中心に2005年ごろから書かれはじめたと言われる退職エントリ。いったいどんな人が、どんな思いで書き連ねてきたのか。時代を映し出す退職エントリを100本読んで見えたのは「日本の会社員の裏面史」でした。(櫻井紫乃)

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【関連リンク】退職エントリって、いつ生まれたの?「ヒルズ」文化が広まった理由

■【2003年から2007年】創世記「日常の延長」

2003年はブログ元年といわれ、「はてなダイアリー」や「livedoor Blog」、「Seesaa Blog」、「ココログ」などのサービスが広まりました。

発信の主体がメディアだけでなく個人に拡大しはじめた時代だと言えます。

その代表が「ブログの女王」こと眞鍋かをりさんです。「日常」をおもしろおかしくつづった文章は、多くの読者を集めました。

眞鍋さんをはじめ、この頃のブログの内容は書き手の「日常」が主な内容でした。「日記感覚で書く」人が多く、「退職」に関しても、日常のテーマの一つとして書いていた様子が伺えます。

個人が発信できるインフラが整ったことで生まれたのが退職エントリです。

創世記とも言えるこの時期、記事の中で社名を公開することは珍しく、退職に至るまでの気持ちの変化を書き続けるスタイルが主流でした。

職場での嫌な出来事にはじまり、退職届の書き方を調べてみた話、退職届を出した日の話など、退職するまでの日常が「小出し」に描かれています。

匿名のものが多く、自分の気持ちを吐き出す目的として書いている人が多かったようです。

2006年ごろからは、実名と社名を公開する人が出はじめました。同時に、「退職エントリ」の言葉も使われはじめました。

本文の文字数も2千文字を超え、今までのキャリアと今後についてまとめる文章が目立ちます。
日記の延長だったものが、退職の報告に特化した形に変わっていきました。メールでの「退職の挨拶」では書ききれない想いをつづるスタイルが多く見られました。

2006年に眞鍋かをりさんが出版したブログ日誌『オイラの美力 眞鍋かをりの女みがきブログ日誌』(集英社)

■【2008年から2012年】拡散期「はてブ」ショック

日本でiPhoneが使えるようなった2008年は、FacebookやTwitterなどのSNSが本格化する年でもありました。

Twitterのサービス自体は2006年に開始されていましたが、ユーザーインターフェースが日本語に対応したのは2008年です。

Twitterで「退職エントリ」という単語が最初に投稿された日付を調べたところ、2007年8月14日でした。

「便乗して俺も退職エントリ書こうかしら」とつぶやかれています。ツイート内容からは、すでに退職エントリ自体が一般化しはじめていたことがうかがえます。

2008年には、自身の退職エントリをTwitterで紹介する人が出てきました。

2008年11月8日、退職エントリのURLとともに『ブログ更新:書店員やめます』との一言を添えたつぶやきが投稿されました。

学生時代から含めると10年携わってきた書店員のバイト。体調不良を理由に解雇されたようです。

それでも長くお世話になった会社に感謝していること、本当は『もっと書店員を続けていたかった』ことをつづりました。

元書店員とみられる人のブログは、読んだ人がさらにSNSでシェアし、広まっていったようです。ブログとSNSが組み合わさって拡散する流れが見て取れます。

エントリの内容もある種のフォーマットができあがり、やってきたことの成果や次の仕事の紹介など、宣伝も兼ねた「退職エントリ」が増えはじめました。

そんな中、2010年8月31日、話題を呼んだ「退職エントリ」が投稿されました。

ニフティのブログサービス「ココログ」の開発者で、はてなの元最高技術責任者でもある伊藤直也さんが書いたエントリです。

内容は、はてなブックマークをはじめとする各種サービスの企画開発やディレクションをしてきたこと。会社への想い。退職の理由などが書かれていました。
ブログ時代を先導してきた伊藤さんの退職と、その経緯を自ら発表したことは、はてブユーザーを中心にインパクトを与えました。

このころは、伊藤さん以外の「はてな」主要メンバーも「はてブ」に投稿し、ドワンゴの大量退職に伴うエントリも「はてブ」で出回りました。

今も、数多あるプラットフォームの中で、エンジニア中心に「はてブ」が使われているのは、伊藤さんらによる「はてブショック」の影響がありそうです。

Twitter上でも、「退職エントリをよく見かける」とつぶやく人が増え、Toggeterなどのまとめページもつくられはじめました。

2012年頃からは、エントリの末尾に「おまけ」と称して、紹介していた退職時のいただきものを、「欲しい物リスト」に変えて添付する人が増えました。

■【2013年から2017年】成熟期「炎上に警戒」

それまでポジティブな退職エントリが多かった中、2013年に投稿されたネガティブエントリが、時限爆弾式に2015年、話題になるという出来事が起こりました。

「年功序列などで働きづらい」として転職した「元日立社員」が、2年後転職し、たった2カ月で「日立のほうが良かった」「土下座で謝るので日立に戻りたい」とSNSに投稿したのです。

多くのまとめページがつくられ、「世間知らず」「意識高い系の退職エントリの追跡調査面白い」などと批判的なコメントが集まりました。

キャリアを考えるヒントだった「退職エントリ」が、炎上の火種になるケースが出てきて、
「退職エントリを書く際に気をつけること」と言った記事が出回るようになりました。

コメントの中には、「初期の『退職します』のときは今のような状況ではなかった」との懐古的なコメントもあり、「退職エントリなんてするもんじゃない」と一歩、距離をおくようなコメントも出てくるようになりました。

背景にあるのは、SNSです。ブログだけでは届かなかった層にも、SNSで「バズる」と、不特定多数の目に触れてしまう事態になり、結果、炎上を招くケースが増えてしまいました。

一度、ウェブ上でバズったものは、デジタルタトゥとなり、残り続けます。
仮にアカウントを凍結させたとしても、少し検索すれば誰かがまとめたページがヒットします。

炎上への警戒感もあり、再び、はてな匿名ダイアリーの「増田」投稿が増えはじめます。

社名を出しつつも、誰が書いたかは分からないため、スリリングなエントリが投稿され、しばしばコメントも盛り上がりました。

退職エントリが集まるようになった、はてな匿名ダイアリーの「増田」
退職エントリが集まるようになった、はてな匿名ダイアリーの「増田」

【2018年から】「note」へ主役交代

2018年、爆発的に増えたのがnoteへの投稿です。

「退職」に関するエントリを検索してみました。2018年ごろからエントリ数が大幅に増えていることがわかります。

2014年 はてブ(29) /note( 10)
2015年 はてブ(23) /note( 8)
2016年 はてブ(23) /note( 32)
2017年 はてブ(31)/note( 38)
2018年はてブ(85) /note(228)

noteにおける2018年の退職エントリに関する投稿数は2017年と比べ、約6倍増えました。

2018年10月、noteに「退職エントリ」を投稿した20代エンジニアは、「自分の記事を有料記事にできて小遣いが稼げる」と、その利点を挙げます。また、「課金のハードルを乗り越えて自分の記事を読んでくれた人は、賛否両論あるが、コメントの質が高い」という気持も働くようです。

無料公開するよりも炎上するリスクが低いというのは、SNSによる拡散が働いた「成熟期」を踏まえた進化と言えそうです。

noteには、コメントのやり取りが公開されないメッセージ機能があります。

就活生や転職活動中の人からは「ネガティブな内容も知れて嬉しい。気を付けるべきポイントや覚悟ができた」と、筆者に感謝のメッセージが送られることもあるそうです。

2018年から退職エントリが急増したnote
2018年から退職エントリが急増したnote

●友人のnoteに課金、ささやかな応援

私自身は、ブログ全盛期の頃、10代前半で、友人とのやりとりも交換ノートからmixiにかわり、オンライン上での日常報告を楽しんでいました。

100本読んでわかったのは、ツールの変化とともに、書き手の目的も変わっていったということです。日常のテーマの一つだった「退職」が、今では個人の体験を超えて読み手にとっても価値あるものになっています。

私のまわりでも、近頃はnoteで「退職エントリ」を書く友人が増えています。早速、友人が書いたnoteの記事を購読してみました。プレゼントを渡すのも素敵ですが、記事の購読を通して、ささやかながら応援できる仕組みがあるのは画期的だと感じます。

一方で、中には1万円の高額な有料記事も。1万円の記事を購入した人はいるのだろうかと調べてみたところ、やはり高いとのコメントが……。
筆者の書き込みを見ると、タイミングを見て値段を下げることもあるそうで、読者の反応をみて、適正価格を探っているようです。

100本読む前は、ネガティブなことを書いてしまうと、リスクしかないのでは?と思っていましたが、誰かのためになるような記事もあって、それが収入源にもなりえる可能性があることを知りました。

まさに「個の時代」としての一面を垣間見たような気がしています。

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