IT・科学
退職エントリって、いつ生まれたの?「ヒルズ」文化が広まった理由
書こうと思った時、気をつけるべきこと
「いわゆる退職エントリを書きました」。Facebookに流れる友人の投稿がふと目にとまりました。新卒で今の会社に入り4年目。私の周りでは、転職の波がきているのか、SNS上には友人の退職・転職報告が頻繁に流れてきます。退職の理由にはポジティブなものもあれば、ネガティブなものもあります。望まぬ配属やメンターとのあれこれなど、赤裸々な内容も少なくありません。中には、「回顧録」のようなものも。退職エントリはいつから始まったのか。書く場合にリスクはないのか。そもそも、なぜ書く気になってしまうのか。専門家の話を元に考えてみました。(櫻井紫乃)
話を聞いたのは、新卒採用のコンサルティング、アナリストとして活動している谷出正直さんです。
――退職エントリはいつ生まれたのでしょう?
「退職エントリのまとめサイトをさかのぼってみるとだいたい2005年ごろから始まっていて、『はてなブックマーク(はてブ)』で書かれていました。ITエンジニアによる記事が多く、初めは『○○辞めました』『○○入ります』ぐらいのシンプルな記事が散見されました。当時のブログといえば、楽天やYahoo、サイバーなどのプラットホームがありましたが、エンジニアの人は『はてブ』を使うことが主流だったようです」
――なぜIT業界を中心に広がったのでしょうか?
「もともとIT業界は他の業界と比べて流動性のある業界です。六本木ヒルズの中にいて、今月はここのフロアだけど、転職したから下のフロアへ移るということは頻繁におきます。会う人、会う人に説明するのは面倒なため、どこで何をしているのか、報告も兼ねてブログで発信する人が出てきました」
――初期の退職エントリの内容は、どの会社へ転職したかを記載する簡素なものでしたが、徐々に書く内容は増えていきました。
「現在の退職エントリは、今までの仕事内容や、自分のキャリアパスについての考え、理想の働き方や辞める理由について書くことが多いようです。転職先を決めた理由やそこでやりたいこと。退職する会社のよいところも書きつつ、場合によっては悪いところも書く。同世代・次世代に経験を伝えるためのアドバイスという側面も意識しています。文末は、先輩や仲間への感謝の言葉で締めくくられ、Amazonの『ほしいものリスト』が添えられることもあります」
――友達や知人からプレゼントがもらえる「ほしいものリスト」が出てきたのはいつからでしょうか?
「元々は、起業した人が『備品が足りないので、お花よりこのリストの中からプレゼントをしてもらえるとうれしいです』と発信しはじめたことが起源なのではないかと推測されます」
――退職エントリには、ポジティブ系のものと、ネガティブ系のもの、回顧録的なものがあるようです。
「ポジティブ系のものは、次のステップへつながるような宣伝目的のものが多いようです。退職エントリを公開することで、転職先や周りの人にどういった人間なのかを知ってもらえるだけでなく、転職先が決まっていない場合でも、リクルートにつながる可能性があります」
「一方、ネガティブ系の退職エントリは、会社の処遇への批判や不満が書かれています。大手企業で働いている場合、『こんな単純なことばっかりやっていたら腐ってしまう』とか、ベンチャーなら『人手がなさすぎてブラックな環境だ』といった内容が多く見られます。単なるストレス発散で書く人もいれば、誰かの役に立ちたい気持ちで書く人もいるようです。企業の求人広告には書かれていない実情を知った上で、入社してほしいという気持ちがあるようです」
「回顧録的なものは、今の気持ちを記録するために、自分のキャリアの整理も兼ねて書いているものが多いです」
退職エントリが始まったとされる2005年といえば、フジの筆頭株主だったニッポン放送の株式取得をめぐるライブドアとの騒動が起きた年です。Tシャツ姿のIT社長が上場の会見に現れるなど、既存の価値観を揺さぶる出来事が起きました。その象徴ともいえる「六本木ヒルズ」が、退職エントリの発祥地として名前が挙がるのも、納得できます。
2005年は、小泉純一郎政権下の「郵政解散」がおこなわれ、自民党が地滑り的大勝利をおさめた年でもあります。その小泉政権が進めた規制緩和によって増えたのが非正規雇用でした。
新しい価値観と、雇用の流動化と不安定化。退職エントリから漂うポジティブとネガティブが混じり合った空気感からは、そんな時代性も浮かび上がってきます。
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