会いに行けるヴァンパイア、ローズ伯爵 デビュー前、皿洗いの日々
チャンスつかむ「社長に棺桶をプレゼントしてもらった」
10年前のローズ伯爵=ダイヤモンドダイニング記念冊子より
「会いに行けるアイドル」という言葉を聞くようになって久しいですが、今YouTubeなどで注目されているのが「会いに行けるヴァンパイア」です。銀座にある「
ヴァンパイアカフェ」の「主」である吸血鬼「ローズ伯爵」は、実はテレビなどにも出演する有名人。ゴリゴリのヴァンパイア姿の一方、「魔界生まれ石川育ち」という自己紹介、スーパーでは半額になった商品を狙い、「新小岩在住」を明かす人間味がありすぎる一面も。そんな彼の1日に、密着取材をしてみました。3本立ての中編です。
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<これまでのあらすじ>
「吸血鬼の館」をモチーフにした銀座のコンセプトカフェ「ヴァンパイアカフェ」。館の「主」であり店長を務めるのが、ヴァンパイア「ローズ伯爵」です。小5で「LUNA SEA」に目覚め、石川県でヴィジュアル系バンドを組んでいた少年がなぜ、「ヴァンパイア」としてこのお店で働くことになったのでしょうか。開店前の店内で、ローズ伯爵に話を聞きました。
そう語るのが「ヴァンパイアカフェ」の店長、「ローズ伯爵」です。
2001年にオープンした「ヴァンパイアカフェ」ですが、すごいのは店内の装飾へのこだわりっぷり。当時の社長が「探しても理想のものが見つからなかったから」と、店内に置く「棺桶」を特注してしまったというほど。
当時の社長が特注したという棺桶もディスプレイされている
当時ヴィジュアル系バンドのフロントマンだったローズ伯爵にとっては、まさにぴったりだったお店。その頃のお店は、執事風のスーツの男性やメイドの女性が接客するスタイルだったそうですが、雰囲気に魅せられて「ちょうどバイトも探していた」というローズ伯爵。
真面目に履歴書をしたため、なぜかバンドのフライヤーも持っていったといいます。
しかし、合格の連絡が来る日になっても電話は鳴りません。不合格を覚悟して次の日、求人誌でCD屋のバイトを探していたら着信が。
それから週5日はアルバイトに入っていたといいます。といっても、ローズ伯爵も接客をしていた訳ではなく、「鬼のように洗い物をしていました」。
しかしそれで終わらないのがローズ伯爵、「ヴァンパイア カフェ」にヴァンパイアがいないことをいいことに、あわよくばヴィジュアル系メイクでお店に立てないかと画策していました。
その後も、人間の姿でバイトを続けていたローズ伯爵。ある日、店長に「新しいメニューブックをつくって、そこに写真を載せたいから、ドラキュラの格好をしてほしい」と頼まれたそうです。バンドのフライヤーの売り込みによって、V系のスタイリングやメイクもできるローズ伯爵の素性を知っているからこその依頼ですが、「モデル料を払わなくてもいいという狙いもあったんでしょう」と伯爵は笑います。
これが件のメニューブック。年季が入っているが、若き日の伯爵がうっすらと見える。
得意の化粧と衣装で撮影をしていたところ、その姿が撮影を見ていたマネージャーにささります。
まさに願ったり叶ったり、「しめしめって感じですよ」と振り返るローズ伯爵。小5の頃からヴィジュアル系の畑で育ってきた彼にとっては、メイク状態が自分らしくいられる「素の状態」。
ここで「ローズ伯爵」が爆誕しました。アルバイトという立場でありながらも、「ヴァンパイアカフェの主」という肩書をゲットしたローズ伯爵。キャッチ―な風貌に、運営会社からも引っ張りだこ。2011年に会社の10周年を記念して発行された冊子にも、どの社員よりも偉そうな顔で写っています。
社長にも気に入られ、取材やPRなどに呼ばれまくり、社内では知らない者はいないほど有名になりました。もはや、怖いものなしです。
中でも伝説のように語り継がれている出来事がある、と広報担当者はいいます。それが、「社長に棺桶をプレゼントしてもらった」という逸話です。えっ、会社に骨をうずめろとか、そういう意味……?
しかし、伯爵は「う~ん、ちょっと違うんだけど」と振り返ります。アルバイトを始めてほどなくバンドが解散し、「ローズ伯爵」としてソロの音楽活動も始めた伯爵。ライブでステージに置く棺桶がほしいと思っていたものの、どこで手に入れられるかわかりません。そんなとき、目に入ったのは店内に飾られている「社長こだわりの棺桶」。
かと言って、社長と会う機会が多いとはいえ、アルバイトのひとり。連絡先すら知りません。マネージャーを介して聞くのもなあ、と悩んでいたところ、あることに気付きました。
社長も伯爵もアメーバでブログを持ち、互いにアメンバー(友だち)になっています。アメーバ経由でメッセージを送ると、社長がカフェ開店当時に作った経緯を教えてくれたそう。
ということで、そこから大人たちが動いてつくられた棺桶。ローズ伯爵の家では普通にテレビの横に置いてあります。ライブのときはハイエースを借りて運ぶのだとか。バンドのどんな機材よりも大きいのでは……。
16時を過ぎるとスタッフも集まり始め、まかないが振る舞われます。この日のまかないはグリルチキン。パリッとした食感に、にんにくが効いていておいしい。
そういえば、ヴァンパイアってにんにくが弱点だったような……。「伯爵、ヴァンパイア的ににんにくってアリなんですか?」と聞くと、「にんにく使ってない料理うまいかよ」と一蹴。そりゃそうだ。
17時の開店を前に、スタッフ全員で朝礼。取材が入っていることをスタッフにイジられつつも、予約やお客さんのアレルギーの確認など連絡事項を伝えていきます。
そして、やってきた最初のお客さん。突然、店内の空気が切り替わり、伯爵とスタッフの声が響きます。
「お客様のご来館です」「汝の血を~」「与えたまえ~!」
どうやらお決まりの入店のセリフのようで、メイドカフェでいう「お帰りなさいませご主人様」でしょうか。私が驚いていると、「びっくりした?」と小声で聞いてくれる伯爵。優しい。
最初のお客さんは「ヴァンパイアカフェが好き」という、千葉在住の20代と30代のご夫婦。もともとコンセプトカフェが好きだったそうですが、人気クリエーターである大松絵美さんのYouTubeチャンネル「エミリンチャンネル」の
動画を見たことをきっかけにハマってしまったそう。
店に訪れるのは、
多い時はなんと月に3回という超常連。このお店だけを目的に千葉から足を運ぶため、「ぶっちゃけ銀座のことは全然わからない」と笑います。
ローズ伯爵について、女性は
「ヴァンパイアという設定があるのに、新小岩在住とか言っちゃうギャップが面白い」と声を弾ませます。もともとヴィジュアル系への興味はなかったそうですが、伯爵に出会ったことを機にライブにも足を運ぶようになったそう。伯爵、まさにアイドルのような存在になっています。
「反逆者を裁く悲劇の火炙り刑」と名付けられたメニュー
しかし、「ヴァンパイアカフェ」の魅力はそれだけではないようです。2人は「とにかく食事がおいしい」と声を揃えます。おすすめされたのが、「反逆者を裁く悲劇の火炙り刑」という名前のメニュー。ハーブ&スパイスが効いた鶏の丸焼きで、目の前でフランベしてくれるという迫力も満点の一品。でも、名前がトガりすぎてませんか……。
そう、ヴァンパイアカフェの「クセ」の強さを体現しているのが、メニューの名前なのです。代表的なものをここでご紹介します。
「死して咲いた薔薇の花」(フォアグラソテーとバルサミコソース)
「灼熱に抗う生贄」(シーフードのアヒージョ)
「灼熱に悶える生贄」(マッシュルームとチョリソーのアヒージョ)
「絶望という名の漆黒に染まりゆく死神の断罪」(コヤリイカとマッシュルームのイカ墨クリーム)
「絶望の丘に眠る犠牲者の墓標」(ティラミス)
「絶望という名の漆黒に染まりゆく死神の断罪」。スパゲッティに「絶望」という名のイカ墨クリームがかかる。 出典: ダイヤモンドダイニング提供
「世界観」という概念を、そのまま見えるものにしたようなパンチ力。ついつい低い声で読みたくなるけれども、説明書きがないと何のことかさっぱりわかりません。一部の料理は「666円(税抜き)」という不吉な数字にちなんだ価格設定までされています。
これらの料理も、伯爵が開発にがっつり関わり、命名も自ら行っているのだといいます。
ちなみに、「『灼熱に抗う生贄』と『灼熱に悶える生贄』って何が違うんですか?」と聞くと、「シーフードって油はねるから、抗ってる感じするじゃん」と言われました。あの油ハネの「熱っ!」っていう一コマを、「灼熱に抗う生贄」に変換できるのすごくないですか。見えてる世界違いすぎませんか。
……と、ツッコみつつ頼んだ「灼熱に抗う生贄」(シーフードのアヒージョ)、めちゃくちゃおいしかったです(にんにく効いてる)。
「灼熱に抗う生贄」ことシーフードのアヒージョ 出典: ダイヤモンドダイニング提供
しかし、メニューを見ていて気になったのが、「コレ、覚えられるの……?」という疑問です。メニューを考えた伯爵はいいけれど、他のスタッフはどうなんでしょうか。取材当時、働き始めて2カ月だという女性スタッフ「サクさん」にこっそり聞くと、「いや、全然覚えられなかったです」。
実は、オーダーを打ち込む機械の方は、「灼熱に抗う生贄」とか「灼熱に悶える生贄」とかじゃなく、普通の「シーフードのアヒージョ」などの料理名になっているそう。ローズ伯爵に聞くと……
サクさんは「お客さんから料理名を聞いて、自分で脳内変換して、機械に打ち込まなきゃいけないんです……」と、ポケットにカンペをしのばせているそう。世界観を守るため、みんな努力している……。
お客さんの要望に応えて、一緒に写真を撮るローズ伯爵
19時になると店内は満席になり、活気があふれてきます。最終回である次回の記事では、管理職としてのローズ伯爵の思いや、彼にとっての「働くこと」について聞いていきます。