1月初旬、ツイッターのタイムラインに「3歳に8キロ歩かせるなんて虐待だ」という内容のツイートや、同じ内容のまとめサイトのリンクを張ったツイートが流れてきました。文脈をたどると、どうやら年始特番の「はじめてのおつかい」を元にツイートされた模様。ただ、番組を放送した日本テレビに取材すると、番組内で8キロ歩いたのは当時4歳8カ月の子とのこと。そもそも年齢ごとの適切な歩行距離や体力はあるのでしょうか。
日本テレビへの取材や番組サイトによると、話題になったのは、福島県会津若松市の当時4歳8カ月の男の子。放送の中での「おつかい」は、小学校に通うお姉さんにミュージカルの楽譜を届けるものでした。
男の子は片道2キロの小学校までを往復したのですが、事情があってさらにもう1往復したため、合計8キロを歩くことになりました。
日本テレビは、「危険がないよう万全を期した上で、保護者の方の了解を得て撮影しています」とコメントしています。
3歳の息子を育てる私は、そもそも、未就学の幼児にとって、適切な歩行距離や体力というものがあるのかが気になりました。
幼児の体力運動測定などの研究をしている、日本体育大学体育学部体育科の大石健二教授(測定評価学)に話を聞きました。
――年齢ごとの適切な歩行距離というものは存在するのでしょうか
幼児の健康の維持増進や体力向上に必要である歩行距離に関する指針は無いと思います。
文部科学省が定めた「幼児期運動指針」というものがありますが、この指針には1日の活動時間(毎日合計60分以上)は明記されているものの、何時間歩きなさい!何キロ歩きなさい!というようなことは記されていません。
――幼児期運動指針には、年齢ごとに獲得目標の「動き」についての言及はありますね。ただ、どの年齢でどれくらいの運動量が達成できればオッケーで、それ以上やったらちょっとやりすぎだよ、みたいなことはないんですね。
結論から言うと、運動量の上限はないですね。
歩行距離もそうですし、ボール投げだって、「100回以上やったらだめ」とか、そういう基準もない。現に、高校野球ですら投球制限が議論されるくらいですからね。
――ただ、個人的には体の発達に応じた運動量があるような気もするんですが…
体力の話になってくるかと思います。
ちょっと前になりますが、2006年に、3歳から5歳の4千人の子どもの体力測定の調査を実施しました。
25メートル走や、立ち幅飛び、テニスボール投げ、10個のバーを連続して跳ぶ「両足連続跳び」などです。
だいたいの測定項目は、3歳のときに大きく開いていた差が5歳に向けて収束していくという傾向があったのですが、テニスボール投げに関しては、逆に差が開く傾向がありました。
――「テニスボール投げで差が開く傾向があった」…。保護者としては、我が子がその「差」の下の方にいたとしたら、ちょっと心配かもしれません。その結果をどう捉えたらいいのでしょうか。
幼児期は、4月2日~翌年の4月1日生まれの子ども達が同じ学年として生活します。
3歳や、4歳児において、生後日数が約1年も違うと、語彙の数も数字の理解も、できることが随分違いますよね。同じように体力も随分異なります。
また、経験によっても随分できることが変ります。お兄さんやお姉さんがいて、いつも最大限の努力をしつつ年上のきょうだいと遊んでいる子は、非常に高強度なトレーニングをしているようなものですが、そうではない子は違います。
このように、環境等によっても幼児期の体力には随分と個人差があります。
――体力測定の結果だけをみて、すぐに心配する必要はないということでしょうか。
体力測定を実施すると、保育士や保護者の方の中には、「うちの子は良い」「うちの子は悪い」と非常に気になさる方がいます。
体力測定の結果は、他人と比較するためではなく、母子手帳の体重や身長のグラフのように、子どもたちの成長度合いや、自分の子どもがいま何ができて、何が苦手なのかの個人の特徴を、親・保育者が把握し、子どものよいところや苦手な内容を確認する材料だと思っています。
その材料から得意なことは更に伸ばし、苦手なことは少しでも克服できるように大人が手助けしてあげれたらと思っています。
3歳のときにできたことが4歳でできなくなったら問題だけど、3歳の時にできなかったことが4歳でできるようになったら、褒めてあげればいいんじゃないですか。
――「必要な体力」という観点ではどのようにお考えでしょうか。
「どのような目的があって必要なのか」ということが重要だと私は考えています。
例えば、小学校まで3キロの距離がある地域があるとします。
小学校に歩いて通学しなければならない環境であれば、幼児期から3キロを歩く体力を養ことが必要かと思います。
居住地域における災害時の避難場所までの距離も3キロであれば、同様に3キロを歩く体力は必要かと思います。
さらに、昔ながらの祭事として幼児が3キロ歩くことを求めているのであれば、それは古くからの文化として捉えるべき内容ではないかと考えます。
――「必要な体力」は、生きていく上で必要なものだと理解しました。例えば、遠足などでは、普段歩く距離を超えて歩くこともあると思います。それを超えた量の運動を子どもに促すときに大切なことはなんでしょうか。
親や身近な大人の判断が一番だと思います。
その子に何を経験させることで、何を身につけてもらいたいものがあるかによると思います。
親がやみくもに「泣こうがわめこうが、行ってこい」というのは虐待かもしれないけど、それを超えることで、「がんばることの尊さを身につけてほしい」という願いがあれば、また話は違ってくるかもしれない。
ただ、それをするには、親がちゃんとしたモラルを持っていることが大切だと思います。
――適切な「やめ時」も知りたいです。
子どもたちの体力測定での例になりますが、「やりたくない」という感情が強く出たら終わり時だと思っています。
子どもたちを見ていると、「走って」といっても走らなかったり、泣いちゃったりしたら、もう無理です。心が動かないので。
ただ、理由を聞いてみて「みんなの前でやるのがいやだ」とか「先生と一緒にやりたい」とかいう理由があるのなら、それに応じて対応しています。
あとは、子どもって体力が尽きると寝てしまうこともありますよね(笑)。
取材した記者の息子は3歳5カ月。記者の自宅から最寄り駅までは約1キロで、息子はほぼ歩ききることができますが、たまに嫌がることもあります。
そんなときは「あの電信柱までがんばろうか」とか、「もう少し歩いたらダンゴムシがいるかもよ」とか、だましだまし歩く距離を延ばします。
歩くのがつらくて抱っこしてほしい気持ちだったり、甘えたい息子の気持ちもよく分かります。ただ、日に日に成長していく息子をいつまでも抱っこしてあげることはできませんし、自分の力で行動範囲を広げていってほしい気持ちも親としては強く持っています。
今回のツイッターでの騒動。子どもの年齢など誤った情報を元にした意見もあったものの、出演した男の子を心配しての問題提起だったことは理解できます。
その気持ちは一概に否定できないものであるからこそ、大石教授のような研究が大事になってくると考えます。
4千人も調べて結局、わかったのが「人それぞれでいい」という答えを意外に思う人もいるかもしれません。でも、ある意味「あたりまえの結論」だからこそ、大事な意味を持つのではないでしょうか。
大石さんの話を聞き、「この年齢ならここまではできないといけない」とか、「これ以上はやめさせよう」とか、一律に子どもの上限下限を決めてしまう必要はないと感じました。
大事なのは、その子にとって何が必要なのかをちゃんと考えて見守ることだと思います。そして、その思いが息子にも伝わるよう接していきたいと改めて感じました。